証言と提出物(ダリル視点)
図書室での顛末を事情聴取された文官の証言です。
俺は図書室にいただけなのに、なんでこんなことに。
いや、理由はわかっている。サラフルール様と同じ机だった、ということだ。
俺は心の中で自分の不運を嘆きながら、額の汗を拭いてからそっと顔を上げた。
「座ったままで良いから名を」
向かいの席から俺に話しかけているのは、レオンハルト王子。
その隣にはヴェンデル王子もいる。
本音を言うと今すぐここから逃げ出したいが、二人が揃っているということはさっきの図書室での出来事のことだろう。図書室は王子の管轄だからな。仕方ないなと諦めて、俺は王子に集中することにした。嫌なことは早く終わらせるに限る。
あ、すみません。名前ですよね。
俺、あ、私はダリルと言います。平民ですので家名はありません。口調も気にしなくて良いんですね。良かった。
余り礼儀とかは学んでいないので、失礼があったらすみません。
あ、はい。図書室の出来事ですよね。お話します。
その前に、サラフルール様は大丈夫でしたか。
そうですか。それは良かったです。王宮治療師はさすがですね。
俺は今日は仕事が休みだったので、図書室で過去の裁判記録を写本していました。仕事は裁判の記録官をしています。
今後、裁判官の補佐か事務官になりたいと思って、空き時間に勉強をしているんです。
そしたら、いきなり机の上に分厚い本を叩きつけた人がいて。
ナタリエ様という人でしたか、サラフルール様への態度がそれはもう酷かったです。
それに、基本的なことをご存知ないようで、色々と、そうですね、ええと、なんというか
あ、個性的な方でした。
レオンハルト王子の婚約者候補だと言っていたので、ちょっと言葉を選んだつもりなんですけど。
気遣い不要ですか。すみません。
酷いことって例えばですか?
そうですね。
ナタリエ様はサラフルール様のお母さまを世間知らずの箱入りで物を知らない、と言っていました。
サラフルール様のお母さまは魔術部の顧問ですよね。今は子育てのため、顧問の業務は屋敷でしているんじゃなかったでしたっけ。
そんな方が世間知らずなら、俺なんて世間を知らなさ過ぎて生きていけませんよ。
いえ、俺なんかと比べちゃって申し訳ないけど。
え、ナタリエ様は魔術部に所属してるんですか。直接の上司、ということですよね。上司のことをそんな風に言うなんてちょっとどうかしてるんじゃないですか。
あ、すみません。言いすぎました。
そうだ。俺、裁判を記録する練習のために、普段、聞こえてくる会話を書き留める習慣があって、今回の図書室でのやり取りや様子も書き留めたんです。記録用の文字なのでそのままでは読めないかも知れませんが提出します。
あとで清書して貰えば良いと思う・・・え、王子様は読めるんですね。そうですか。それなら問題ないですね。
いや、それは俺が言ったんじゃなくて、ナタリエ様が・・・
気持ちはわかりますよ。俺も何言ってんだこいつって思いましたもん。
すみません。言い過ぎました。
サラフルール様は終始冷静にナタリエ様に反論してました。
ナタリエ様は、冷静なサラフルール様に諫められて激昂していましたね。言われている意味がわからなかったみたいです。
ああ、本を投げつけた時ですか。
俺、びっくりしちゃって、大きな声で止めたんですけど、間に合わなくて。だからサラフルール様がどうなったか、気になってたんです。治療が間に合ったのなら本当に良かった。
はい、証言と、提出物についての署名ですね。これで良いですか。いえいえ。またなにかありましたらいつでも。
俺は汗が止まらないまま王子様方の前から退出した。手汗もひどい。しばらく歩くと緊張が解けたんだろう、体中の力が抜け、中庭のベンチに座り込んだ。
ナタリエ様はきっと婚約者候補から外されるんだろうなぁ。アレが王妃とか有り得ないだろう。あんな無知では恥ずかしい。
俺には関係ないけど。
あぁ、これも俺には関係ないけど、サラフルール様が無事で良かった。思わず大声出して止めたのに間に合わなくて、気になっていたから。ちょっとほっとした。
噂通りすごくキレイなご令嬢だったなぁ。頭も良さそうだったし。世間では残念姫なんて呼ばれているけど、何が残念なのかさっぱりわからなかった。噂なんてアテにならないな。俺にしてみれば、ナタリエ様の方がよっぽど残念だよ。
さ、汗も引いたし、いつものところでメシでも食って帰ることにするか。




