第十八話 『違和感』
気温は次第に低下し、ザンミアの口からは吐息が漏れていた。
霧が晴れ、ポワールの樹は見つけやすくはなったものの、シークとティアナの行方が不明のままでは探すにも探せない。
ザンミアは数十メートルあるであろう枯れ木を見つけると
「よっと」
ひと踏みで枯れ木の頂点まで跳ね上がり、片足で体制を維持した。
「……あそこか」
数キロ先にティアナらしき人物が見える。横に誰かいるようだが、ザンミアはさほど気にはかけなかった。
ザンミアは木の上を坦々と走り抜け、彼女達との距離を縮めて行く。
前から襲う雪が邪魔臭いが、吹き荒れていないのは幸いだ。
「……あれは」
ザンミアはティアナと一緒にいる女性に目を細めた。会った覚えはないが、見覚えがないわけではない。
「ザンミア……生きてたのね……」
彼が地へ着陸すると、ティアナは驚きよりも先に落ち込んだ表情を浮かべた。
「ティアナさんこそ無事で何よりだよ。それで、そこの女性は?」
女性は彼と目が合うと、慌てた動作で前に立ち
「あ、あの!! 初めまして……私はスージーと申すものです……」
「名前は聞いてないよ。何者かと聞いてるんだ。まあ、その服装からして察しはつくけどね」
腰に飾られた聖書からして宗教の一味なのは一目瞭然だ。おそらくキャレットの配下の一人だろう。
「はい、あなたの想像通りかと。それで……キャレット様は……」
「死んだ」
「……そう、ですか。残念です」
スージーはそう言うと悲しげな表情は浮かべるも、涙は流さなかった。手を組んで何かに祈る彼女に対し、ザンミアは
「なんだ。あまり悲しくなさそうだね。大事なボスが死んで、てっきり僕に逆恨みするのかと思ったよ」
「キャレット様はおっしゃってました。私が死んでもそれは悲しいことではない。神に命を返し、また一つこの世界に希望が増えることだと」
どうやらキャレットは上辺でもそれなりの神父を演じていたようだ。その証拠に、天へと召された彼に対し、祈りを捧げている。
「……あなたが殺したの……?」
しかし、ティアナだけはザンミアに対し敵対心を向けていた。彼を睨む瞳が雪の中、これでもかと主張している。
「いや。僕は殺してないよ」
「じゃあ誰がーー」
「僕はね、許したんだ。彼の中にある罪を取り除いてあげたんだ」
「あなた言ってたじゃない……宗教団体の勢力が増すことが望ましいって……あれは、嘘だったの?」
「嘘じゃないよ。それに、彼女達の宗教心は滅んでないよ。いずれは新たな神父がーー」
「やはりあなたは最低よ……人を殺して、よくも平気でいられるものだわ……きっとーー」
ティアナが言い切ろうとした瞬間にザンミアは真顔で彼女の元まで駆けつけ、肩を掴んだ。
急な行動に驚くティアナであったが、怖気は見せまいと彼を睨んだ。
「なによ……」
「別に僕を殺人鬼扱いするのは構わないけど、何もそこまで言わなくてもいいんじゃないかな?」
「……何……今更自分を守り始めたの……?」
片眉を潜め、小馬鹿にするような反吐を撒くと、彼は少し黙り込んだ。そして改めて口を開いたかと思えば
「……いや、今のは忘れてくれ」
「え……それはどういうーー」
ザンミアは彼女の肩から手を放し、颯爽に振り返った。
「スージーさん。用件を聞こうか。ティアナさんと知り合いみたいだし、僕に何か用があるんじゃないかな」
放置されたティアナを横目で気遣うスージーだが、すぐに首を横に振り
「はい、あります。無法の王よ、私を……娘に……いえ、カルニアに会わせてください」
「……なぜカルニアを?」
至ってザンミアは冷静だった。
「あの子が今、あなたの城にいることは、キャレット様から聞いていました。名前は、ティアナさんから聞きました」
ザンミアは彼女から伝わる違和感の正体が分かった。どこか見覚えのある姿はカルニアから来ているものなのか。
「君はカルニアの母親……なんだね」
「はい、実の母です」
「……」
「どうか、なされましたか?」
心抜かれたかのように呆然とするザンミアに、スージーは首を傾げる。
「……いや、なんでもない。ただ、疲れ気味でね」
「そ、そうでしたか」
なぜか、自分の中で「またか」という声がした。それと同時に、ある人物の顔が浮かび上がる。
「ねえ、ザンミア……あなた……」
ティアナの声でハッとした彼は、気を取り直すように
