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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
三章 無法の王は死体を飾る
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第一話 王は扉を開ける

 三日月が茨に抱かれている城を照らしている。

 

 魔物がそこらで彷徨うが、ザンミアの加護の力によって城の中には入ってこない。

 

「カルニア、そろそろ行こうか」


 ザンミアは赤髪の少女であるカルニアと長い廊下を歩いていた。

 

「はい、ザンミア様」


 カルニアは赤いドレスを着飾り、ザンミアの横を共に歩む。

 火の灯が揺れる中、二人の足音だけが静かに響き渡る。

 数分後、二人は棚の塔が佇む部屋の前に立った。


「声が聞こえない限りだと、やはり自害しましたかね?」


 カルニアは部屋の様子から推理を披露した。


「法に駆られているなら死んでるだろうね。血の処理は任せてもいいかな?」

「はい、むしろザンミア様に血の処理なんてさせられません。ここは私をお使い下さい」


 頭を軽く下げるカルニアに、ザンミアは愛でるように頭部を撫でた。

 

「ありがとう、それじゃ開けるよ」


 ザンミアは扉のノブに手を掛け、古びた木の擦れる音を立てながら中に入った。

 奥にはパーバスの血が床にこびり付き、彼の残骸が目に映った。


「――パーバス……」


 そして、その残骸の横で小さくすすり泣く一人の女性。


「……へえ、生きてたんだ」


 ザンミアは血まみれになりがらも生命活動を続けているティアナの姿に驚きを見せる。

 彼女は自分が切り刻んだ愛する男の体に手を置きながら涙を流していた。

 あれから二日も経てばきっと自害しているものだと思っていたが、意外としぶとい彼女にどこか関心すらも覚える。


「……言ってた」


 ティアナはふと、小さく呟き始めた。


「パーバスが……どんな事があっても自殺だけはするなって言ったから……私は……絶対に自分で自分を殺さない……」


 今のティアナに法の概念が消えたわけではない。

 罪の意識や彼に対する愛情が失せたわけではない。

 

「自殺は今まで大切にしてくれた人や大切な人を否定する事だから……だから、私はパーバスの為にも自殺はしない……そうすれば、パーバスは私の中で生きてることになるから……」


 ザンミアにとってすれば、その言葉は綺麗事でしかないがそれが見事に活かされてる以上は否定は出来ない。

 彼女を最後に救ったのは彼女でも法でもなく、パーバスだというのは意外な結果ではあったがそれも法の概念があったからこそだろう。


「どうしますか? 必要なら私が処分を……」

「いや、その必要はないよ」


 ザンミアは悩ましげな顔を見せるカルニアを遮り、ティアナの前に近付いた。

 ティアナは目の前で見つめるザンミアを見上げ、彼女は怒りをぶつけるように


「あなたが私に……返して……パーバスを返して!!」


 ティアナは彼の裾を掴んで訴えた。

 カルニアはザンミアに縋るその手を切り落とそうかと嫉妬の眼差しを浴びせている。

 

「人は死んだら生き返らない。そんなの法を教えられなくとも分かってたことでしょ? そして君がパーバスを殺した。その事実は誰にも変えられないよ」

「……それなら私は生き続ける……私が死なずに法を語り続ければパーバスは死んだことにはならない。彼はずっと私の中で生き続ける……それが人の想いだから……」


 自分で殺した相手は今でも生きていると断言するその姿は無様でもあったが、それがパーバスの築き上げた結果なら仕方ない。

 彼女の体をよく見れば体に傷痕が目立っていた。

 恐らく何度も死んでしまおうかと試みたのだろう。だが、その手をパーバスとの思い出と言葉が阻止したのだ。


「君をここで追い出すのは少し惜しいな……」


 ザンミアはある考えが浮かび、後ろを振り向き


「カルニア、この女性を持て成すんだ。まずはそうだな……体でも洗ってあげて」

「え!? この女を持て成すんですか!? 一体何を考えて――」

「良いから持て成すんだ。手荒な真似は許さないよ。彼女が変な行動を取った時だけ拘束すること。殺しちゃ駄目だ。いいね?」


 カルニアは躊躇いながらも小さく頷き、顔を少し赤らめながら


「分かりました……でもその代わり、今度いっぱい遊んで下さいね? 約束ですよ?」

「ああ、構わないよ。好きなだけ遊んであげる」


 カルニアは「やった!!」と無邪気な笑顔を見せ、ティアナの元に駆け寄ると


「おい、確かティアナと言ったな。今からお前を大事に大事に持て成すから私に付いて来い。ここから逃げ出そうとしても無駄だと思え」


 可愛らしい声と裏腹に厳しい口調を並べた。

 

