1人の選択
町の中心部には大きな電波塔がそびえ建っていた。
周りにはゾンビと思わしき群れ。
しかしそのゾンビは想像していたものよりは綺麗で、
血色は悪いものの血だらけだったり肉体が欠損しているわけでもなかった。
ただ意識が朦朧とし目的もなく彷徨っているようだった。
近づいてみてもこちらに気づくことはなく、
いや興味がないのかもしれない。
どちらにせよ害はないことが分かった。
ゾンビの群れを潜り抜け電波塔の中へと入っていく。
中にはゾンビ化した人々はおらず、
静かな空間が永遠と続いていた。
唯一ある階段を上へ上へと登っていくと、
塔の最上階と思われる部屋に誰かがたたずんでいた。
「エージェント…X?」
「来たかチャック、どうやらこの塔には誰もいないようだ」
「なぜあなたがここに」
「長官からの命令で先にこの町に行くように言われたんだ」
「長官から?でも何で1人で…」
「それは以前私が取り逃がしたある研究者が関係しているからだ」
「知り合いってことですか」
「まぁ簡単に言うとそうなる。普段なら私情は挟むなときつく言われているが今回は特別だ」
「長官も知ってて命令したってことなんですよね」
「というよりも長官と私しか知らないことだ。そして奴を逃がしてしまったとき長官もいたんだ。だから私たちは責任を感じている」
「そうですか…ところでその研究者って奴は一体何を研究していたんですか?」
「個人の作り出す精神的イメージに基づいた固有の空間を現実世界へと引き出すっていう研究だ。要するに妄想の具現化。だが研究は失敗した。実験の途中で具現化情報をフィードバックする際に被験者同士の精神干渉レベルに異常をきたし一時的な時空間の湾曲が発生してそこに奴は巻き込まれた。」
「それで、どうなったんですか」
「被験者は精神エネルギーを全て奴の脳に吸い取られてしまい周りにいた研究員も空間湾曲の際に発生した亀裂で肉体を切断し死亡。事態が収まった頃には奴は変わり果てた姿になっていたよ…とにかく人じゃなかった」
「そいつはその時逃げたんですか」
「あぁ、確保しようとしたんだが、一定の距離に近づくとエージェントは意識を失ってしまった。奴が何かの能力を使っていると判断した我々は、麻酔弾を撃ったが空中でスピードが落ちていきそのまま数秒停止した後地面に落ちてしまった。奴は事故の影響で精神と空間のエネルギーを操れるようになってしまったんだよ」
「特殊能力者ですか…それで結局捕まえることができなかったんですね」
「そうだな…」
「でもなんでエージェントXと長官は無事だったんですか?ほかのエージェントは意識を失ったって、2人だけ近づかなかったわけじゃないでしょう」
「それなんだが、ある博士に開発してもらったブレスレットのおかげなんだ」
「今付けているそれですか」
「あぁそうだ。昔に色々あってな」
「長官も同じものを?」
「そうさ、それで能力の影響を受けなった」
「…でもなんで他のエージェントの人は来なかったんですか」
「あれからずっと昏睡状態だからだよ。生命活動に影響はないが…起きなくなってしまった」
「だからあなただけが…それで奴が今ここにいてこれを引き起こしていると」
「あぁ、能力はあれからコントロールできるようなったんだろう。そして奴は元に戻ろうとしている」
「どうやって」
「多分ここは単なる中継ポイントなんだ。実際は別の場所にいる。町中の住人の精神エネルギーをこの電波塔で1つの巨大なエネルギーに変換して空間を隔離しているんだろう」
「だけどこの空間には1日留まると侵入可能になる…」
「それこそが奴の狙いだろう。元に戻るにしても技術がこの町じゃ足りない。GUARDの持つ通信システムや武器を大量に使う必要があるんだ。だからわざと侵入できるようにした。流石にこれはここに来てから気づいたことだから今から連絡を取ろうと思っても奴を止めない限り外部との連絡は不可能ということだ」
「今は住人は俺たちを襲っては来ていないが、GUARDの特殊部隊が侵入してくれば多分奴は彼らを兵士としてコントロールするんでしょうね」
「多分な、それは最も避けたいことだ。GUARDの技術班も彼らがゾンビではないことに気づくだろうからむやみに攻撃できない。しかし奴はこちらが抵抗しなければ容赦はしてくれないだろうな」
「結局探し出して止めるしかないと…だけど奴には近づけない」
「だからこれを持ってきた」
「それはなんですか?」
「オブジェクトだ」
「んなっ…使用許可を出したんですか…非常事態とはいえオブジェクトを使わせるなんて長官もだいぶ大胆な決断をしましたね」
「まぁそうかもしれないがこのオブジェクトはまさにあいつを止めるのに最適な力を秘めている」
「確かそれって平等化でしたっけ?」
「ある程度同じ質量だったり生命体として似通った存在の様々な数値を平等にする」
「でも奴の肉体は確実に別の存在に変わってて平等化はできないんじゃ」
「平等化するのは奴の体じゃない」
「じゃぁ一体何を」
「…ん?ドローンの通信が切れたな…ということは」
「…!そこにいるってことか…位置は」
「ここからそう遠くはないな。ナビに位置情報を転送する」
「薬品工場…ですね」
「奴もこちらを把握しているはずだ。これ以上ここにいても意味がない。行こう」