夜空と月の光
ヴェンデル王子にエスコートされて、騎士団長室に向かう。
「実は、あの部屋の場所を説明していなかったことに気が付いて追いかけてきたんだ」
ヴェンデル王子は苦笑した。
「キミが迷子になってはいけないと思って」
「ありがとうございます。わたくしもここからどうやって騎士団長室に行けばよいか思案しておりましたの。迷子にならなくて良かったですわ」
いやホントに王子が来なかったら、王城で遭難していてもおかしくない。
「あれからは大丈夫か」
小さい声で尋ねられ、一瞬なんのことかわからなかったが、アイツのことを思い出す。
「ええ。その節はありがとうございました。最初に手を伸ばしてくださったのはヴェンデル王子ですよね」
「そうだ。私の能力については追々話すことになるが」
「では、その能力をお持ちだったことに感謝しなければなりません」
夢の中とは言え、アイツが絡みついてきた感触を思い出し、一瞬身震いをした。ヴェンデル王子が私の右手を少し強く握ってくださった。
「もう大丈夫なのだな。良かった」
二度目は、レオンハルト王子が次は自分が、と言い出したため、ヴェンデル王子の能力でレオンハルト王子を私の夢の中に飛ばしたらしい。
「誰でも飛ばせる訳ではないのだ。きっと双子だからなのだろうな」
「お二人は仲が良いのですね」
ヴェンデル王子は大きく頷き、レオンハルト王子が王位に就いた暁には自分は臣下として支えるつもりだと口にした。王位争いをするつもりはないのだと。
「きっとレオンハルト王子も心強いことでしょう」
「サラフルール嬢は、私が王位を目指さないことをなんとも思わないのだな」
まあ普通に考えたら王位争いがあって当たり前だろうし、最初からそういうスタンスだと表明することは、向上心のない情けない人間だと思われるとフリッツが言っていたが、私はそうは思わない。
「何になるか、どうなりたいかはそれぞれが決めることです。貴族たるもの色々なしがらみや、周りの思惑でなかなか思うようにはできないことが多いのでしょうけど。ヴェンデル王子はご自分の意志で、そのように思われたのでしょう?でしたらそうなれるよう努力し、実現を目指せばよいだけだと思いますわ。何になるにしても、努力は必要ですもの」
少し偉そうだったかなと思い、王子の様子を伺うと、驚いた顔で私を見つめていた。その瞳から目が離せず、しばしそのまま見つめ合う。いやいや。イケメンと見つめ合うとか、恥ずかしいんですけど、でも、眼福です。見惚れてしまう。
「ヴェンデル王子の髪と目は少し青味がかっているのですね」
私は何を言ってるんだ。照れを隠そうと焦ってどうでも良いことを口に出してしまった。
「濃い色は王族には珍しい。華やかではないだろう?地味王子などと言われているようだよ」
前髪を一房摘まみながら自嘲気味に笑った。
ヴェンデル王子も二つ名があるのか。私と同じく返上したい系の二つ名だ。
「確かに華やかではないですけれど、わたくしは好きですわ。美しくて静かな色ですもの」
「美しくて静か?」
「ええ。だって夜の空の色ですから」
微笑んだ私の前で、ヴェンデル王子は一瞬呆けた後、ふっと笑って私の髪を一房手に取った。
「サラフルール嬢は面白いな」
いつの間にか隣にいたはずの王子と向かい合わせに立っていた。王子はまだ髪を離さない。
「私が夜の空の色か。では、そうだな。サラフルール嬢は夜の空に浮かぶ月の光の色だ。君の色も美しくて静かだ」
そういった後、もう一度私に微笑むと、そっと私の髪に口付けた。




