表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
二章 無法の王は過去を見る
8/43

第二話 王は父と対談する

「ザンミア。少し話をしようか」


 夜九時頃。

 父親はベッドに向かう息子を呼び止め、机に座らせた。


「……どうかしたの?」

「ザンミア。今日入学手続きが終わったな」

「……うん」

「それでだな。少し母さんから聞いたんだが、なんで嘘を付いていけないかを疑問に持ったそうじゃないか」

「うん」

「その理由は納得出来たかい?」


 ザンミアは首を小さく横に振る。


「そうか。なら父さんが教えよう。嘘だけではなくてこれから生きていく上で大事な話を。六歳のお前にはまだ早いかもしれないが、何れは知ることだ。起きてられるかい?」

「……うん」


 父は眠たげな彼の目を見つめ、咳払いをした。

 そして落ち着いた後、コーヒーを啜りながら会話を再開する。


「第一に人は人を傷つけてはいけない。これはなんでか分かるか?」

「……分かんない」

「それはな、それを許したら世の中争いだらけになるからだよ」

「…………」

「世界はな、支えあって成り立つように出来てるんだ。私たちがこの家に住めるのも家を作ってくれる人がいるからだ。美味しい水が飲めるのもそれを汲んでそこから浄化してくれる人がいるからだ。人は一人で生きていけない。支えあう必要がある。私も、魔物討伐という仕事で人々に『安全』という喜びを与えてお金を貰ってるんだ。こうして一つの社会というものが成立する。それで自分勝手な行動を取ると人々は困るし、社会が成立しない。だから私たちは人を傷つけてはいけないと教えられてるんだ。ここまで分かったかな?」

「……うん」


 どこまで頭に入ってるか不安になるが、反抗を見せないということは納得はしてくれているはず。

 父親はそのまま話を続けた。


「それでだ。もし仮に人が人を殺してしまったとしよう。それはつまり、この社会に置いて人を支える人間が一人いなくなることになる。これはとても大変な事だ。美味しい水を提供してくれる人がいなくなったら困るだろう? だからそんな人には罰が与えられる。それならみんな人を殺そうだなんて思わないし傷つけようだなんて考えないはずだ。だから、人に嫌な事を言ったら駄目なんだよ?」


 本来、こんな小難しい話は六歳の子供には通じない。

 しかし、ザンミアには父親の言ってることは理解出来た。

 社会の成り立ちも。

 人としての在り方も。

 だが、それは彼の根本的な疑惑を晴らすにはまだ足りない言葉。


「……ねえ、お父さん」

「ん? なんだい?」

「僕たちはどうして生まれたの?」

「……それは」


 子供ならば一度は持つ疑問。

 少し難しい質問だが、魔物討伐で生き残ってきた父親からすれば答えるのに時間は掛からない。


「それは、生きるために生まれたんだよ」


 生きる。

 彼にとってこの生きることは重要であり、一番重い言葉。

 息子にこの言葉がどこまで圧しかかるか分からないが、信じてみるしかない。


「生きる……?」

「ああ。こうやってザンミアと話したり、母さんと一緒にご飯を食べたり、笑って、泣いて、たまに喧嘩して、それで仲直りして。小さな幸せを心に噛みしめながら生きるんだ。時にはつらいこともある。それでも人と支えあって生きていれば、きっとその努力は報われる。報われなくとも、人を大事に生きていればその人がいつか自分の心の支えになるんだ。その為に人は生まれるんだ。幸せになるために頑張るんだ」

「幸せ……」

「そうだ。ザンミアにとって、嬉しいことはあるかい? なんでもいい。食べることでもいいし。寝ることでいいし。遊ぶことでもいい。なんでもいいから一つだけ気持ちが高ぶる事を見つければ、自ずと父さんが言ってることも分かるはずだ」

「……僕の嬉しい事」


 父親は下を向いて考える我が子を温かい目で見守る。

 そして、ザンミアは口を小さく開き


「分かんない。嬉しいことが何かはまだ分かんない。お父さんの嬉しいことは何なの?」

「そうだな。求められることかな」

「求められる?」

「ああ。人に求められて感謝してもらう事かな。もちろん、母さん達と一緒に過ごす時間も幸せだ。でも、それよりも人に自分の存在を認めてもらって必要とされることが父さんの嬉しい事かな。まるで、自分の存在意義を唱えているかのように。とはいっても、まだザンミアには早すぎたか。ははっ」


 父親は静かに笑い、コーヒーの器に手を掛けた。

 さすがに言い過ぎた感じはある。

 自分の存在意義など、六歳の少年が考える物ではない。

 普通はこの歳の子供は自分の事で精一杯だ。

 周りの事など気にしないし、自分さえよければ良いと思う傲慢不尽で極まりない存在。

 しかし、それが当たり前でありそれを教育するのが親の役目というもの。

 社会に出るには早すぎる年齢だからこそ、何が良くて何が駄目なのかを頭に仕込む必要がある。

 まさに、その義務を果たそうと彼の父親は息子に教育を行っていた。


 ――だが。


「ねえお父さん」

「ん?」


 ザンミアは窓に映る綺麗な夜空を見つめながら、呟く。


「そんな世の中にしようって、誰が決めたの?」


 六歳にしては核心を突くような質問で少し驚愕したが、父親は即答する。


「王様だよ」

「王様?」

「この世で最も偉いお方さ。一番優しくて、一番思いやりがあって。昔は国によって王は違ったんだが今は一人の王様に統一したんだ。そしてその王が『法律』というものを作った」