「まあ、いいさ。とりあえずシークを探そう。スージーさんには色々僕からも聞きたいことがあるしね。城へ招待するよ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」
あっさりと彼女の願いを承諾したザンミアは焦るように森の奥へと進み、彼女達に背中を見せた。
「これもティアナさんのお陰です!! キャレット様が亡くなったのは幸いですが……これもあの人からの導きなのでしょうか」
「え、ええ。私も嬉しいです。ははっ……」
ティアナは戸惑いを見せつつも、順調に事が進んだことを良しとし、ザンミアの後ろについて行った。
―――――
――ザンミアの様子がおかしい。
何か、彼からないはずの何かが生まれた気がするのは自分の気のせいなのか。
ティアナは分からなかった。なぜ、ザンミアの口からあんな台詞が出たのか。
『そこまで言わなくてもいいんじゃないかな?』
どうもこの言葉が胸に引っかかる。まるで、自分が悪者にされるのが嫌だと間接的に言っているようで、違和感があるのだ。
彼はそんな事を言う人ではない。自分が悪であることに誇りを持ち、正義を根から否定してきたのだ。
そんな悪魔の様な男が、今更になって自分が悪であることを否定するなんて、ありえない。
この短時間で彼に何があったのだ。何か考えが変わる事でもあったのか。
いや、変わってはいないだろう。何があっても、彼は死体を死ぬまで愛し続けるだろう。
だが、なぜだ。なぜ、彼からこんなにもーー人間らしさを感じるのだ。
冷血で、最低で、理不尽で、傲慢で、最悪である彼からはなぜ、こんなにも人間臭さを感じ取ってしまうのだ。
前までは人間の皮を被った悪魔といわれても納得いく程、醜さに満ちていたというのに。
まさか、これを見越した上での演技なのか?
いや、彼ならありえる。彼だからこそ、そこまで計算の内に入れておく必要がある。
しかし、その行動の意味はなんだ?
このタイミングで自分から同情を買って、何か得でもあるのだろうか。
奴はどこまで見透かしているのだろうか。どこまで自分の行動を読んでいるのだろうか。
考えても仕方ない――という結論にだけはしたくないのがティアナにとっての結論だった。
あの残虐王に勝つには理解するしかない。そして、超えるしかない。
「……ねえ、ザンミア」
ティアナは背後から彼に声を自然に掛ける。
「ん? なんだい?」
前に進む足を止めなくとも、ザンミアは彼女に反応を示した。
ティアナは一度息を呑むと、平然を装いながら
「あなたキャレットさんと会ったんでしょ?」
「ああ、さっきそう言ったじゃないか」
「そうね、それで聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
ザンミアは歩みを止め、首だけをこちらに向けた。
彼の冷静な眼差しに一瞬飲まれるティアナであったが、彼女は心の中で恐れを振り切り、会話を続ける。
「そのキャレットさんって、どんな方だったの?」
場の空気が凍りついたようだった。
ザンミアは少しも顔色を変えることなく、こちらをじっと見つめている。それに対し、ティアナも噛み付くように彼の瞳に視線を合わせ、答えを待っていた。
「……そうだね、少し話し方に特徴のある人だったかな?」
「それだけ?」
「それだけって?」
ザンミアは微かに視線をずらして呆れ顔を浮かべた。その表情にはどんな意味が隠されているかをティアナは模索する。
「いえ、なんだか……違和感があって」
彼女の言葉につつかれる様にザンミアはぴくりと顔を上げた。
「ティアナさん、君は何が言いたいんだい?」
「別に私は……」
ティアナはぼそりと呟きながら雪が積もり行く地面に目を置いた。
いかにも言葉が詰まったかのように見せ、彼女の心の中は満たされていた。
ーーその言葉を待っていた。と。
やはり今のザンミアはおかしい。あまり調子に乗ると痛い目にあいそうだが、この瞬間だけなら乗ってもいいだろう。
奴から簡単に確信を突かせるような言葉を引き出せた。これが何よりも報酬なのだ。
ならば、答えるしかない。言うしかない。
「もう一つだけ……一つだけ聞かせて」
「……なんだい?」
ティアナはゆっくりと腕を伸ばし、人差し指を立てた。そしてーー
「あなた……どうして泣いてるの?」




