謝罪と少しの遅刻
やっと選定の儀が午後の部に突入です
「あとひとつの方法とはなんだ」
何故か財務長官がウキウキしている
さっきまで無表情だったのに、どうしたんだろうこの人。若干身を引きつつ、私は言葉を続けた。
「あとひとつは、娘がいる場合に限られますが、娘が産んだ男子、つまり孫に継承させるのです」
「孫だと?」
総務長官の声が予想外に大きくて、私もちょっと驚いた。
「そうです。王典には、爵位を何歳までに継承しなければならないとか、何歳になれば隠居しなければならないとか、規定されてはおりませんので、男児の孫が成人するまで爵位を譲らなければ良いのです」
「まぁ、確かにそうだが」
総務長官は何故か納得いかないご様子。
「可能だろう。私の孫は今3歳だ。家督については息子に譲ったが、あと15年ほどなら現役で勤めを果たせると思う」
宰相はご自分に置き換えて考えておられたようだ。
「しかし、孫が成人する前に自分が死んでしまうかも知れないであろう」
おや、総務長官は案外ネガティブ思考のようです。
「その場合は代理が認められております。代理は性別の規定はございませんし、代理を願い出て、王が許可した期間、両親のどちらかが代理を務めることが可能ですわ」
「なるほど。確かにそのような方法があるな。思いつかなかったな」
代理制度はほとんど利用されていないので、おそらく知らない貴族も多いだろう。
「素晴らしい。サラフルール嬢は本当に良く学んでおられる」
財務長官は立ち上がり私に頭を下げた。
「サラフルール嬢、不正があったのではないかと疑って、申し訳なかった」
「私も謝罪しよう。これほど王典を理解しているのであれば、あの結果も当然であろうな。サラフルール嬢、結果に疑惑を持ったこと誠に申し訳ない」
宰相も財務長官の隣で立ち上がり頭を下げた。
「あとは総務長官だけだな」
お父さまが真面目な顔で促している。でも、目が笑っていますよ。お父さま。
「ぐっ」
総務長官は微かに呻いた後立ち上がった。
「疑って申し訳なかった」
総務長官からは若干渋々感は漂ってくるものの、私は三人の謝罪を受け入れた。
「それにしても、噂とはアテにならないものだな」
宰相は私を見た。
「このようなことを言うと気を悪くされるかも知れないが、サラフルール嬢に関してはあまり良い噂を聞いていなかった。今回、疑惑を持ってしまったのは噂のせいでもあるのだ」
言い訳でしかないがと財務長官は苦笑していた。
「『残念姫』ですね」
あっさり口にした私に、総務長官がぽかんとしている。以前、そう呼ばれた時はひどく怒って、魔力暴走を起こしかけたと聞いているので、まさか自分で口にするとは思ってもいなかったのだろう。
お父さまが私の髪を撫でながら説明をする。
「サラフルールは魔力過多であったようです。以前の記憶がない今となっては確認しようがありませんが、思い返してみると症状が合致します。事故の際に魔力暴走を起こし、魔力が回復する中で魔力操作をしっかりと学んだおかげでやっと落ち着いたのではないでしょうか」
「しかし魔力過多は、小さい子どもに起こるものではないのか」
宰相はついさっきのお父さまと同じことを口にした。
「ええ。ですが魔力の成長には個人差があります。サラフルールの場合はここ3年ほどで急激に魔力が成長したのではないでしょうか。その成長に、魔力操作の技量がついていけなかったのだと思います」
「そうか。成長してからも魔力過多が起こり得るということだな。もしかしたら同じような者がいるかも知れん。今後調査をして検証してみよう」
総務長官の言葉に並んで座る二人も頷いた。
「さて、ジェラルド。せっかくのお嬢様との時間を邪魔してしまって申し訳なかった。この詫びは後日改めてさせていただきたい。もちろん我ら3人から」
宰相が笑顔で申し出る。
「そうですね。しっかりと償っていただきたいものです」
お父さまも笑顔だったが、詫びを遠慮するという選択肢はないようだ。やっぱりまだ怒ってるのかしら。
「サラフルール嬢も一緒に行きましょう。少し遅れそうです」
財務長官に促され、私も立ち上がった。
「お父さま、昼食、大変美味しゅうございました。料理長にもよろしくお伝えくださいませ。それでは行って参ります」
「サラフルール。頑張ってきなさい。あ~・・・ほどほどにな」
お父さまが私を抱きしめて最後の一言は小声で囁いた。ほどほど・・・これ、大事ですね。
騎士団長室を出て、選抜会場まで少し速足で歩く。
途中で守衛のハリーと会ったので怪我の具合を聞いたが、口の中が少し切れただけで大事ないと言っていた。良かった。
選抜会場に入ると、やはり私が最後だったようで、たくさんの視線を感じた。あまり良い感情は伺えない。
「サラフルール嬢」
前を歩いていた宰相が私の名を呼んだ。
「引き留めてすまなかったね。午後も頑張ってくれたまえ。期待しているよ」
「ありがとうございます。宰相、総務長官、財務長官、わたくしはここで失礼させていただきます」
受付で案内された場所に向かうと、そこには見ただけで高位貴族とわかるご令息、ご令嬢が20人ほど集まっていた。どうやらグループ分けをされているらしい。
こっそり周りの様子を伺っていると宰相の声が聞こえた。
「私のせいで開始が少し遅れてしまった。申し訳ない。」
宰相はさっきから謝ってばかりのような気がするけど、きちんと謝罪ができる貴族は、きっと良い貴族なのだろうと思う。多分。
ぼんやりとそんなことを考えていると、近くにいたご令嬢が数人近寄ってきて
「遅れてきたくせに謝罪もしないなんて」
「謝罪の仕方を忘れたんじゃありません?」
「時間の確認の仕方をご存じなかったのかも知れませんね」
私の周りでにやにや笑いながら口々に言い始めた。
「先ほど宰相が謝罪なさいました。私のせいで遅れたとはっきりおっしゃったのに、皆さまは宰相の謝罪を受け入れられないと言うことですのね。宰相に対して失礼だと思いますわ」
私が言うと、忌々しそうに睨まれたけれど、それ以上何も言ってこなかった。
マジでメンドクサイんですけど。
気に入らないなら関わらなければ良いのに。




