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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
三章 無法の王は死体を飾る
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第三話 王は葛藤を与える

 ザンミアは鎖を見せびらかしたままその場に立っていた。

 対するティアナはどう反応を示せばいいか分からず、鎖を凝視しながら沈黙を繰り返す。


「……どうしたの? 受け取らないの?」

「受け取るって……言ってる意味が……」


 この鎖が命など言われて信じる馬鹿がどこにいるだろうか。

 それが敵であれば尚更だ。


「そのままの意味だよ。この鎖を君の腕に付ける。そしてこの鎖を壊せば僕は死ぬ。女性でも簡単に壊れるようにしてあるから安心していいよ。でも、何かにぶつかっても壊れないように細工はしてるけどね」


 ザンミアの瞳に包まれながらティアナは意図を探る。

 そうだ、この男は自分を試しているのだった。法の概念が愚かという事を知らしめるためにこうして命を張り、自殺か殺害に手を染めることを促している。

 これはどちらが正しいかを競うゲーム。

 自殺と殺害をすれば自分が負け、彼の考えが肯定される。

 ここでこの鎖を受け取らなければ自然に自分は負けを認めたことになるのかもしれない。


「分かった。そのプレゼント喜んでお受けするわ。腕に付けてくれる?」

「……喜んで」


 ザンミアはほくそ笑みながら彼女の細く綺麗な腕に鎖を巻いていった。

 ティアナは心臓を巻かれている感覚に陥り、グラスへと首を向けた。

 ワインの液状に映る自分たちはまるで愛に結ばれた恋人かのようだ。

 しかし、その中に宿るのは恨みと他の男を強く想う自分。それに対し、死と絶望へと誘おうと命を賭けるまでの執着を見せる悪魔の姿。

 鎖が腕を覆うたびに緊張感が増していくが、それと同時に闘志が湧いていた。

 パーバスを認めさせるには生き続けるしかない。彼の存在だけは、確かなものでないといけない。

 

「私は負けない……パーバスの為にも、あなたを改心させてみせるわ」

「それはなんとも楽しみだね。奴隷は何も持たないと言うけど、実際は真逆のようだ。君がどうやって僕を改心させるか見届けさせてもらうよ」


 彼は他人事かのように振る舞い、夜月に照らされながら


「――まあ、君が彼の元に行きたくなったら止めはしないから。その時は、お好きにどうぞ」


 憎たらしく口を歪ませる彼を睨んだ。

 それと同時に意地を見せるかのように彼女は笑みを見せつける。

 

 白ワインが詰まれたグラスに映る純愛と純悪の華は今宵も咲き乱れるかのように二人の執念を表現していた。


―――――


「ごちそうさまでした」


 三人が食事を終えると、皿はまた独りでに外出する。

 ティアナがさっそうに椅子から立ち上がると、ザンミアは


「待ちなよ。カルニアの演奏を聴いて行くといい。彼女のピアノは食後には最高の遊戯さ」


 照れながらも本人は椅子から離れると、近くに配置されているピアノの前に腰かけた。

 

「ピアノ……?」


 ティアナは生まれてこの方、ピアノの演奏を聴いたことがない。音楽に対する興味すらもこの世界では皆無に等しかった。

 

「それではザンミア様、お聴きください」


 蓋を開き中の白と黒の交えた鍵盤を晒す。

 グランドピアノの屋根は勝手に内部を覗かせ翼を広げた。

 カルニアは小さな指を鍵盤に置き、音色を奏でた。


「――――」


 その音色が鼓膜を刺激した瞬間にティアナの腕には鳥肌が立った。


 ――美麗だ。


 高い音色は心を悪戯につつくかのようにして鼓動を促す。

 その合間に刻まれる低音は、脳裏へ釘を刺しているようだ。

 心臓の鼓動はピアノのリズムに合わせるかのように不整に脈を打つ。

 鍵盤を打った後の、音の余韻はまた次の美麗を求めさせる麻薬のように彼女の神経を襲った。

 

