第三話 王は奴隷と語る
死体など今では珍しくもないが、棚に収納されているのはさすがに見たことがない。
その死体は女性で体が白く、綺麗な寝顔で仰向けになっている。
「まさか、これも無法の王が……?」
パーバスは背中に鳥肌が立つが、横も気になり乱暴に別の棚を引っ張る。
――そこにあるのも死体。
「うっ……」
しかし、先程の死体と違って腐りかけていた。
口と目からは虫が這いより、体の数か所に巣を作っている。
見るに耐えなくなった彼はすぐに棚を戻し、吐き気を抑えた。
「なんでこんな所に死体を……」
彼が考える素振りを見せた。
その瞬間。
「――こんばんは」
何者かの声が聞こえたと同時に部屋に明かりが灯った。
それによって部屋の内部も明かされる。
扉と床以外は全て棚で埋め尽くされ、円のようにして彼を囲っていた。
「誰だ!!」
急な明かりに目が眩み、半目で声のした方向へと首を向ける。
そしてその人物は扉の前で堂々と佇んでいた。
「……青年?」
正体は自分より少し若そうな青年。
黒く細く見える様な正装を身に纏い、赤いネクタイを首に巻いている。
黒髪の一見平凡な青年に見えるが、目だけは鋭く紅色に染まっていた。
「君も、この城の?」
パーバスは扉の前にいる青年が王の部下か何かと思い、軽く発言する。
「僕はこの城の主だよ」
「主……それじゃ君が無法の王か!?」
「まあ、そう呼ばれてるね」
まさか世間から恐れられる王がこんな若い男性だと思わなかったが、ここで不信を抱くことに意味はない。
「そ、そうなのか……私はパーバス――」
「ああ、自己紹介なら良いよ。さっき聞いたから」
どうやらあの叫び声はどこかで聞いていたようだ。
「なら話は速いな。さっきも言ったが大事な話があってここに来た。だが、最初にノックをせずに入った事を詫びるよ。すまなかった」
パーバスは目下の相手に頭を下げる。
その後剣を床に置いて自分が戦う意志のない事を示した。
「まあ、今の世の中勝手に家に上がって謝る人の方がおかしいけどね。別にいいよ、怒ってないから」
「それもそうだが、俺達は法を大事にしている身分でな。いくら相手が無法の王だからと言って勝手に城に乗り込むのは悪いと思った」
「まあ、君がそう言うならいいけどね」
案外話は通じる相手のようだ。
見た感じだと武器となる物も所持している様子はない。
しかし、この青年より恐ろしい人間は何人も見た。
その狂気に満ちた人間でさえ恐れる相手なのだから油断しないのが懸命というもの。
「とりあえず、俺の話を聞いてくれるか? 聞くだけでも良いんだが」
「……どうぞ」
無法の王は優しく笑い、発言の許可を素直に出した。
パーバスは安堵し、その場に座り落ち着いて話を再開する。
「実は、君の力が借りたい」
「僕の?」
王は首を傾げて話を聞く。
「ああ、知っているだろうが我々法奴隷は力を欲している。それは己の為ではなく明るい未来の為だ。今の世の中は腐ってる。人が人を物として扱う時代。そんな時代を許していいと思うか?」
「まあ、駄目なんじゃない?」
「そう、駄目だ。これでは人類は滅びる。命の繋ぎは途絶えられ、いずれは自分が何者かも分からない時代が来るだろう。そうなればこの世界に待っているのは滅亡だ。人の命は儚い。だからこそ次の世代に繋げるんだ。今の世間の現状は把握しているか? 人が人を産む理由は決まって食料の確保の為だ。男は人を殺すために鍛え、女は食料を確保する為に男に抱かれる。こんなのおかしいだろ? しかし、君は世間から恐れられている。それは何故か自覚しているかい?」
男の熱論に耳を貸すも、彼の表情は至って変化なし。
それでも男は構わず話を進めた。
「君が無法の王と呼ばれる理由。それは悪しき人々を倒しているからだ。正確に言えば君のいつも連れている竜が人を喰らっていると聞く」
風の噂によると、無法の王は黒竜を連れているらしい。
最初は疑い深かったが、その小話は次第に拡大され嘘にしては一致する部分が多いとパーバスは感じた。それに加えて過去の法を破った人間が襲われているという点に彼は目を置いたのだ。
「ああ、クロちゃんね」
「え、クロ……ま、まあその竜が困っている人の前に現れ、女を犯そうとしている人を食べているというのは事実なんだね?」
愛着のある言い草に一瞬言葉を詰まらせたが、ここであだ名について討論している余裕はない。
「そうだね、事実だよ」
その言葉にパーバスは安心を抱き、これから交渉に入ろうとする。
「なら良かった。つまり、君は善人ということだ。君という存在はもはや法そのものと言っても過言じゃない。例えば君が法を勝手に作ったとしても僅かだが人を殺めることを止める人間が少なからずいるはずなんだ。そこから仮の法律が伝染し、いつかは昔のような平和な世界が訪れる。これで世界は救われるんだ。君だ、君なんだ。 世界を変える人物こそ君に相応しい。竜を従わせるほどの力があるんだ。我々と手を組めばきっと明るい未来が待ってるはずだ。どうだ、少しは興味が湧いたかい?」
