雷と蒼い炎
あぁもうメンドクサイ
と心の中で呟き、もう一度小さく息を吐いて、選抜内容の説明に集中した。午後は魔術披露だ。
「向こうにある的に、魔術を2回当てる。簡単だろう?攻撃でも防御でも支援でもなんでも良い。どんなに強い魔術を当てても的は壊れないから、君たちの最高の魔術を見せてくれたまえ」
魔術部の副長官が嬉しそうに説明をしてくれる。チャラくて軽そうな人だ。
「あ。以前一度だけ壊れたことがあったねぇ。でも心配しなくていいよ。壊れたとしても弁償しろなんて言わないから。さぁ。文官から名前を呼ばれた人から前に出て披露してね。披露する人以外は、行儀よく見ていること。午前中に宰相サマが説明したと思うけど、今日一日の立ち居振る舞い全部ひっくるめて評価されるからねぇ。がんばってね」
副長官の言葉を聞き、意味を正しく理解した者は全体の半分ほど。
次第に、その者たちにつられて会場が静かになった。
グループは5つ。それぞれが20人ほどで、私のいるグループから遠くなるほど平民や下級貴族が多くなっている気がする。それぞれのグループの魔術の質が全く違う。きっと魔力量にも技術にも差があるのだろう。
私のいるグループは全員魔力量が多い気がする。
「どうやら午前中の成績順のようだな」
私のうしろから男性の呟きが聞こえた。
「成績順?」
私が振り返って聞き聞き返すと灰緑色の髪の体格の良い男性が私を見下ろしていた。おお、精悍な顔立ちのイケメンだ。
「あぁ。すまない。独り言だ。グループをどう分けているのだろうと考えていたのだ。おそらく午前中の試験結果によるものだと思う。向こうの方は平民ばかりだが、真ん中のグループは平民と貴族が混じっているだろう。でもこのグループには平民は一人もいない。故にここは一番成績が良かった者が集まっていると見た」
そう言われてみればそうだ。あ、そうか。わたしはかなり結果が良かったと聞いているから、多分この人の推測はアタリだろう。
私がふむふむと静かに納得していると
「申し遅れたが私はレスティ=ネルソン。初めまして、だな。サラフルール嬢」
「わたくしのことをご存知でしたか。レスティ様。こちらこそご挨拶もせず申し訳ございません」
私があわてて言うと、
「サラフルール嬢は有名だからな」
レスティは苦笑いをしている。
魔術披露が始まり、私はレスティ様と批評や分析をしながら他の人の魔術を見学した。
「わたくしの不名誉な二つ名をご存知なのですね。あ、今の魔術はすごいですね」
「魔力操作に長けているのだろう。詠唱時間が短ければもっと良いのに。ところでサラフルール嬢」
途中で言葉を切ったレスティ様は私をチラリと見た。
「噂とはアテならないものだな」
そのセリフ宰相サマに引き続き、本日2回目ですね。
「さあ。どうでしょう。そこはご自身で判断なさってくださいませ」
私はにっこり微笑んでおく。魔術披露を見ながら、レスティ様との会話を楽しんだ。レスティ様は顔だけじゃなくて、性格も良い人だ。
「レスティ=ネルソン」
文官が呼ぶ声がした。
「おや。よくできたと思ったのだが、どうやらサラフルール嬢の方ができが良かったようだ」
残念だと言いつつ、レスティ様はものすごく嬉しそうに微笑んでから前に出て行った。
レスティ様の魔術はとにかくド派手だった。
最初の魔術は強力な風属性の魔術だ。的めがけて発生させた竜巻の中の無数のかまいたちが、的にビシビシ当たっている音がしていた。あれに巻き込まれるときっとみじん切りになるだろう。想像するだけでオソロシイ・・・
「ふん。これでも壊せないのか。なかなか頑丈だな」
あの的を壊そうとしているのか。副長官が壊せないって言ってたよね。
次の魔術は火属性の魔術。掌の上に出現させた火の玉から、真っ赤な火竜が飛び出し、的に食らいついた。ゴウゴウと音を立てて燃え盛って、噛みつき、長い胴体を的に巻き付け締めあげている。やがて、魔術の効果とともに火竜が消えてしまったあとも、的は煙を上げていた。
「これでもダメか。以前的を壊したヤツに会ってみたいものだ」
レスティ様は嬉しそうに言いながらもとの場所に戻って来る。
「最後の方です。サラフルール=スペングラー」
文官から呼ばれ、レスティ様と入れ替わりに前に出る。
すれ違いざま、キミの魔術が楽しみだとすごくイイ笑顔で微笑まれた。
ひそひそと小声で囁き合う声が聞こえるが無視無視。
私は、的の正面に立ち、軽く息を吐いた。
初めは、お母さまに教わった雷属性の魔術でレスティ様に負けないくらいド派手にかましておこう。
『晴天の霹靂』
右手を伸ばし、的を目掛けて一言唱える。瞬時に的の真上の天井付近に紫の光が集まり、直後に爆音とともに巨大な雷が的に降った。
爆音に驚いて、ひそひそ囁き合っていたご令嬢方が悲鳴を上げた。
「本当だわ。頑丈にできているのね」
全力ではないがかなりの威力だったはず。的は煙を上げてはいるけど壊れた様子も汚れた様子もない。もうちょっと強力なのでも大丈夫かな。ひそひそも聞こえなくなったし、今度は静かなやつにしよう。静かでピンポイントで強力と言えば・・・・
私は少し考えてから、左手を的に向かって伸ばした。
『すべてを焼き尽くせ。静かなる炎 蒼炎』
直後にポッと小さな音を立てて的に青い火が灯る。
「あれはなんだ。燃えているのか」
「青い炎なんて初めて見た」
皆がざわざわしている中、青い炎に包まれた的が、端からさらさらと灰になって崩れていった。
「壊れた・・・」
レスティ様の呟きが聞こえた。
やがて私の魔術の効果も、炎も、そして的も、きれいに消えてしまうと、会場は静寂に包まれた。
「見事だ。サラフルール嬢。いや、本当に素晴らしい」
静寂を破って響く副長官の拍手と賛辞。
「おほめにあずかり光栄ですわ」
副長官の方に向き直って答えた私に、
「知っていたかい。以前、的を壊したのは、キミの母上だよ」
そう教えてくださった。お母さまか・・・なんとなく納得。
「彼女の魔術に負けず劣らず、サラフルール嬢の魔術も静かで美しい。これからの活躍に期待しているよ」
「ありがとうございます。これからも精進いたします」
ニコリと微笑んでおいた。
次はやっと選定の儀です。




