露呈と許し
選抜試験と選定の儀が執り行われる前日、お父さまに書斎に呼ばれた。
「緊張しているか?」
お父さまが私に座るように促して尋ねる。
「はい。あ、いえ。どうでしょう。わかりません」
「大丈夫だろう。フリッツもアリソンも、キミは優秀だと太鼓判を押していたし、普段通りにできれば、何も問題ないのではないか?」
「比較する対象がいないので、これで足りているのかどうか、不安ではあります」
「そうか。キミが事故に遭って、目が覚めない間に、サラフルールは勉強が嫌いで、いつも逃げ出していた、とフリッツやアリソンから聞いた時はどうなることかと思ったが、事故の後は真面目に学んでいたと聞いている」
お父さまは笑顔のままだ。
「まぁ。お父さま。フリッツ先生やアリソン先生からお聞きになったのですか。逃げ出していたなんて恥ずかしいですわ。」
私も笑顔で返したが、私は気付いていた。
「二人ともまるで、別人のようだと言っていたよ。」
お父さまの美しい青い瞳は、ちっとも笑っていなかった。
その瞳を見つめながら、私は笑顔を顔に貼り付けていた。
「さて、選抜試験の前日にこのような話は、いかがなものかと思ったのだが、やはりこのままではいけないのだと思うのだ」
そう前置きをしたお父さまの顔から笑顔が消えた。少し前のめりになって厳しいまなざしのまま私に問う。
「キミは誰だ。」
お父さまの問いに、自分自身が、ヒュッと息を吸う音が聞こえた。
「目的は何だ。そして、サラはどこに行った」
さらに問われ、そのまま息を吐くことができない。バレてしまった。というか、当然だ。だって前のサラとは全然違うし。親なら気付いて当然なのかもね。
こうなってしまった以上、ごまかすのも嘘を付くのも得策ではないことは間違いない。
私は覚悟を決めて、大きく息を吐きだした。
「騙すつもりはなかったのです。きちんと話しますので聞いていただけますか」
私は、まっすぐにお父さま、いえ、スペングラー侯爵を見つめ、お願いした。
「話せ」
私から目を離すことなく、言い放つと、ソファに深く腰掛け直し、足を組んだ。
私はルウを呼んだ。
「私と契約をした、風の精霊のルウと言います。始まりはルウに話してもらった方が良いと思うのです」
「精霊は嘘を付けないからか」
「そうです。私は嘘を付くつもりはありませんが、侯爵さまが信じてくださるかどうかはまた別のことですから」
私が『侯爵』と呼んだことに少し眉を顰めたけれど、ルウが話すことについては許可してくださった。私が川辺に引き上げられるまでの話をルウが語り終わると、侯爵は苦しそうな表情で尋ねた。
「それで、サラフルールはどうなったのだ」
「精霊王のもとへ向かわれました」
ルウは淡々と答える。この世界では、魔力のある者がその生涯を終えると、その者の魔力は精霊に導かれ、精霊の里で、新しい命として生まれる準備をするのだと言う。
つまり、ルウの答えは、サラフルールは『死んだ』と告げているのと同じだった。
私は何も言えなかった。ルウも、侯爵も何も言わない。
どれぐらいの時間経ったかもわからない。息をすることさえも憚られるような静寂を破ったのは、侯爵の「そうか」という一言だった。
「それで、キミはどうしたい」
私は、思うことを口にした。考えがまとまらないけど率直な思いを話した方が良いと思ったのだ。
「私は、前の人生を理不尽に終わらされました。もっと生きたいと願った結果が今の私です。それならば、この生を正しく全うしたい、と思っています」
「正しく全うしたい、か」
「はい。でも、もし、侯爵様がサラフルールを返せとおっしゃるなら」
私はそこで言い淀んだ。
「返せと言ったのならどうするのだ。」
睨みつけるような視線で私をまっすぐ見据え、厳しい口調で問う侯爵に、私も視線を逸らすことなく一気に答えた。
「始まりと同じように谷へ飛び込みましょう。そして、サラフルールの身体をお返しいたします」
侯爵が息を呑み、無言の時間が続くのかと思われたが、意外とそれは短かった。侯爵はため息を吐き、表情を緩めると、ソファにもたれていた背を起こした。
「キミは残酷だな。私に二度も我が子を失わせるつもりか」
その声はひどく哀し気だった。
「申し訳ありません。他に方法が思いつきませんので」
「そうだな」
ポツリと呟いて、立ち上がった侯爵は紅茶を入れ始めた。
「このことは妻も気付いている。取り換えっ子ではないかと疑い、そのことについて二人で話し合い、その上で、今、キミを問い詰めている、というわけなのだが」
私の前に湯気の立つティーカップを置いた侯爵は、そのままの姿勢で俯いている私の顔を覗き込んだ。
「妻も私もこのままで良いと思っている。」
フッと微笑み、ソファに腰を下ろした侯爵は、キミはどうだと私に尋ねた。
「私は・・・許されるのならばこのまま、ここに居させていただきたいと思っています。私には、前の人生で家族がいました。戻ることもできませんし、その家族にはもう二度と会えません」
侯爵は黙って私の言葉を聞いている。
「思いがけず、このようなことになってしまいましたが、サラフルールのことを大事に思ってくださる侯爵とご夫人達に囲まれ、私は幸せだと思ったんです。それ以上に、皆さんを騙していることが本当に心苦しかった。だからこそスペングラー家の一員として、恥ずかしくない振る舞いをしたい。サラフルールが大切にしていた人たちに幸せを感じて欲しい。そうすることが、サラフルールに成り代わってしまった私の罪滅ぼしだと」
侯爵にハンカチで涙を拭われ、私はいつの間にか泣いていたことに気がついた。
そのまま侯爵は私をそっと抱きしめる。
「キミのせいではないだろう。罪などと言うな」
優しく叱られて、髪を撫でられる。家族に会えないという現実を再確認した悲しさ、このままで良いと言う侯爵の優しさ、今まで黙っていて申し訳ないという罪悪感、いろんな感情が混ざり合って、私の涙腺は崩壊した。
「サラフルール、キミは私とシャルロットの娘であり、セドリックの姉だ。もう二度と私たちの前からいなくならないでくれ」
お父さまは私の涙が止まるまで、優しく抱きしめたまま黙って髪を撫ででくれた。