彼は長い説得で汗を流すが、一切間違うことなく自分の気持ちを伝えたことに充実感を覚えていた。
そして王の答えを静かに待つ。が。
「ふーん。で?」
「……でって……だから一緒に世界を変えようと……」
「ひとついいかな?」
彼の言葉にはどこか冷たい何かがあった。
パーバスは息を呑み、緊張を抱きながら縦に頷く。
「なんで僕が善人だって分かるの?」
「え……それは悪しき人を……」
「悪い人って誰?」
「そ、それはあれだ。強姦したり幼い子供を買収したり人を殺したり……」
「じゃあ仮に僕が襲われている人を助けたとして、その助けられた人は今まで罪を犯したことがないとでも?」
「それは……言い切れないが……」
すると王は溜め息交じりで呟いた。
「…………ゼロ点だ」
「え……」
「君の説得はゼロ点だ。聞いてて眠たくなったよ。」
王は急に冷たい口調になり、厳しい評価を与える。
パーバスは焦りが生じるも、いまいち自分の熱が通じていないのかと思い説得を続けた。
「待ってくれ!! 少しこちらの考えを押し付けてしまったな。すまない。もちろん、それなりのお礼はするし君を王として称える。だからもっと考えて――」
「言っとくが僕は人を救った覚えは一度もない」
「えっ……」
彼の言葉に喉が詰まった。
それをどういうつもりで言っているのかが理解出来ないでいた。
「僕が外に出るのはクロちゃんがお腹空かしている時に食料を確保するからだ。多分、人を救ったのはそう見えただけだろ。僕は善人でも何でもないよ。それに、僕が意図的でなくとも人を救ったとしてその救われた人間はこの先どうなる? 無論、同じように人を殺す道だ。何か君は幻想を抱いていないかい? この世の中に、善も悪もクソもないよ。あるのは欲に身を任せた人間と死体の山だけだ」
彼の言葉に異様な説得力を感じる。
だが、引き下がるわけにはいかない。
このまま断念しても待っているのは死のみ。
「違う!! 人のあるべき姿をみんな見失ってるだけだ!! 人はどこかで望んでいる!! この世には改めて人を取り締まる何かが必要だと!! 産まれていく赤ん坊全員に公平を与えるべきだと!! 人は人を殺す為に生きてるんじゃない。人を支えるために生きてるんだ!! そして支える人も支えられて生きていく。人は弱い。だから支え合うんだ!! それが人のあるべき姿なんだ!!」
「違うな」
「何!?」
「それは違うよ。パーバスさん」
王は即否定する。
しかし、彼の目に宿るのは異常な程までの自信。
「な、何が違うと言うんだ……」
「だって答えは出てるだろ。法律という秩序が無くなった瞬間に人は簡単に人を殺した。まるでそこらに飛んでいる虫のように。つまり人の望みなんてそれっぽちさ。無法の世界が生んだのは醜い人の姿。本能の赴くままに動いた結果がこれ。所詮人情と言うものは作られ、教育されたものでしかない。人を洗脳するようにして人は殺してはいけないと頭に植えつけただけだ」
「違う!! 法が人を殺めていけないと言ったから人は殺害をしなかったんじゃない!! 人が人を殺めていけないと思ったから法が出来たんだ!! だから法が必要なんだ。それは論理的でも何でもない!! 本能だ!! 本能が法を作りたいと願い、人をそうさせたんだ!! 君は間違っている!! 世界もきっとそのことに気付くはずだ。今は法律という縛るものがなくなったからその解放感で暴れてるだけだ。だがいずれ分かる。この世界にはやはり法が必要だと。人には人のルールが必要だと!! そして今、その世界に動かすきっかけがいる。それが君なんだ!! 君は世界を導くための新しき王なんだ!!!!」
「それじゃあなたは法律はあるべきものではなく、人が求めている物だと?」
「そうだ、法律は人を束縛するための物ではない。人が平等に生きていくために出来たものなんだ。法律には人の正義がある。優しさがある。思いやりがある。そして愛があるんだ」
パーバスは長いセリフに疲れ、何度も呼吸を繰り返した。
その様子を王は静かに見守っている。
「……なるほど。パーバスさんの言いたいことはよく分かりました」
彼は下を向いたまま彼の熱論を認めるような発言をした。
「そ、それじゃ、君も我々の……」
「なので、あなたに真実を見せたいと思います」
「し、真実……?」
彼の言っていることがいまいち理解できず、パーバスはその場で座り込んだまま彼の行動を伺った。
すると、王は扉に向かって手を挙げる。
「いいよ。入って来て」
彼の合図と共に扉は開き、中から二人の人物が現れた。
その人物の一人を見つめ、パーバスは口を開く。
「てぃ、ティアナ……」
そこに立っていたのは壁際で見かけた少女とティアナ本人だった。
次回でザンミアの性格がなんとなく分かります。