謝罪と償い
選定の儀から明けて翌日、王室付き魔術師局に初出勤。
お父さまと一緒の馬車で王城に向かう。
お父さまの瞳にはもう不安の色はなかった。いつもと同じく、青空を映す静かな湖の色だ。
お母さまと話して少しは不安が晴れたのかも知れない。お父さまは夕方から会議があるそうで、今日は一緒には帰れない。馬車を降りたお父さまは私をぎゅっと抱き締めてから、騎士団に向かった。
私は昨日ヴェンデル王子と歩いた道順を反対に辿る。ちゃんと覚えていて良かった。
「サラフルール嬢」
後ろから呼ばれて立ち止まる。
「アラン様。おはようございます」
「ああ。おはよう」
目的地は同じなのでアランと並んで歩く。
会話は・・・ない。
非常に気まずい。
「サラフルール嬢。その、なんだ・・えっと」
「なんでしょう」
もごもごと言いながら突然立ち止まったアランは
私の方に向き直った。
「昨日は申し訳なかった。失礼なことを言ってしまったと反省している」
すまなかったという言葉とともに、すごい勢いで深く頭を下げた。
「いえ。アラン様。わたくしは気にしておりませんから、どうか頭を上げてください」
誰かに見られたらどうするんだ。昨日の精霊王と言い、アランと言い、地位が高いくせに簡単に頭を下げすぎだよ。
「いや。私の気が済まないのだ。巷の噂に踊らされるなど、王子の側近としてあってはならない。私は自分が未熟者だと痛感した。君の気の済むまで私を罵ってくれてもいい」
えぇ・・・人を罵る趣味はないけど。
「自己満足のための謝罪ですか」
私の言葉に頭を下げたままアランがピクリとした。
「わたくしは気にしていないと言っているではありませんか。それなのにそのようにされるとわたくし困ってしまいます」
「許してくれるのか」
そろそろと頭を上げながらアランが尋ねた。
「許すも許さないも先ほど謝罪されるまで、すっかり忘れておりましたもの」
昨日は解散後にあれこれあり過ぎて、アランの失礼発言はきれいさっぱり忘れていた。
「なんだと?私は気になって眠れなかったと言うのに・・・」
「あら謝罪はポーズでしたの?」
「いや、そんなことはない。心から申し訳なかったと思っている。何か償えることはないか」
「アラン様の自己満足のための償いですか」
「だからそうではないと言っているだろう」
あらイヤだ。ニヤニヤしてしまいそうだわ。この人すごく良い人ですよ。私の目線よりかなり上にある、ちょっと癖のある茶色い髪を撫でくり回したくなってしまう。
かわいそうなのでからかうのはもう止めておこう。
「そうですわねぇ。では償いとしてふたつ、よろしいですか」
「もちろんだ。ふたつでもみっつでも」
「じゃぁみっつ」
「え?増えるのか」
アランの突っ込みは無視だ。
「まずひとつ。わたくしのことは『サラ』と呼んでくださいませ。ふたつ。わたくしは貴方のことを『アラン』と呼びます。みっつ。近いうちにわたくしを城下のカフェへ連れて行ってください」
「は?」
アランは一瞬固まった。
「そんなことで良いのか。償いだぞ。罰でもなんでもないじゃないか」
「あら。十分罰になると思いますわよ。アランは『残念姫』と呼ばれるわたくしを親し気に愛称で呼ばなければならない。わたくしより年上なのにわたくしに呼び捨てにされる。わたくしは屋敷と王城以外に行ったことがありませんので、きっと引率が大変」
私がにっこり笑って言うと
「サラフルール嬢がそれでいいなら」
なんだか腑に落ちない表情をしながらも受け入れてくれた。
「アラン。呼び方」
「あっ、すまない。サラ」
「それでよろしい」
本当にこの人、いい人だ。
思わずクスクスと笑いが漏れた私をちょっと睨んでから、先に行くと言い残してスタスタと行ってしまった。
えぇ?アランちょっと待ちなさいよ。令嬢を残して先に行くって、マナー的にどうなのよ。
私はブツブツ文句をいいながらアランの後を追った。
アランはとってもイイ人でした