「綺麗でしょ? 別に何も教えてないんだけど勝手に弾けるようになってたんだ。カルニアが演奏出来るようになってからは食後に音色を聴くのが日課なんだ」


 先程までの複雑な感情の糸を単純にしてしまうかのようだ。

 ティアナはピアノの近くに寄り、手元を視野に入れる。

 自分より明らかに縮小されている指だが、迷いなく鍵盤の上を踊っていた。

 

「ピアノだけはちゃんと手で扱うようにしてるんだ。どうやら力加減とか実際にやらないと分からないみたいでね。ティアナさん、こっちにおいでよ」


 演奏に心奪われながらもティアナはザンミアの近くの席に座った。

 今はただ音色に集中したいと言わんばかりの表情だったが、ザンミアは話を持ち出す。


「――僕は、この一年で夢を叶えようと思ってる」


 その一言で彼女の意識はすぐさま彼に吸い込まれた。

 彼の夢は自分も聞いていたので認知している。

 

「え……今年で?」

「ああ、僕の計画はとっくの昔に始まっていたからね。明日にでも出かけるつもりだ」

「どこに出かけるの?」

「実はとある洞窟で死体を腐らせない研究をしてる人がいるんだよ」


 ティアナは無意識に鼻で笑った。

 このご時世でそんな都合の良い相手がいるわけがない。

 

「それ本当なの? 別にあなたの身を心配しているわけじゃないけど、罠にしか見えないわ」

「仮に罠だとしても僕を殺すのは不可能さ。それにあの人は僕を裏切ることはないよ。あの人の心は――食べたから」

「……それで、私に何か?」

「君にはその日カルニアとお留守番してて欲しいんだ。外に出る以外なら何をしていても構わない。お腹が空けばカルニアに作って貰えばいいよ」


 家族のような扱いにティアナは不審を抱く。

 この気遣いや優しさも、自分を自殺と殺害に誘うための演技だと分かっているのに、自然な発言に錯覚を起こしそうだった。

 

「――いいえ、私も行くわ」


 だが、自分は城の中で堕落した生活を送るために生きてるのではない。

 この研究を今止められるのは自分しかいないのだ。


「ははっ、そう言うと思ったよ。行きたいなら来るといい。でも僕を止めようとしても――」


 その時カルニアは演奏の途中で鍵盤を乱雑に叩いた。

 何重にも積まれた音色が二人の会話を切断し、部屋に静寂が持たされる。


「ザンミア様!! 私が我慢しているのを忘れないでください!! 今でも距離を詰めているその女に殺意が湧いているというのに明日は私を置いて出掛けるおつもりですか!?」


 嫉妬に狂った彼女はティアナを睨みつけていた。

 すぐさま言い訳を並べようとするが、彼女の気迫で喉すらも震うことを拒んでいる。

 

「演奏を中断するんじゃないよ。ティアナさんが怯えてるじゃないか」

「しかしザンミア様!?」

「カルニア、僕がどうして彼女を受け入れているかは分かってるはずだ。そして本人も理解している。気持ちは嬉しいが、話の意図を履き違えては本末転倒だよ」

「……確かにそうかもしれませんが……」

「愛ゆえの執着心は人を殺す。それは僕と君がこの目で見たことじゃないか。今の君は記憶を改竄された時のティアナさんと何も変わりないよ」


 彼の正論にカルニアは俯くとこしか出来ない。

 今自分こそが滑稽な姿を晒しているのだと思うと、どこか恥ずかしくも感じた。


「とりあえずそういうことだ。明日の日の沈んだ頃に出発するからそのつもりでね」


 ザンミアは立ち上がると、カルニアを連れて部屋を出た。

 部屋に取り残されたティアナは、夜空を窓越しに鑑賞しながら


「……パーバス、私を守って……」


 一人になると胸が張り裂けそうになる。

 彼との思い出が心臓をわし掴み、誰にも言えない苦しみが更に彼女の精神を襲った。

 彼のように正義という揺るぎない何かがあれば多少は前向きに考えれるかもしれない。

 だが、今自分の中に法の概念があるかと聞かれれば、正直自信はない。

 ただ愛する彼の為に意地でも生きている自分の方が圧倒している。

 

