第二話 王と奴隷は食事を交わす
ティアナはカルニアに別の部屋まで案内され、中に入った。
奥には何十人が座れそうな長机とその上に白い布が綺麗に被せてある。
所々に花瓶と花が配置され、清潔感が漂っていた。
「やあ、綺麗になったね。好きな席に座っていいよ」
長机の端くれにザンミアは手を拭きながら待機していた。
ティアナは黙ったままザンミアから一番遠い席に座る。
「それでは本日のメニューをお持ちします」
カルニアもザンミアの近くに座った後、別の扉に手を翳した。
すると扉は独りでに開き、豪快な音を立てる。
奥からは食事が盛られた皿が複数こちらに向かってきた。
「なにあれ……」
ティアナは皿が浮いている光景に目を釘付ける。
まるで幽霊が運んでいるかのようにして料理は浮かび寄り、静かにそれぞれの席の前に着地した。
前菜である緑の野菜が含まれているスープが一番手前に置かれ、フォークとスプーンが皿の横に並ぶ。
中堀が深い皿にはリゾットが盛られ、小さいドームを描くように飾られていた。
メインである肉料理では、アスパラに似た野菜の上に綺麗にスライスされたレアの肉が扇の形をして咲いている。
「好きなワインを選んでいいよ。赤でも白でも遠慮なく」
ザンミアは棚からいくつかのワインを取り出し、彼女に選ばせるためにグラスの横に置いた。
「――お酒は別に……」
ティアナは飲めるようにはなっているが、戦場に近いこの場でアルコールを入れるわけにはいかない。
下を俯きながら首を横に振る彼女にザンミアは
「なに、君を酔わせて殺したりしないさ。せっかくだから一杯くらい飲んでくれると嬉しいな」
少し埃を被った瓶から察するに彼の手にするワインはそれなりに熟しているようだ。
せっかくなので――というわけではないが、ティアナはこれ以上遠慮するのは無駄かと思い
「分かった……じゃあその白ワインを頂戴」
「畏まりました」
ザンミアはわざとらしく丁寧な口調を並べ、ワインの栓に手を翳した。
栓抜きは使わず、栓の前で念を送るかのようにして指を波打たせる。
すると栓は音も立てずに彼の手に飛び、ほのかな香りを漂わせた。
ザンミアは瓶の底を片手で持ち、グラスにゆっくりと注いでいく。
ポタポタと小さく音を立てながらワインはグラスに伝り、泡を立てた。
注ぎ終わると彼はワインをしまい、自分の席に着くと
「それでは頂こうか。今日は法奴隷であるティアナさんも一緒だ。カルニア、合掌をお願い出来るかな?」
カルニアは小さく頷き、手にある水の入ったグラスを上に挙げ呟いた。
「はい、今宵は三日月が照らしております。夜月に当たりながら食事出来ることに感謝を。アーメン」
「アーメン」
ザンミアとカルニアは頭上で乾杯し、水を口にふくんだ。
ティアナは黙ったまま軽くグラスを揺らし、同じように口の中へとワインを流す。
「この料理は全部カルニアが作ったものなんだ。この城の食卓と一部の部屋は彼女の意志で動いている。腕は確かだから生き延びた褒美だと思って存分に味わってね」
どこか気に障るが、ティアナはスープを一口掬い舌の上に乗せた。
野菜の柔らかな食感が舌を撫で、コンソメの風味が口中に広がった。
湯気に当たりながらまた一口すすり、胃の中を満たしていく。
「どう? 美味しいでしょ? カルニアの料理は絶品だからね。僕も一日の楽しみさ」
褒め称えながらスープをすするザンミアにカルニアは顔を赤くしながら
「そんな……私にとってザンミア様に自分の作った料理を口にして頂けるだけでも幸せなのにそこまで褒めてもらうと恐縮してしまいます……」
確かに味は絶品で火もよく通ってるようだ。
昨日から何も食べていなかったせいか、心は沈んでいるのにスープを掬う手が止まらなかった。
次々に野菜を掬い上げ、すぐにひとつの皿を空にした。
正直ここまで美味しい料理は生まれて初めてだ。
法奴隷の時も、本格的な料理といったら焼き魚や焼いた肉が多かった。
野菜は本当に貴重で、こんな贅沢にお湯に溶かしたことなどない。
「確かに美味しい……これが本格的な料理……」
味は認めるのだが、あまり嬉しそうに頬張ることが出来ない。
こうして美味しい料理を食べているのも、自分がパーバスを殺したからだと思うと罪悪感で押し潰れそうになる。
「城の中には大量の材料があるからね。一応自給自足なんだ。外から持ってきてもいつか底を尽くからね。法奴隷もそうしてたんじゃないかな?」
ティアナは頷きそうになったが、すぐに動作を止めた。
今奴は法奴隷の情報を聞き出そうとしたのだ。ならば答えるわけにはいかない。
