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プロローグ



ふと気づくと周りは真っ白で、上下左右もわからない。

ふわふわと漂っているような感覚がちょっと気持ちいい。

きっと無重力っていうのはこういう感じなんだろう。


でも、いったいここはどこ?


ぼんやりしている頭のまま辺りを見回すけれど、やっぱり真っ白でなにも見えない。


う~ん。そういえば私、家に帰ろうとしてたんだよねぇ。


次第にはっきりしてきた頭で、思い出そうとする。


確か・・・残業して、娘を塾に迎えに行くつもりで車に乗ろうとして、


えっと、それからどうしたんだっけ?


必死に思い出そうとしていたとき、遠くの方からだんだん何かが近づいてくる気配がすることき気付いた。


…ワタシノセイジャナイ ワタシハワルクナイ ワタシノセイジャナイ

…オレノセイジャナイ オレハワルクナイ オレノセイジャナイ


たくさんの声が聞こえる。同じことを何回も何回もブツブツと呟きながら。


声がだんだん近付いて来る。


あぁうるさい。

考えられないから少し黙ってくれないかな。


そんな思いなんてお構いなしに、その声はどんどん大きくなり、すぐそばまでやって来た。


ワタシノセイジャナイ ワタシハワルクナイ

俺は悪くない 俺のせいじゃない


「考えられないからやめて!」


私のせいじゃない


「じゃあ 誰のせいなのよ!」


思い出せない苛立ちで大声を出す。


俺は悪くない


「じゃあ誰が悪いのよ!」


一瞬の静寂のあと、その声は耳をつんざくような大音量で四方八方から私を責め立てた。


オマエダ オマエノセイダ オマエガワルイ

お前のせいだ お前が悪い お前が…


思わず耳をふさごうとした私は、両手が真っ赤に染まっているのに気付いた。


「なにこれ・・・血?」


赤く染まった両手が小刻みに震え出す

その瞬間、全てを思い出した。




残業が終わって、社員出口を出た私を呼び止める声がした。


「宮崎課長」


振り返ると男性がひとり、街灯の灯りの中に立っている。


「坂本くん?どうしてここへ?体調は大丈夫なの?」


彼は、体調不良で会社を休職中のはずなのに、と不思議に思った。


「宮崎課長に渡したいものがあって」


私の方に歩みを進める彼を不審に思い、少し後退りする。


それでも近付いてくる坂本が怖くて、逃げたほうが良いかもと考えていた。

でも、ちょっと遅かったみたいだ。私が身を翻すより早く、坂本に肩をつかまれた。


「ずっとこうしたいと思ってたんですよね」


遠くから見ている人がいたら、きっと私が彼に抱き締められているように見えたに違いない。


坂本はとっても嬉しそうな笑顔だったから。


けれど対称的に、私の表情は驚愕と恐怖に満ちていたはずだ。


「坂本くん・・・なんで?こんなこと」


下腹部に焼けるような痛みが広がった。


「全部アンタのせいだ。オレは悪くない。何もかもアンタのせい」


私から体を離しながら、坂本は嬉しそうに繰り返す。


支えを失った私は声も出せないまま、ゆらゆら揺れていた。

視線を落とすと、体の真ん中辺りにじわじわと広がっていく赤色が見える。


あぁ。刺されたんだな。そう思ったら体中の力が抜け、アスファルトに倒れ込んだ。もう痛みも感じない。


「こうなったのはアンタが悪いんだ 自業自得なんだよ」


嘲るように言い捨てて立ち去る彼を、私は目で追うこともできないまま意識が遠退いていった。


あぁ、私、死んじゃうんだなぁ。子どもたちにももう会えないのか。




ってその時思ってたはずなんですけど、ここはどこ?

私死んだんじゃないの?


今の状況がどうにも理解できなくて軽くパニック。


それなのに相変わらず耳元でオマエガワルイと責め立てる声に、今度は猛烈な怒りで体が熱くなった。


はぁ?


オマエガワルイですって?


あんたが仕事でヘマやって、上がクビにするって言ったとき、必死でフォローして、なんとか減給にとどめてもらったのは


あんたが出した3回目の休職願に、上がクビにするって言ったとき、人事と総務に直訴して休職認めさせたのは


いったい誰だと思ってるんだ!!


こんな理不尽なことされるために、そんなことしたわけじゃないのに、このまま死ねるか


死んでたまるかっ!!!


「死んでたまるか!」


耳元で責め立てる声よりも大きい声で叫んだとき、私の足下にくるりと丸い穴ができた。


「へ!?」


間抜けな声が口からこぼれた瞬間、私は暗い穴の中に落ちて行った。






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