『アイツ』と告白
「取り込まれただと?」
「そうだ。食べられた精霊たちは完全に気配が消えてしまったが、ノワール様の気配は消えなかった」
だから取り込まれただけだということか。でも、アイツがまさかそんな。どうして。
「・・・サラ。どうした」
デル様が私を覗き込んでいる。どうやら私は一瞬意識を失っていたらしい。デル様に抱えられていた。
「申し訳ご・・」
「謝らなくても良い。それよりも酷い顔色だ」
レオ様はアランに指示をして、敷物を出させた。デル様に抱えられ、ゆっくりと座らされる。
「それで、ノワール様はどうなったのですか。エリーゼ姫は」
私は怖かった。こんなことになったのは私のせいかも知れない。
「ノワール様を取り込んだまま、そいつは泉から出て行った。どこに行ったかはわからない。姫さまは眠っている。僕たちを守るために力を使ってしまったから」
出て行った。どこへ。恐怖のあまり叫びだしたい衝動に駆られた。
「サラ。大丈夫か。どうしたんだ」
アランが私の背中を撫でる。レオ様が私の手を取った。
「サラ。黒いものの正体を知っているのか」
「それは・・・」
「何でも良い。知っていることがあれば話してくれないか」
私は迷っていた。話せば私がサラフルールではないことがバレてしまう。そうなったとき、私はいったいどうなるのだろうか。
「サラ。どんな話でも、私たちは受け入れる。それに」
デル様が私の前にしゃがみ反対側の手を取った。
「私は、その黒いモノを見たことがあると思うのだ」
「あ・・・」
そうだった。初めてデル様に助けてもらったのは、夢の中で黒い靄のようなものに引きずり込まれそうになっている時だった。
あのとき、黒い靄はアイツを形作っていた。あの時のことを思い出して、身震いする。
「?!いったいどこで?」
マリノスの声が大きくなった。
「これはサラから話すべきだと思うのだ。私は割り込んだに過ぎない」
大丈夫だからとデル様は私に話すよう促した。
「割り込んだ、なんて・・わたくしは助けていただいたと感謝しております」
もう隠すことはできないと観念した。どこまで話すか考えなければならないけど。私の両手を王子様方が優しく握ってくれていた。
「わたくしが事故により、記憶を失ったことはご存知のとおりですが・・・覚えていることもあるのです」
みんなの反応が怖くて俯いた。
「わたくしには前世の記憶があるのです」
私の手を握っている王子様方が僅かに身じろぎしたのがわかった。私はまだ顔を上げられない。
「こことは別の世界で生きて、そして死にました。そこは魔術もなく魔獣もいない、貴族と平民の区別もない、魔術とは別の技術で発展した世界です」
「死んだ、とはどういうことだ」
「わたくしはその世界で、殺されたのです。刃物で刺されて・・・」
「なんだと?」
「いったい何故?」
皆の質問には答えず、結論だけを口にする。
「おそらく、ノワール様を取り込んだ黒いモノは、わたくしを殺した者だと思うのです」
「やっぱりそうなのだな」
デル様が私の顔を覗き込んだ。
「初めてサラに会った時、きみを捉えていたのが黒い靄から現れた男だった。それに今思い出してみれば『お前のせいだ』とサラを責めていたから」
「ええ。デル様のおっしゃる通りです」
私はアイツとの確執やこれまでの大筋を話した。私がサラの身体の中に入ったことについては話さなかったから、きっと、もともと持っていた記憶を、事故のショックで思い出したと解釈されているはずだ。
「なるほど。だが、今の話では殺されるほど恨まれるようなことはしていないのではないか」
「ああ。それにサラが前の生を終えた後もしつこく付き纏うなど考えられない」
「はい。わたくしもそこは疑問に感じております。ただ、感じ方、捉え方は人それぞれですので。わたくしが彼にとって良かれと思ってしたことが、彼にはとても不愉快なことであって、それが積もり積もって、それだけの恨みになったのではないかと考えています」
「と言うことは、そいつも死んだ、ということか」
ふむ、とレオ様は私の手を離して立ち上がった。
「前世の記憶を持つ者は、時々現れる」
私は驚いて顔を上げた。
「その誰もが死んだあと、この世界に生まれ変わった、と話している。だから、そいつも何らかの事態で死んだのであろうな」
「ノワール様が取り込まれたのは、アイツが現れたのは、わたくしのせいなのです。わたくしがここにいるから」