「ホウリツ? なにそれ?」

「ルールみたいなものだよ。これはやっていいけどこれは駄目だぞみたいな。それで私たちは安全な日々を過ごしてるんだ」


 詳しく言えば、もっと複雑な内容になるのだが父親は子供に分かるように出来るだけ分かりやすく解説をする。


「安全な日々って?」

「そうだな。例えば今、私たちの家に誰か勝手に入って物を盗んだとしよう。そんなこと急にされたら困るよな? 家にあった食料がなくなれば私たちは空腹で死んでしまう」

「うん」

「だから、法律で人の家に勝手に入ってはいけないルールを作ったんだ。ほら、これで必然的に父さんたちは法律によって守られているだろ?」

「うん」

「他にもたくさんルールはある。知れば知るほどいかに私たちが法律によって守られているかが分かるんだ。もしそれが知りたければこれからは自分で調べなさい。きっと、役に立つ知識だからね」


 もはや大人と話している感覚になるが、それでも頷いて聞いてくれているのも事実。

 気付けば時計の針は大分進んでいた。

 父親はさすがに寝かせないと明日に響くと思い、話を終わらせようとする。


「さて、これで話は終わりだ。明日から学校だろ? だからそろそろベッドに――」


 父親が飲み終えたカップを台所に持って行こうとした時。


「――お父さん。僕思うんだけど」


 父親の行動を止めるように、ザンミアは呟いた。


「ん? どうした?」

「法律が僕たちを守ってるなら――」

「――――」

「法律が無くなれば、世の中どうなるの?」


 少し意外な質問だった。

 父親の中では法律があるのが当たり前な生活。

 その中で最も根本的な疑問をぶつけられたのはさすがに初めての経験。

 まして、その相手が実の息子で幼い年齢ならば尚更。


「そ、そうだな。どうなるんだろうな?」


 彼は笑いながら誤魔化す。

 どうなるかと聞かれれば、その答えは正解には辿り着かない。

 しかし、それに答えないのにはもうひとつ理由があった。


「僕思うんだ。法律が僕たちの安全を確保するのと同じように」

「…………」

「法律が人のやりたいことを殺してるんじゃないかって」

「…………へ?」


 動きが止まる。

 どういう事だ?

 我が息子は一体何を考えているんだ?

 というより本当に六歳か?

 今目の前にいる子供は、何を見ているというのだ?


「お母さんが言ってた。世の中にはどんなに平和でも悪い人がいるって。物を盗んだり人を殺したりする人がいるって。それ聞いて思ったんだけど」

「な、何を思ったんだ?」


 次第に汗が流れる。

 心臓の鼓動が速くなる。

 頼む。おかしなことを言わないでくれ。

 正気を疑うような事を言わないでくれ。


 父親は心に願ったが、その想いは彼には届かなかった。 

 なぜなら


「――駄目だと言われてるのにやるってことは、それがその人にとって一番やりたいことなんじゃないの?」


 父親は黙り込んだ。

 息子の理解し難い発言に、息を呑んだ。


「……そ、それは違うんじゃないか!? だってほら、物を盗むことが全員やりたくてやったこととは限らないし!! それに、お前だって人を殺したいと思ったことはないだろ!?」


 汗が大量に流れる。

 そして同時に異様な寒気を感じる。

 目の前にいる人物が本当に自分の息子かすらも疑惑に思えてくる。


「……僕は、人を殺してみたいって思ったことは……」


 しまった。

 この質問はするべきでなかった。

 今、思考が理解できない息子からどんな言葉が出るか分かったものじゃない。

 もし、もしここで自分の質問にイエスと言ったらどうなる。

 これからどう接すればいい?。

 異常なまでの恐怖。

 異常なまでの寒気。

 それらが彼を襲い、心を苦しめた。


 父が彼の言葉に耳を防ごうとした。その時。


「ザンミア。もう寝る時間よ。夜更かしは体に悪いですからね」


 間一髪で母親が部屋に入ってきた。

 ザンミアは「うん」と頷き、自分の寝室に足を進めた。


「……危なかった……」


 父親は安堵の表情を浮かべ、汗を手で拭う。


「大丈夫? あなた」


 先程までの会話を聞いていた母親は椅子に腰かけ、父の心配をする。


「ああ、なんとか。それにしても凄く緊張したよ」

「なんだか心配になって来ました……」


 母親は頭を悩ますように机の上で腕を組み、不安げな眼差しを彼に浴びせる。


「そうだな。私が相手ならいいんだが、これが原因でいじめに遭わなければいいんだが……」

「うちの子がいじめに!? そんな!! あの子には普通の学生生活を送って欲しいのに!!」

「それは私も一緒だ。一緒だが……あの子はなんというか……」


 父親は言葉が詰まっていた。

 言えなかった。

 実の自分の息子があんなに――

 あんなに――


「今日はもう寝ましょう。これからについてはじっくり考えます」

「そうだな。もしかしたら学校で変わるかもしれないし」

「私……親失格ですかね……あんな子供に育ててしまった私に責任があるのかも……」


 次第に母親の瞳は曇り始め、涙が浮かんでいた。


「母さんはよくやってるよ。ただ少し、疑問の持ち方が人と違うだけだ。もしかしたらあれが良い方向になって、誰よりも優しい……そうだな、王様に……なるかも。なんてな」

「王様ですか……自分の息子がそんな立派になってくれれば私も鼻が高いです……」

「そうだな、よし。寝よう」

「はい……」


 二人は少し重い空気を引きずりながら自分たちの寝室に向かった。

 その日の夜は、重い鎖が何かを締め付けるように二人の眠りを妨げたという。


 ――そして、父親の嫌な予感は後にあらぬ方向へと発展していくことをこの時の二人は知らない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