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ランチと日記


「サラフルール。遅かったな」


お父さまは少々ご機嫌斜めだ。多分、選抜終了からここに到着するまで時間がかかったからだろう。間違いなくアイザックのせいです。


「お父さま。遅くなってごめんなさい。少し手間取りました。そのことについては、クレイトン隊長から後程報告を受けてくださいませ。」


遅くなった事情についての説明はクレイトン隊長に丸投げしておく。


「わかった。クレイトン。案内ご苦労だった」


お父さまからの労いの言葉を聞いて、クレイトン隊長は退室した。




騎士団長室に私と二人だけになると、お父さまは昼食が入った籠を出してきた。少し前に、騎士団の食堂から届けてもらったそうだ。


「食堂のランチは量が多いからな。サラの分は量を減らしてもらったんだ」


そうお父さまは言うけれど、どう見てもかなり多い。食べきれない自信がある。

私が淹れた紅茶を受け取ったお父さまは、料理長がデザートを付けてくれたと嬉しそう。お父さまは甘いものがお好きなのだ。


今日のランチは、鶏の香草焼、サラダ、ジャーマンポテト、ミートオムレツ、ロールパン2個。ってかなりのボリュームだよね。

お父さまと比べたら確かに鶏もオムレツも小さいし、全体的に量を少なくしてくれたというのはわかるけれど、それでもきっと食べきれないだろう。

味はすごく良い。美味しいんだけど完食は無理だと思っていると、食べきれない分はお父さまが食べてくれると言う。


「それで、選抜はどうだった?」鶏を口に運びながらお父さまが尋ねる。


「ええ。かなり良くできたと思いますわ」


「そうか。それは良かった」


「むしろできすぎかも知れませんわね」


不思議そうな顔をするお父さまに、出来が良すぎて不審に思われるかも知れないと伝えると、まさかそんなことはないだろうと笑っていた。


選抜のことを話しながらランチをいただいて、食後の紅茶を飲みながらデザートのソフトクッキーへ。甘いものは別腹なのだ。バターがたっぷりですごく美味しい。


「お父さま、朝の話の続きなのですが」

私が言いかけると、お父さまは念のためだと言って、騎士団長室に沈黙の魔術をかけた。


「わたくしが今から言う症状があるのは、どのような病気かお分かりになりますか」



発熱、激しい頭痛、倦怠感、体中の痛み、不眠、感情の起伏が激しくなり怒りっぽくなる


私が羅列した症状を聞いて、お父さまは軽く頷いた。


「魔力過多ではないか」


「やはりそうですよね」


私が答えると、誰が、と尋ねられた。私はその問いに答えることなく、話を続ける。


「わたくし、以前書いていた日記を見つけました。どうしようか悩みましたが、以前のサラフルールを知るために読みました」


「そうか。サラフルールの日記が・・・」


「日記には、3年近く前から身体の不調を訴える内容が増えていました。発熱、激しい頭痛、倦怠感、体中の痛み、不眠、感情の起伏が激しくなり怒りっぽくなる、そして感情が高ぶった時に起こる魔力暴走、自分はどこかおかしいのではないだろうかという不安と自分ではどうにもならない苛立ちが綴られていました」


「まさか、魔力過多だったのか。いや、でもしかし、魔力過多は」


「そうです。魔力過多は、魔力量と魔力操作の技術につり合いが取れにくい5、6歳の子どもに多く起こるものですよね。だから、きっとお医者様も、お父さまもお母さまも、そしてサラ自身もまさか魔力過多だとは思っても見なかったのでしょう」


「なんということだ。全く気付いてやれなかった・・・」

お父さまは苦しそうに呟き、顔を歪めた。


「サラは、言えなかったのです。心配をかけたくなかったから。癇癪を起して申し訳ないと、お父さま、お母さま、そして屋敷の使用人達に対する謝罪の言葉がありました。セドリックに近寄らなかったのは、かわいさに感情が高ぶって、魔力暴走を起こすのを恐れたためです。サラはセドリックのことが可愛くて仕方なかったのです」


私は、紅茶で喉を潤してから続ける。


「お話するか迷いましたが、わたくしはお父さまとお母さまに、改めて知って欲しかったのです。サラはわがままで、癇癪持ちで、堪え性がない『残念姫』なんかではなく、家族思いの優しい子であるということを。ただ、本当に魔力過多であったのかは、今となっては確認のしようがないので、推測でしかありませんが・・・」


しばらくの沈黙のあと、


「サラはとても優しい子だ。あんな風に様子が変わったのは、きっとセドリックが産まれたことで、サラに構ってやれなくなったせいだと思っていたのだ。サラが優しい子だということを知っていたはずなのに、なんということだ」


お父さまは絞り出すように呟いた。


「まさか、サラは症状がつらくて自ら・・・」


お父さまはサラが自殺したのではないかと考えたようだ。

いやいやそれはないだろう。

サラフルールが事故に遭った二日後は、部屋の模様替えをする予定があり、新しいカーテンや敷物の納品を楽しみにしていると日記には書かれていた。

それなのに、自殺するなんて考えられないし、日記には自分自身を責める言葉はあったが、死にたいとかそういう言葉は一度も出てきていなかった。私がそれを説明すると、お父さまは少し表情を緩めた。


「こんなことを言うと、おかしいと思われるかもしれませんが、ふとしたときに、自分の意志とは関係なく、懐かしいとか嬉しいとか悲しいとか、そういった感情が湧き上がる時があるのです。わたくしは、それはサラフルール自身が感じていることだと思っています。精霊王の元に召された後も、サラフルールはここにいる、そんな気がするのです。」


胸に手を当て、話す私を見つめるお父さまの青い瞳から涙が零れた。

私がハンカチでお父さまの涙を拭うために手を伸ばすと、そのまま引き寄せられ、お父さまは私をぎゅっと抱き締めた。


「ありがとう。サラ。お前は私とキャルの宝物だ」


その言葉に私も涙が零れそうになる。



「お父さま、大好きです」



涙を堪え、湧き上がる感情のまま口にする。ああ。これはきっとサラフルールの感情だ。


お父さまの抱き締める力が次第に強くなり、私が苦しいと笑いながら訴えたところでお父さまは私を腕の中から解放し、優しく微笑みながら私の頭を撫でた。お父さまの目にはもう涙も哀しみの色もなかった。



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