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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
三章 無法の王は死体を飾る
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第二十話 奴隷は笑う

 ティアナはカルニアの顔を思い浮かべた。


 ふわりとした赤髪につぶらな瞳。細い体に着飾った赤いドレス。一瞬、人形ではないかと疑うほどに幼くても美と表現できる容姿。しかし、それはどこか人らしさを感じさせないとも言える。


 そして、蓋を開ければそこにあるのはザンミアという狂気の塊に対する圧倒的な忠誠心。


 ティアナが彼女に関して知るのはこのくらいだ。なぜ、ザンミアに対し忠誠心を誓っていて、ザンミアがなぜ彼女を唯一気に入っているかは謎だ。


 だが、問題なのはそこではない。今スージーに彼女のことをどう説明するべきかがティアナにとっての課題である。


 容姿だけなら申し分なく伝えられるが、性格などは知る限り良い印象はない。


「そうですね……カルニアは……」


 スージーが瞳を輝かせながらこちらの発言を待っている。ザンミアに会っておきながらそれでもわが子の成長に期待を寄せるとは、一体どこまで希望を胸に抱いているか疑問だ。


「かわいらしい子に育ってますよ。最初に見たときはお人形さんみたいでびっくりしました」

「そうですか。それは会うのが楽しみです」


 とりあえずは容姿だけで話を延ばそう。その間に彼女の中身のほうもどう説明するか考える必要がある。


「でも、見た目はどうなっていてもかまわないんです」

「え……」


 まずい、この流れはまずい。早くも性格の部分を聞かれてしまう。

 ティアナは冷や汗を額に流し、彼女の表情を伺った。


「たとえ綺麗に育たなくとも構いません。大きくなくとも構いません。大きすぎても気に留めません」


 ティアナは数少ない知識で最善の答えを模索する。

 どうせ会ってしまうなら全て打ち明けてしまおうか。ザンミアをこよなく愛し、それが原因で心は淀みを帯びていると。彼以外の人間にはまるで興味を示さない女性になってしまったと。


 考えればスージーの期待に答える必要はないのかもしれない。いくら自分の娘だからといっても、ザンミアの奇妙さを少しでも感じていればそれなりの覚悟は持ち合わせているはずだ。


 むしろそちらのほうがいいのかもしれない。彼女のためにも、カルニアのためにも、今は真実だけを語るべきなのかもしれない。

 パーバスならそうしたはずだ。いくら彼でも優しい嘘だからといって後で絶望させるようなことはしなかったはず。


「ティアナさん、わたくしはーー」


 ティアナは息を呑み、腹をくくった。

 人を傷つけることも、ひとつの優しさであり、正義である。これはパーバスから教わったことだ。


「ーーカルニアに、ただ元気で生きて欲しいんです」

「……え?」


 ティアナは拍子の抜けた顔を浮かべた。予想をはるかに下回る言葉に動揺すら覚えてしまう。


「それってどういう……」

「え、だから元気でいてくれれば今はいいんです。なので、ティアナさんにはちゃんと元気で生活しているかだけ教えてもらえば満足なんです」

「で、でも、さっきどんな子に育っているか知りたいって……」

「はい、だからどのくらい元気でいるかを知りたいという意味でそういったんですが……」

「え、ええ!?」


 彼女の紛らわしい発言に呆れるティアナであったが、どう考えてもあの口ぶりだと性格や見た目を気にしているのだと認識してしまう。


「べ、別にそれくらいならわざわざ聞く程のものじゃないんじゃ……」

「いえ!! そんなことはありません!!」


 急に声を荒げたスージーにティアナは肩を跳ね上げた。


「親にとって一番子供に求めるのは元気なんです!! それさえあれば見た目がどうであっても、中身がどんなに荒んでいても気にならないものなんです!!」

「そ、そうなんですか……」

「はい。それに、あの子に関しての覚悟は出来ています」

「覚悟ですか?」

「あのザンミアて方の下でずっと暮らしていたんですよね? なら、性格が通常から外れていてもおかしくないはずです」


 どうやらちゃんと覚悟はしていたようだ。ザンミアが普通でないことも、心の中で感じていたらしい。


「あの、そこまでして娘に会いたいんですか?」


 やはりティアナには難しい話だった。いくら血が繋がっているとはいえ、下手すれば死ぬかもしれない場所にわざわざ足を運ぶ気になるのだろうか。それほどまでに会話を交わしたことすらない娘と会いたいものなのだろうか。