例え些細な事でも、自分の組織について口を割るわけにはいかないのだ。自分はパーバスの意志だけでなく、仲間の命も背負っていると言っても過言でない。
「どうしてたかは分からないわ……」
誤魔化しながらも自分なりに自然な動きでリゾットに手を付けた。が。
「――僕に嘘は付けないと思った方がいいよ」
リゾットを掻き分ける手が止まる。
彼の言葉に思考が一瞬停止し、その意味を模索した。
「そ、それはどういう……」
「僕は君の記憶を改竄するときにある程度の記憶は覗いてるんだ。法奴隷についての情報も多少分かった」
ティアナはスプーンを皿に置き、焦りながら
「そ、そんな!! じゃあ法奴隷の在り処も!?」
これから自分は王についての分析をするはずだったのに先手をすでに取られたことになる。
そもそも今公平な土台に立っていると思っているのが可笑しい話なのかもしれない。
「いや、全ては分からなかったよ。どうやら君には法奴隷に関する重要な情報には鍵を掛けてるようだね」
「え……鍵?」
自分の記憶に鍵を掛けられた覚えなどあるはずもなかった。
パーバスにも他の人に法奴隷については話すなと教育は受けていたが、記憶を覗かれても問題ないとは一言も聞かされていない。
「魔法による記憶の保護だね。記憶を無理やり覗くなんてこと普通は出来ないのにそれを対策に入れてるとは驚いたよ。法奴隷の隊長さんは頭が良いようだ。最も、僕の力を知ってての行動だったら話は別だけどね」
ザンミアは彼女の記憶を覗く際、法奴隷に関する情報も探した。
しかし、一定の場所でしこりのようなものに引っ掛かり記憶を全て暴けなかった。
「記憶の改竄……まさかあなたの力って……」
「うん、天使の力だよ。死んだ時に出会ったんだ。どう手に入れたかは聞かない方がいいかもね」
力の正体を明かすザンミアに警戒するが、実際に記憶改竄の魔法は存在しない。
「その力で私を……悪魔ね」
「よく言われるよ。でも僕はただ死体が好きなだけさ。後は君たちと何も変わらない人間さ」
ザンミアはリゾットを美味しそうに口に運ぶ。
カルニアは先程から奇妙な発言をしているザンミアを気にすることなく食事をしていた。
「それよりも気になるのはその覗けなかった部分だ。何か法奴隷は隠していることがあるね?」
「――――」
「黙秘か……まあいい。そう簡単に答えるとも思えないしね」
実際の所はティアナもどこの記憶を保護されているか分からなかった。
法奴隷が何かの計画を練っていることも知らなければ、これからの動きすらも聞かされていない。
パーバスなら何か知っていたかもしれないが、自分に何かを隠している雰囲気もなかった。
「この世界の大幅な組織と言えば法奴隷か宗教団体だ。いずれも拡大しつつはあるけど宗教団体に関してはあまり気にかけていないんだ。問題なのは君たち法奴隷――僕にとって一番邪魔になるであろう存在さ」
宗教団体は神の教えに従い行動する人たちの事だが、神に等しい力を持つザンミアにとってはいつでも崇められる準備は出来ていた。己が教えを授け、死体を捧げよと告げれば容易に渡してくれるだろう。
ある意味、一番扱いやすい連中でもある。
「僕の理想は、法奴隷の勢力が低下して宗教団体の勢力が上昇することだ。神を崇める姿勢はぜひ尊重したいね」
ザンミアはその集団に首を狙われたのにも関わらず、彼らの考えを尊重する。
今のザンミアにとって過去など記憶の産物でしかない。しかし、その中に夢を叶えるためのヒントが隠されているなら模索するまで。
「――いいの? そんなに話して?」
ティアナは軽々と情報を漏らす彼に不信を抱いた。
嘘を言っているようには思えないが、敵である自分にここまで計画を推理出来る情報を垂れ流すとも考えにくい。
警戒の眼差しを浴びせる彼女にザンミアは
「逆だよ。むしろ話すべきだと思った。僕が君にここまで信頼を寄せるのも一つの理由があるからさ」
「……理由?」
ザンミアはスプーンを置き、席から外れるとティアナの前まで足を運ぶ。
ティアナは彼が立ち上がった瞬間に、本能的に後ろに下がりいつでも逃げれる体制を作った。
「何もしないさ。ただ君には『プレゼント』したいものがあってね」
自然な笑顔を向けるザンミアは彼女の前で拳を前に出した。
「一体何を……」
ザンミアは閉じている手をゆっくり開く。
そこには、短い鉄の鎖が転がっていた。
微かな金属音を立てながらその鎖はティアナに疑問を浮かばせていた。
「何これ……」
「――僕の命だよ」