「それでも……私は生きる……絶対に……」


 彼女の中で、一つの執念が産まれつつあった。


―――――


 城の最上にある王が就寝していた部屋。

 扉を開くと月の灯りがガラスの壁によって中を隈なく照らしている。

 広々とした机と椅子により伸びた影が這いよるが、その光景は美徳といえよう。

 

「申し訳ありません……あんな本能に塗れた姿をお見せしてしまって……」


 ザンミアは椅子に腰かけ、外を見ながら伸び影の一部と化していた。


「いいんだ。気にしてないよ。それほどカルニアが僕を愛してくれている証拠だからね。そこまで愛されている僕はこの世界で一番の幸せ者だよ」

「……膝に座ってもいいですか?」

「構わないよ」


 甘えるように彼女はザンミアの膝に体重を掛けた。

 人形を抱くように肩を包み、仄かに漂う花の様な香りにザンミアは笑みを見せる。

 赤い髪を撫でる彼に緊張つつも頭の中は十分に満たされていた。


「どうして鎖を預けたのですか? あんなことすればもしもの時ザンミア様が……」

「いわゆるギャンブルって奴さ。賭けるものが大きければ大きい程遣り甲斐があるだろ?」

「私は心配です……もし、あの女が間違えて鎖を壊したりでもしたら……」


 不安に包まれ彼女の目元から涙が微かに浮かんだ。

 ティアナと同様にカルニアにとっても自分はザンミアと等しい。

 自分より先に彼が死ねば、恐らく自分も後を追うだろう。

 この世界に置いて自分を育ててくれた存在というのは全てになるのだ。


「大丈夫。彼女はどんなことがあっても僕を殺さない」

「どうしてそんなことが言えるのですか?」

「それはね、パーバスの言ってる事が正しいからだよ」


 カルニアは首を傾げる。

 

「彼は何も間違えていない。実際浮気もしてないし、まさに善人さ。だから彼女はいつでも彼の事を信じられるし、すでに彼女に宿る法の概念は彼への執着心に変わってるはずだ」

「それならなぜ、わざわざ鎖を?」

「葛藤だよ。彼女には己の中で葛藤してもらうために渡したんだ。いくら殺さないといえ、殺したい気持ちは消せないはずだ。それこそ、彼女はパーバスさんのことを愛さなくなったことになる」


 命を預けたのは殺す機会を与えたのではなく、苦悩させるための手段でしかなかった。

 いつでも敵を殺せるという考えを持たせることで何が正しいかを曖昧にする。

 仮に自分が殺されようが、それは同時に自分の考えが肯定されるということ。

 

「僕が不利になったんじゃない。むしろその逆だよ。まあ、いつかこの鎖は偽物だとか言って自分を肯定するだろうね」

「ザンミア様……」

 

 瞳に三日月を二つ映しながらザンミアはにやけていた。

 意地を張るような子供の喧嘩に勝ったかのように、無邪気に口角をつりあげていた。

 そんな彼を凝視しながらカルニアは


「素敵です……早くあなた様に飾られる日を心からお待ちしております……」


 幅の狭い肩を抱く彼の手を包むように胸に引き寄せ、愛情を示した。

 

「法奴隷に関しては思ったより警戒した方が良さそうだからね……だけど僕は必ず……」


 ザンミアは目だけを外に睨みつけた。

 奥歯を強く噛みしめ、己の執念をぎらつかせている。

 彼の狂気に怯えた月は、身を隠すように雲を前にして姿を消した。

 その節度、部屋の中は先程より暗黒に抱かれ奇怪さを醸し出した。

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