悪夢とキス
あけましておめでとうございます
ルウが精霊の里に向かってから今日で3日。
ルウには大丈夫、とか心配しないで
とか言ったけど
本当はほとんど睡眠がとれておらず、かなりフラフラの状態だ。
少しでも眠りが深くなると、坂本がさらに近づいてくるのではないかと思うと、ベッドに入っても眠りが深くならないうちに何回も目が覚める。
怖くて熟睡できないのだ。
昼食後、セシルに淹れてもらった紅茶を飲みながらぼんやりと考える。
そういえば、最初の時に助けてくれた人は誰なんだろう。
多分男の人だと思う。声とか、掴まれた手の感じとか。
『絶対離すなよ』と言った声は少し低くてぶっきらぼうな感じ。でも優しい声だった。
なぜ私を助けてくれるのか。
どうやって私の夢に入り込んだのか。
そもそも何故坂本が現れたのか。
あれは本物の坂本なのか。
そしてだんだん近づいてきているのは何故なのか。
わからないことだらけだ。
「お嬢様。具合がお悪いのでは?」
心配そうにセシルが私に声をかけた。
「大丈夫よ。ちょっと夢見が悪くて、昨夜はあまり眠れなかったの」
「まぁ、そうなのですか。午後は特に予定はございませんから、お昼寝でもなさいますか?」
「そうね。それも良いかも知れないわね」
私がなんとなくそう返事をすると、セシルは私にブランケットを手渡してから茶器を片付け、静かに部屋を退出した。
お昼寝はしないつもりだったけど、寝不足が限界だったらしい。
一人になって緊張が解けたせいもあるのだろう。
静かになると、いつの間にか寝てしまっていた。
気が付くと、冷え冷えとした暗闇の中に立っていた。
眠っているはずなのに意識が起きている感覚がして
いつものように聞こえるブツブツ呟く声は
この間よりも近い気がする。
ズルズルと何かを引きずりながら、だんだん近づいている。
今日はすぐそばまで来るかも知れない。
そう思った瞬間、恐怖で体が震え、呟きが聞こえないように思わず耳を塞いだ。
膝がガクガクして、立っていられなくなり、その場に座り込む。
耳を塞いでいるのに聞こえる呟きと近づいてくる気配。
イヤだ。誰か。助けて。
恐怖で悲鳴を上げそうになったその時、ふわっと暖かい風が吹いてきた。
その風に払われるように突然暗闇が晴れ、周りが真っ白になる。体の震えは治まり、逆に不思議と安心感に包まれた。
「大丈夫だよ」
後ろから突然男の人の声が聞こえて、驚いて振り返ると、光の中に誰かが立っている。眩しすぎて良く見えない。
「えっと・・・どちらさまですか?」
「これでしばらくは大丈夫。近寄れないようにしておいたから安心して」
私の質問に答えてくれるつもりはないようだ。でも、この間助けてくれた人とは別人だとわかる。
声も違うし、なんとなくだけど雰囲気も違う。
眩しくて直視できず少し俯いていると、その光はスッと近づいてきて、私の手を取った。
うん、手の感触も違うから、別人確定だね。
私が眩しさに目を細めながら、ひとり納得して頷いていると、
「会えてよかったよ。それじゃ、また」
私の手を取ったまま少し屈んだような気がした後
手の甲にキスをした。
と思う。なにしろ眩しくて見えないのだから、なんとなくそういう感触があったからそう思っただけなんだけど。
突然のことに思わず顔を上げた私は
きっと間抜けな表情をしていたと思う。
その人はくすくすと笑ってから
そのまま、溶けるように消えていった。
そのまま、ゆっくりと目覚めると、ちょうどドアをノックする音が聞こえた。
「お嬢様。甘いものでも召し上がりませんか」
セシルがスイーツと紅茶を乗せたワゴンを押してきた。今日は桃のような果物のタルトだ。瑞々しくて美味しそう。セシルは手早く紅茶を入れ、タルトと共に私の前に並べると、
「少しお休みになれたのですね。顔色が良くなっております」
「えぇ。ありがとう。すっきりしたわ」
謎の人物のお陰だと心の中で感謝を述べる。
タルトと紅茶を堪能しつつ、さっきのことを思い返す。
そういえば、さっきの人は『また』って言ってたけど。また会えるのかな。会えたらちゃんとお礼を言わなきゃ。声と手の感触。それだけじゃ探すのは難しいよね。
あ、今日の人はそれだけじゃなかった。唇の感触も。唇?
「えぇぇ??!!」がばっとソファから立ち上がる。
そうだよ。手の甲にキスされたんだ。
多分。
いや。間違いなく。
手の甲とはいえ、キス・・・
「お嬢様。どうなさいました?」
いきなり立ち上がった私に驚いて、セシルが近づいてきた。
「いや、なんでもないの。大丈夫」
一人であたふたする私の顔は真っ赤になっていたらしく、熱があるかもと、セシルにいらぬ心配をかけてしまった。
「今夜は、きっと良い夢が見られますよ」
お昼寝をしたから、まだ眠くないと言う私を、セシルは良い笑顔でベッドに押し込みながら言う。
セシルは華奢なのに、結構力があるのだ。
結局逆らえず、大人しく寝ることにした。
年末年始も休日出勤で
なかなかゆっくり休めません(^◇^;)