「持て成す……? そんなの嫌に決まってるじゃない……せめて私をみんなの所に……」


 眉を顰めながら遠慮する彼女にザンミアは


「それは駄目だ。君は僕の力を多少ながら知ってしまったんだ。その法奴隷の仲間に僕の具体的な情報は漏らせない。君はここで死ぬか生きるかの道しかない。最も、僕は僕の手で人を殺せないから自害でしか死ねないけどね」


 ザンミアは近くに落ちている剣を取り、ティアナの元に投げた。

 金属音を轟かせながら目の前で落ちた剣を見つめ、彼女は深く考えた。


「――私を試してるのね……いいわ、持て成されてあげる。ここで生き延びて、あなたも殺さず改心させて見せる。パーバスが正しかったことを私が代わりに伝えてあげるわ」

「ははっ。それは面白いね。僕を殺さないのもその法の概念からのものか。いいね、久々に面白い人の葛藤が見れそうだ。カルニア、頼んだよ」


 ザンミアは言葉を残し、愉快に笑いながら部屋を後にした。

 

――――


 カルニアは夜月に照らされながらティアナを待つ。

 広いベッドに清潔感溢れる空間。

 ティアナがシャワーを浴び終えるまで退屈そうにベッドに座っていた。

 短い足を左右に揺らし、窓に映る月を観察している。

 

「ねえ、服はどこにやったの?」


 少しすると、前だけタオルで隠したティアナがシャワールームから出てきた。

 ふくよかな胸を腕で覆い、綺麗な鎖骨を露わにしながら黒髪をなびかせている。


「着ていた服は綺麗にしておいた。早く着替えろ」

「あ、ありがとう」


 ティアナは己の服を手に取り、綺麗に血の跡もなくなっていることに驚きを隠せないでいた。


「すごい……短時間でここまで……」


 着心地も良く、外に干したかのように乾燥している。正直この城に入る前より綺麗だ。


「私がやった。ザンミア様の『祝福』によってある程度力がある。服を元に戻すことなんて容易。これも全てザンミア様のお蔭だと思って感謝するんだ」


 あの男に感謝など死んでもしたくないと思ったティアナだが、黙々といつもの服装に着替えた。


「ここはあなたの部屋になるから好きに使っていい。でも外には出れないようにしてるから無駄な足掻きははしない方が良い。これからについてはこの後、ザンミア様が教えてくれるはず」

「……ここが私の……」


 周りを見渡し、明らかな警戒した体制を見せる彼女にカルニアは


「別にあなたを殺すことはしない。私だって殺すことは駄目だとザンミア様から命令されてるから。まあ、自殺なら構わないけど」

「ねえ、まさかあの棚に置いている包丁って……」

「うん、いつでも自殺出来るように置いてる。これもザンミア様のご配慮があってのこと。感謝するべし」


 自殺の手助けをする相手にどう感謝しろというのか。

 服を収納する棚の上には規則正しく並べられた包丁がやけに目立っていた。

 事故でも起きて刺さらないようにきちんと固定されてるが、それが自害を促すための道具だと思えば物騒で仕方ない。


「飽くまでも私を試すつもりなのね……でもそんな事をするのに何の意味が……」

「私にもザンミア様のお考えは分からない。でもそれが素敵。深く、儚く、どこか潜んだ強い執念が感じられるの」


 彼女の言葉に異様な信頼感を悟るティアナだが、この少女はそこまで悪い人間にも見えなかった。

 部屋の整理をしているカルニアにティアナは


「どうして彼に仕えてるの? まさかあなたも何か深い事情があって……」


 ザンミアにはどんな力があるか全て分からない。

 もし、自分と同じように被害を受けているならこの子も連れて帰ろう――と、思った矢先にカルニアは振り向き、睨んだ目を維持しながら


「私は両親に売られた。そこでザンミア様に救って貰った。だからあの方は命の恩人。それで従わない理由はない」


 黒く澄んだ瞳をぎらつかせるカルニアに少し圧倒される。

 思えば自分も同じ境遇だった。

 奴隷として身も心も買収される予定だったところをパーバスに救って貰った。

 彼に対する執着心は今でも変わらないし、そう考えれば彼女の異様な忠誠心にも納得がいく。


「時間。ザンミア様が食事を取りたいとおっしゃっていた。早く行くぞ」

「え、食事? それって私も?」

「当たり前。あの方は持て成すと申した。なら食卓を一緒に囲むのも必然的」


 確かに腹は空いてるが、パーバスを殺させた相手と一緒に食事するのは気が引ける。

 だが、宣言した以上は彼の為にも王と会話する必要があるのも事実だ。


「……分かった。髪を整えたらすぐ行くね」


 ティアナは覚悟を決め、ザンミアから情報を出来るだけ聞き出そうと胸に誓った。

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