空の上と川の中
きゃーーーーー!!!死ぬぅ!!!
声にならない悲鳴をあげたけれど、ふと気が付いた。
あぁ 私ってもう死んでるんでした。そうだよね。死んでるよね。
冷静になってみると、落ちていく感覚はあるけど、周りが暗闇だからなのか、それほど怖くはない。
いったいどこまで落ちるのかな。
そう思った矢先、遥か下の方に光が見え、それがぐんぐん大きくなっていった。
出口だ。
暗闇から放り出され、そのまま落下して行く。
目が光に慣れて、辺りを見回すとそこはどこかの空の上だった。
下の方に森が見える。
ここはどこだろう。
自然がいっぱいでキレイとところだなぁ。
自由落下しながら、そんな呑気なことを考えていると
「モット ユックリ」
どこからか声がした。
ゆっくり?
「オチル ハヤスギル モット ユックリ」
速さって変えられるの?
「カンガエル ユックリ オチル」
ゆっくり落ちることを考えればいいってこと?
頭の中で空中をふわふわと漂うことを思い浮かべてみる。
すると落ちるスピードが遅くなり、やがて空中にふわふわと浮かんでいる状態になった。
「おぉ すごい」
あらためて周りを見回してみると、遠くに連なる山並みと麓には町が点在している。
眼下には森と野原と、その間を流れる川、そして街並みとお城が見えた。
私の落下を止めてくれた声の主を探していると、私の目の前に急に小さいモノが姿を現した。
か、かわいいっ!
小さいヒトの姿をしたその生き物は、背中の蝶々の羽を動かして、私の前で飛び回っている。
くるくるの赤毛と大きな茶色い瞳がとても愛らしい。
あまりの可愛さに、思わず手を出すと、その生き物は私の手のひらに着地した。
そして、その大きな瞳で私をじっと見つめた。
「アナタノオネガイ キク アナタ ワタシノオネガイ キク」
ん~お願いって?
難しいことだったら聞いてあげられないかも。
なんと言っても、私、死んでるし。
「ムズカシクナイ ワタシ ナマエ ホシイ」
そうなの?名前つけるぐらいならできるかな。
って思った途端、私の周りで風が吹き始めた。
くるくる赤毛の子は私の右手の人差し指を両手で掴んで引っ張った。
「コッチ ハヤク」
吹いている風に背中を押され、進み始めた先は真下だった。
どちらにしても落下するのね。
地上に一直線にすごい速さで落ちていく。
不思議と速さを全く感じない。
みるみるうちに森がどんどん大きくなって、間を流れる川が目の前に近付いてきた。
そして、川面の直前で、掴まれていた指を離されると同時に、風に押し込まれるように川の中に入ってしまった。
空の次は川か…
流れに身を任せていると、視線の先に見えた、長い髪とフリフリのワンピース。
ユラユラと揺れて流されていく女の子が見えた。
大変だ!助けなきゃ!
私自身も流されながら、目一杯手を伸ばして、女の子の手を捕まえた。
その瞬間、電流が流れたような衝撃が私を襲って。急に息苦しくなった。
今まで全然苦しくなんてなかったのに、なんで急に?
息継ぎしなきゃ。このままじゃ溺れてしまう。
川底を思い切り蹴って、水面へと浮かんでいく
ぷはぁ
水面に顔が出ると大きく息を吸い込んだ
女の子のことも気になるけど、このままじゃ私まで溺死だよ。
いや、私はもう死んでるのか。2回も死ぬなんてごめんだ。
必死に岸を目指すけれど、服を着たまま泳ぐのって難しい。フリフリワンピースがたっぷり水を吸って重いよ。
フリフリワンピース?
なんで私、こんな服着てるんだろう。
40過ぎてこのワンピースは無しだよね。
だんだん重くなって、ともすれば沈みそうになるの体をなんとか動かし、やっと浅瀬までたどり着いた時にはもう何も考えられないぐらい疲れきっていた。
岸に上がって早く助けを呼ばなくちゃ。
立ち上がろうとするけど、ワンピースが重くて無理で、それでもなんとか這うように川辺に上がることができた。
「ヨカッタ マニアッタ」
さっきのくるくる赤毛の子が話しかけるけど、息切れのせいで答えることもできない。
「スコシ ヤスム イイ」
そうだね。もうダメだ。これ以上動けないよ。
アラフォーに着衣水泳は重労働だったし。
くるくる赤毛の子が私のまぶたに触れると、まるでそれが合図だったかのように、私は意識を失った。




