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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
三章 無法の王は死体を飾る
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第十一話 『天の剣』

「天の……剣だと……」


 キャレットは、足を後ろに引きながら警戒心を露わにしていた。

 濡れた背中を太陽が照らし、微かな温もりを帯びるが心地は良くない。

 無邪気に笑うザンミアの顔を視界に収め、何を仕掛けてくるか思考錯誤する。


「それじゃ、場所を変えようか」

「ば、場所を変える? ふっ、何を言い出すかと思えば……今更――」

「大丈夫だよ。ちょっとだけ、『上』に行くだけだからさ」


 ザンミアは剣を鞘から全て抜き取ると、持ち手を変えて地面に刃先を向けた。そして腕をそのまま振り下し、剣を地面に突き刺す。

 刺さった刃先は、泥を僅かにえぐりながらも、反射によってキャレットを映し出していた。


「さあ、つるぎよ、僕らを導くんだ」


 ザンミアが囁いた瞬間に、剣の先から青い帯が広がり始めた。

 徐々にその帯は面積を広げ、一面を真っ青に染めていく。

 木々は帯に触れた瞬間に消え失せ、幻想の如く地面に沈んだ。


「なっ!? なんだこれは!?」


 青い帯が鼠の様な速さで迫り、一瞬で足元を染める現象にキャレットはステップを踏むように後ろに下がった。しかし、数秒も経たない内に文字通り全ての地面が青色に飲み込まれ、地平線を作っていた。

 

「いらっしゃい、『空の世界』へ」


 キャレットは顔を上げた。そこには、先程まで自分たちがいたはずの森がへばり付いており、霧が雲の如く浮かんでいた。


「まさか……逆になっているのか……?」

「正確には僕たちが空に立っているんだ。どう? 良い眺めでしょ?」

「こんなことが……」


 確かに景色はこれ以上ない程に綺麗だ。

 海の上にいるかのように儚く、心が癒される光景しか目に入らない。

 だが、それは言い換えればここは奴の土俵と化したということ。霧は地上にある上に、この地面と言っていいかも分からない空には何が仕掛けられているか分からない。


「……出さないの?」

「何をだ……」


 斬りかかることなく話を続ける彼に疑惑を覚えた。

 

「いや、霧だよ。あれがあった方が戦いやすいんじゃないの?」


 どこまで余裕なんだこの王は。

 剣を手にした瞬間に戦いへの躊躇いが消えている。これから一体何をする気なんだ。

 

「……そうだな。それじゃ遠慮なく」


 キャレットは疑問を後回しにし、ザンミアの指示に従うことにした。

 

「――ジェラム、ガーデン」


 唱えたと同時にキャレットの背中からは水蒸気が吹きだし、辺りを白く染めて行った。

 数秒も経たない内に周囲は霧に包まれ、雲を形成しているように地平線まで拡張された。


「これでようやく戦えるわけだ。それで、貴様は何をするつもりなんだ?」

「さすが本物の悪魔の力は凄いね。こんなに空は広いのに、一瞬で霧になっちゃった」

「……」


 首を動かし、起きた現象に歓喜するザンミアを見てキャレットは目を細めた。もはや戦う意志があるのか悩ましい部分もあるが、ここで追及した所で得るものは少ないだろう。


「時間が勿体ない……こちらから行くぞ」


 キャレットは呟いたと同時に、横へ視点を定めているザンミアに向かって急速に走り出した。

 障害物がないお蔭か、走る速度はいつもより倍だ。霧に紛れなくとも奴の顔面に手が届くだろう。

 

「空で朽ちろ、王」


 ザンミアに向かって手を差し伸べ、髪を掴もうとした時――彼はこちらに目だけを傾け


「その手は僕に届かないよ」

「――!?」


 ザンミアが笑みを浮かべた瞬間にキャレットの腕には鋭い光の様なものが走った。

 キャレットは衝撃を覚え、すぐさま腕を引く。そこからは煙が上がり、黒く手を焦がしていた。


「これは……」


 悪魔と契約しているのもあって、痛みはない。だが、腕から昇る煙からは焦げた匂いが鼻を刺激していた。一度負傷した部分だけを霧に変貌させ、すぐに元の形に戻した。


「さすがだね、怪我してもそこだけ治せるんだ」

「今のは雷か。これも貴様の力だと考えていいんだな?」


 ザンミアは小さく頷く。

 キャレットは指先を何度か機能させ


「なるほど……天候を操るのか……雨だろうが、雷だろうが、全て貴様の思い通りというわけか」

「ご名答。中々面白いでしょ?」

「……お前、馬鹿にしてるだろ」


 呆れるようにしてキャレットは彼を睨みつけた。


「どこまで俺の期待を裏切るつもりだ。天候を操ったところで俺には勝てない。不死身なんだぞ? その剣で心臓を貫こうが、雷で丸焦げにしようが、俺は死なない。いい加減、学習したらどうだ」

「ははっ、そんなのやってみないと分からないじゃないか」


 キャレットは舌打ちした。確かに天候を好きに出来るのは強力だが、それでは足りない。そんな事は、奴でも把握しているはずなのに、ここまで自信を持つ姿にはある意味尊敬を抱く。


「そうだな……なら、分からせてやるか」


 キャレットは人差し指をザンミアに向け、棒立ちのまま呟いた。


「己の分子を操れるということは、こういう事だ」


 すると指先は鋭い針に変わり、先の尖った固形物になる。

 

