宰相と砂時計
私が先に着くとすぐに選抜会場のすべての扉が閉ざされた。
そして、会場の後ろの扉から誰かが入ってきた気配がする。まっすぐ前を向いて座っていた私の横の通路を近づいてきた足音は、私のすぐ隣で止まった。
「キミはなぜこんなところに座っている」
声の主を見上げると、怪訝そうな表情をしたダンディーなおじさまが立っていた。
「キミの座るところは向こうではないのか」
「席は自由だとお聞きしましたので、こちらに座っております。何か不都合がございまして?」
にこやかに答える私に少し苦笑いして
「キミが自らここに座ったのなら良いのだ」
それだけ言うと、おじさまは会場の前方に設置された台の上に立った。
おぉ、もしかして偉い人なのかも。
「私はダニエル=ベイカーだ。この国の宰相である」
宰相と言えば国王様の次に偉い人だ。簡単な挨拶のあと、試験の注意事項が述べられる。
「試験時間は2時間。この砂時計の砂が落ちきるまでだ。早く終わった場合も席を立つことは許されない。試験終了まで席に座っているように」
ベイカー宰相は全体を大きく見渡してから言葉を続けた。
「不正は絶対に許されない。選定の儀に参加できないだけでなく、処罰の対象となる。自分の持てる力だけで選抜試験に挑むように。ああ、言い忘れていたが、この会場内での立ち居振る舞いすべてが、選定の儀の参考とされることを申し添えておく」
なんとなくだけど、ずっと監視されているような気がするのは気のせいではないらしい。
不正防止のため、それから、宰相が仰った立ち居振る舞いを確認するため、きっと監視の魔術具のようなものが設置されているのだろう。
なんとなくだけど、5個ぐらいかな。もしかしたらもっとあるかも。
確かにこんな中でカンニングとか絶対に成功するはずがないと思う。
「それでは、問題を配る。私が『はじめ』と言うまで裏返しておきなさい」
私の前にも問題用紙が置かれる。全員に配布されたのを確認したベイカー宰相は砂時計に手をかけた。
「それでは諸君の検討を祈る。はじめ」
声と同時に砂時計がひっくり返された。
2時間は長かった。
フリッツが「基本ができていれば十分」と言っていたとおり、解けない問題はなかった。
2問ほど難しい問題があったが、何回も見直しをしたし、多分大丈夫だと思う。かなり良くできた気がする。
「そこまで。問題用紙を裏返しにし、回収が終わるまで席を立たないように」
ベイカー宰相の声とともに、裏返しにされた問題用紙を文官たちが回収に回る。
「それではこの後の予定を説明する」
午後は14時から開始で昼食を取るのも一旦屋敷に帰るのも自由とのことだ。14時までは2時間以上あるし、お父さまとゆっくりお昼ごはんを食べることができそうだ。解散の声と同時に立ち上がった私は隣の女の子に声を掛けた。
「この席に座らせていただけて嬉しかったわ。どうもありがとう」
「いえ・・・そんな・・・」
女の子はモゴモゴ言っていたがちゃんとお礼もいったし、早くお父さまのところへ行こう。