「当然です。それは最初にもお話しています。どんなことがあっても、わたくしは自分を曲げることはありません」

「スージーさん……お強いんですね」

「いいえ、わたくしが強いんじゃありません」

「え、そうなんですか?」

「はい」


 スージーは拳を握り締め、自信溢れる表情を浮かべると


「母親が、強いんです」


 ティアナはその言葉を聞いた瞬間、意味もなく吹き出してしまった。

 それに対してスージーは「なぜ笑うんですか!?」と顔を紅潮させたが、ティアナの笑顔が歪む事は無かった。


 今でも母親がどんなものかは分からない。むしろ今の発言で迷宮入りしてしまった。

 だが、少なくとも、この人は信頼できる。決定的な根拠はないが、スージーの言動はティアナの中にある不安を確実に取り除いている気がするのだ。


「はははっ……ごめんなさい。なんか面白くって……」

「そんなに面白いこと言いましたかね……? まあ、笑って頂けたなら光栄ですが……」


 そう言いながらもどこか納得のいかないのか、首を傾げるスージーにティアナは


「スージーさん、がんばりましょうね。私も全力で支援しますから」


 ティアナの自然の笑みを見たスージーは


「はい、あの王様から娘を奪還してみせます」


 互いの瞳に眠る執念を確認すると、二人はザンミアの後を追った。



 ーーーーーーーーーーー



 つい先程まで誇りのように舞っていた雪の量も次第に減り、今では寒さだけが彼らを襲っていた。


 小話を繰り返すティアナとスージーを背景に、ザンミアはシークを探す。

 しかし、未だに彼女の姿が見当たらない。もしかしたら、先に隠れ家に帰ったのだろうか。


「お話の途中すまない」


 ザンミアは立ち止まり、会話を裂くように口を開いた。


「どうしたの、ザンミア」

「シークの姿が見当たらない。もしかしたら先に隠れ家に戻ってるかもしれない。そこへまず向かうよ」

「いいけれど、あなたの力で彼女をすぐに見つけることは出来ないの?」

「残念ながら、僕の力はそこまで万能じゃないよ。探したいものを見つけることが出来るなら、試しに世界を手に入れている」

「まあ、それもそうね……」


 実際、自分の力を分けたシークなら探知するのは容易だった。しかし、涙の件もあってザンミアは今日だけ天使の力を控えることにしたのだ。


 いや、涙だけならまだいい。そんなものは言い訳すればまたどうにでもなる。

 問題なのは、己の心理状態に変化が起こることだ。

 無いとは思うが、仮に昔周りにいた人間のように理解に苦しむ価値観に染まってしまった場合、考えただけで反吐が出る。


 幸いにも城には一生かけても読み切れない程の本がある。人の記した内容など期待は出来ないが、ないよりはマシだ。


 そこに天使と悪魔の力に関するヒントがあれば、涙の原因を突き止められるかもしれない。


 とりあえず今はシークと合流し、城に戻ることを目標にした。


 時間の経過と共に足場は悪くなり、積もる雪がザンミア達の体力を奪っていく。


 気付けばティアナの口も開くことがなく、雪を踏み潰す音だけが静かに響いていた。

 気温も下がり、吐息を風に馴染ませながらも、ティアナとスージーの鼻は赤くなっていた。


「……ザンミア」

「なんだい?」


 ふと、ティアナは唇を震わせながら彼に声を掛けた。


「あなた、寒くないの?」

「寒いよ」

「そ、その割には普通に歩いてるし、顔だっていつも通りじゃない……」

「暑がりなんだ」

「へ、へぇ……」


 実際は寒くない。というより、天使の力があってか、過度な暑さと寒さを最低限まで抑えてくれてるようだ。

 この地の環境の影響で己の行動に縛りを与えないためかもしれないが、詳しい原理はザンミアも分かっていない。


 今までも天使の力自体は、ほとんどが実際に使って分かることばかりで、どんな能力があるか本に記載されていても、具体的な使用方法は自分で学ぶしかないのだ。


 だがそれも当然だった。本を書いたのは人間であって、この長い歴史の中で偶然天使に遭遇した人が命を掛けて研究した結果を乱雑に残しただけだ。


 何万冊の本の中から自分が使えたのはほんの一部であり、ほとんどは人間の勘違いや妄想から生まれた嘘ばかりである。


 もしかしたら自分がその中の力を使えこなせてないだけで、本当は使える能力もあるかもしれないが、真偽を確かめる方法がない以上は自分で判断するしかない。


「さあ、着いた。中に入ろう」


 そうこうしている間に三人は隠れ家の入り口前に到着した。


「この中にまたあなたの仲間がいるのですね……」

「多分ね。彼女は別に初めて会った人を無闇に殺そうなんてしないから安心していいよ。最も、僕を殺そうとすれば誰でも関係なく殺すだろうけど」

「愛されて……いるのですね……」

「まあね」


 スージーは息を呑み、ザンミアの影を追うように隠れ家の中に入った。


「シーク。中にいるかい?」


 ザンミアが部屋に踏み入ると同時に声を掛けた。


「ーーザンミアなの?」


 すると、案の定奥からシークの声が響き、足音が近づくのが分かる。


 別の部屋からシークが顔を出し、安心した表情でザンミアに歩み寄り


「良かった、無事なのね。私心配してたのよ!!」

「すまない。少し面倒事に巻き込まれてたんだ。君も無事で何よりだよ」


 シークの柔らかな腕に包まれながら、彼は彼女の頭部を優しく撫でた。


「色々聞きたいことはお互いあるだろうが、とりあえずティアナさんが連れてきたこの女性を紹介していいかな?」

「……今日は次々と女を連れてくる日ね」


 シークはスージーの存在に気付き、目を細くしてじっと見つめた。


「あ、あの、初めまして。わたくしスージーと申します。ティアナさんとはーー」

「待って。自己紹介は後でゆっくり聞くわ。それよりも、ザンミアに一番最初に知らせないといけないことがあるの」


 そう言うと、シークは真面目な顔つきになり、それと同時に汗を額に浮かべた。


「知らせないといけないこと?」

「うん……見て貰えばすぐ分かるんだけど……その……」


 次第にシークの表情が沈んでいく。それを察したザンミアは


「何か……言いづらいことなのかい?」

「いや、その……あれを見たら、ザンミアがどんな反応するのかを想像すると……怖くて」

「……早く見せるんだ」

「う、うん」


 ティアナはスージーと目を合わせ、首を傾げながら自分も事態を飲み込めてないことを示した。


「こっちに来て」


 三人はシークの後ろを追い、別の部屋にゆっくりと足を踏み入れる。


「あのね、私が帰ってきたときにはこうなってたの……だから、私を責めないでね……」


 ザンミアは部屋の中に視野を定めるとーーそこには皮膚と内臓を切り裂かれたカファルの死体があった。

間空けてすみませんでした。これからはそこそこの頻度で更新していきます

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