「――貫け」


 その針は異常な速さで真直ぐ前へと延び、針先をザンミアの胸元まで近付いて行った。 


「おっと」


 ザンミアは剣を振りかざし、音を立てながら針先を回避した。

 微かに動いた彼にキャレットは追い打ちを掛けるように残った指を広げ、再び針を形成する。四つの針先は同様に伸びていき、彼の喉を貫こうとした。


「よっと」


 追撃を華麗にかわそうとザンミアは体を捻り、目の数ミリ前に針先を流した。その節に針は服をかすり、スーツに切れ込みを入れ、彼の前髪を微かに削る。


「いやいや、今のは危なかったよ」

「……その剣は飾りか?」


 宝石を飾った剣は針先を回避する以外に用いられていない。あの剣に秘密があるのは間違いないのだが、そもそも戦う姿勢を見せないのでは、推測の仕様がないのだ。


「このつるぎかい? まあ、僕は剣の使い方とかよく分かってないからね。勇ましい剣士のような振る舞いは出来ないかな」

「豚に真珠とはこのことか……つまらない戦いだ」

「ははっ、本番はこれからだよ」


 ザンミアは剣先を翳し、笑みを浮かべながら


「――あまくだれ」


 呟いたと同時に、周囲から霧を裂くような音が鼓膜を叩く。

 

「――――」


 キャレットの視界には線上の雨が映った。粒であるはずの雨は形状を変え、尖った線となり己の全身に襲い掛かってくる。

 

「くっ……」


 瞬時に霧と化し、無数の雨は彼の残像を貫く。

 綺麗に回避したキャレットはザンミアのすぐ後ろに姿を現し、針に変えた指先を向けながら


「残念、だったな」


 首元に目掛け腕を振り下ろす。が、彼の背後には先程同様に無数の雨が待機しており、一瞬にしてこちらに襲撃を開始した。


「……ちっ」


 止むを得なくキャレットは霧に紛れ、ザンミアの背後から姿を消す。

 キャレットは彼から離れた位置で再び姿を現し


「時間の無駄だな。そうやって身を守るだけではただの体力勝負になるだけだ。最も、体力と無縁の我々には耐久を競う意味などない。俺も暇じゃないんだ。さっさと負けを認めるか殺されるか決めて欲しいんだが」


 横に流れる雨の雫に打たれ、髪先から水が溢れた。

 

「……さて、何か言い残すことはある?」

「は?」


 相変わらず余裕の表情を浮かべながら悪戯に剣を振り回すザンミアにキャレットは反吐が出た。

 この状況の中で、どうすればそんな言葉が出るのかが心底疑問だ。


「だからさ、もうすぐ君はやられるんだから、最後に言いたい台詞を言わせてあげようと僕が気を遣ってるんだよ」

「……」


 もはや呆れの域にも達しない。

 

「何か、秘策でもあるのか?」


 キャレットは溜め息交じりで彼に尋ねた。

 さすがにこれ以上馬鹿にするのも、相手のプライドに傷を付けてしまうのではないかとまで思ってしまうのだ。キャレットにとって、今ザンミアは己の力の弱さも把握できずにただ威勢を見せつける痛々しい青年にしか見えていない。


「秘策? なにそれ。そんなのないよ」


 そろそろいい加減にして欲しい。


「だったらどうしてそこまで余裕でいられる。俺には理解出来ない。戦況は至って変わらず、むしろ俺に一ミリの傷も付けられてないというのに、まるで勝ち誇った顔をしている貴様はなんというか……間抜けだ」

「……傷? どうしてそんなの付けなくちゃいけないんだい?」


 意味不明といった顔を浮かべるザンミアにキャレットは疑惑を覚えた。

 

「……あ、そっか。だから君はまだ理解出来てないんだね」

「さっきから何をほざいている!? あまり俺をいらつかせるなよ!?」

「ねえねえ、拡散する分子に対して、どうすればいいと思う?」


 勝手に話を進めるザンミアに、仕方なくキャレットは


「そんなの、どうしようもないだろう。そうだな……密閉した空間にでも閉じ込めれば……」


 その時、キャレットはハッとした表情を浮かべた。


「まさか、貴様ーー」

「正解だよ。それじゃ次の問題。その分子は手では掴めず、かつ箱に入れようとすればすぐさま拡散してしまいます。それなら、どうやって、何に閉じ込めればいいと思う?」


 キャレットはすぐさま思考を錯誤した。

 何かで吸引しようとしても、自分なら固形物になるか、分子拡散して回避は容易だ。だが、奴は答えを知っている。


「そんなの……不可能に……」


 無理だ。自分を閉じ込めることなど誰にも出来ない。そんなこと、自分が一番知っているはずだ。

 

「違うね。不可能じゃない。自分の力を過信しすぎて簡単な問題を見落としてるだけだよ。君は無敵でもなんでもないし、泥水に溺れた虫同然だよ」

「ふっ……まだそんな泥水などという……それなら貴様も雨に濡れて……」


 水、という単語を発した瞬間にキャレットは口を開いたまま硬直した。


「泥水……雨……はっ!!」

「ようやく気付いたんだね。そうだよ、拡散する分子を手を使わずに閉じ込める方法。それはーー」


 キャレットはすぐさま己を拡散させようと力を使ったが、すでに手遅れだった。


「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ザンミアは満面の笑みを浮かべ、一言


「急速凍結、だよ」


 キャレットの体は一瞬にして氷に覆われ、手を伸ばしたまま微動しなくなった。

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