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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
二章 無法の王は過去を見る
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第十五話 『天使と悪魔』

 天使の存在はいくつか本で読んでいた。

 白い翼を背中に抱え、人々を祝福するのが天使だと本には記されている。

 童話のような存在だった天使が、今目の前に降臨していることにザンミアは茫然とした表情を維持した。


「あなたは確かに死にました。しかし、それは同時に新しい命の種を植えること一緒。また別の形であなたは次なる人生を送るのです」


 天使は露出されながらも白くて綺麗な足をこちらに近付けながら手を差し伸べてくる。


「僕はまた別の世界で生きるのか……?」

「はい。しかし、生前の記憶は保たれません。その代り、ではないのですがどんな世界に転生したいかの希望は聞けます」


 記憶が無くなるという事は今までの経験や考えが全て消去されるということ。

 当然ではあるが、死んだのだから仕方ない結果。


「転生……」


 なのだが、ザンミアの中ではいまいち天使の話に乗れない。

 こんなあっけなく自分を捨ててしまうことに躊躇いがあるのだ。


「こちらが転生場所の例になります。魔法の無い世界やもっと平和で静かな世界。戦いがお好みでしたら戦場の世界へとお送りすることも可能ですが――」


 天使は自分の手元に様々な世界を映し出した。

 ガラスで覆われた大きい建物に囲まれ、スリムで黒い服装にネクタイをした男が歩く光景。

 無邪気な笑顔で走り回る子供達。

 他にもこんな世界が存在するのだとザンミアは死んでから知ったが、なぜかどの世界も魅力を感じない。


「少なくともこの世界より不幸に満ちた世界は存在しないでしょう。この先この世界には反逆軍による攻撃により国自体が衰弱化します。反逆軍は国を治めるつもりでしょうが、それは上手くいかないでしょう」

「なぜそう言い切れるんだ?」

「もうじき竜の大群が訪れるからです。今の反逆軍でもあの大軍を相手にすることは出来ません。竜の勢力は魔法国家の全てを注いでやっと上手に立てる程です。つまり、この世界を取り締まる者が本当にいなくなるのです。いずれこの世界は無法と化すでしょう」


 この天使はこの先の未来が分かっているようだ。いや、予測しているのか。

 どちらにせよこの世界は無法となる。法の無い世界が本当に存在してしまうというのか。

 

「さあ、お選びください……どの世界に転生して欲しいかを……」


 ザンミアは考えた。

 自分にとっての一番の望みは何かと。

 世間と同じような価値観を持つことか?

 人らしい性格で健やかに過ごすことか?


「僕は……」


 いや、違う。

 自分の望みはそんなものじゃない。

 人に染まりたいなど思わない。

 もし、普通の人間になってしまったら真実を真実として受け入れられないだろう。

 自分だけが知っているのだ。人と言うものが何かを自分だけが。


「さあ、どんな転生をお望みですか」


 ザンミアは悩んだ末に答えを出した。

 自分が本当に望むもの。死んでもなお、求め続けるもの。それは


「転生はお断りします」

「……へ?」


 この世界に法は無くなる。つまりそれは死体を手に入れやすくなるということ。

 死体を愛する事が悪ならば、この世界だけは自分を肯定してくれる。

 そんな素晴らしい世界を簡単に逃してたまるか。


「あの……それは規則上無理なのですが……」


 天使は困惑した表情で首を横に振る。

 しかし、ザンミアは負けじと体を起こし訴えるように


「僕はこの世界がいいんです! 法律の無いこの世界がっ!! 平和じゃない世界を望んで何が悪いんですか!?」

「そ、それは……」


 さすがの天使もこんな相手は初めてだった。

 ここまで自分を追い詰めた世界を愛し、しかも法律の無い危険な状況でも生き続けることを望む人間など聞いた事がない。

 どんなに平和でも自分の努力不足で地底に落ち、不満を抱きながら楽な道へと走ろうとする者なら何度も見た。

 だが、この少年はその逆。

 死因が殺害によるものにも関わらず、それでも自分の世界を好み自分自身も受け入れている。

 常識外れたその感性を尊重すべきかは分からない。


「……分かりました。今回だけは特別です」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」


 頷く天使にザンミアは喜びの笑みを浮かべながら崇めるようにして膝をついた。

 彼女はザンミアの姿を見てふと、疑念のようなものが頭に浮かび上がった。


「それではあなたを元の姿で再生させます。そこに座っていてください」

「はい。あなたに巡り会えて幸せです」


 ザンミアは少し距離を取って頭頂部を見せ、目を閉じた。

 祈りを捧げるように残った手だけを額に当ててじっと待つ。

 天使は彼の脳天に手を翳して淡い光を放った。


「神よ、この者を再びこの大地で命の灯を燃やすことを祝福したまへ」

「――――」


 周辺は白い光に包まれた後、天使が「目を開けてください」と優しく語りかけた。

 

「これは――」

 

 ザンミアは自分の姿を見ると、傷痕が無くなり腕がしかりと生えている自分を確認した。

 指の関節まで曲げることができ、魔法も使える。

 風も吹き、草木が揺れている所をみると時間も元に戻ったようだ。


「生き返った……僕は生き返ったんだ……」


 歓喜に心が揺れる彼の顔を眺めながら天使は


「ええ。ただし、あなたにはある『鎖』を仕掛けました」

「鎖?」


 ザンミアは自分の体を隈なく触るが、鎖の様なものはどこにも絡まっていない。

 そんな彼の一部分を差しながら天使は呟いた。


「その鎖は心臓に絡まっています。そして、その鎖は誰にも解くことは出来ません」

「し、心臓!? 一体何をしたんですか!?」


 鳥肌が立つ彼に天使は冷静な眼差しを浴びせ続ける。


「あなたに掛けたのは『殺さずの鎖』です。つまり、あなたはこれから先誰一人自分の手で殺めてはいけません。どんなことがあろうとも、あなたが人を殺した場合は強制的に命の灯を消します」


 ザンミアの中で焦りが生じる。

 それは要するにこれから自分は死体を手に入れるために人が殺せないということだ。

 無法の世界だからこそ死体は簡単に入手出来ると思っていたのにこうなっては今までと変わらない。


「そ、そんな……」

「なぜ、そんなに落ち込んでいるのですか? 人を殺してはいけないなど当たり前の事でしょ? それなのになぜそんなに己に掛けれらた鎖を邪魔者のような目で見ているのですか?」


 この天使、試しやがった。

 無法を愛するような奴に殺しはさせまいと呪いを掛けやがった。

 天使が呪うなどふざけた話があるのだろうか。


「い……いえ……こんな鎖あってもなくても一緒です……救って頂いたこの命……大事にさせてもらいます……ははっ」


 ザンミアは苦笑いで誤魔化す。が、内心はかなり苛立っている。

 これから先、死体を好きなだけ集めようと思ったのにこれでは前と変わらない。

 人を殺さずにどうやって死体を作るというのだ。相手が朽ちるまで待つなんてことはしたくない。


「それでは私はこれにて。きっとその鎖は人の道を正してくれるものだと信じています」


 何が人の道だ。天からでしか眺めていないような奴に人を語る資格などあるものか。

 このまま帰す訳にもいかない。

 せめて何か死体を回収しやすくなるきっかけでもあれば話は変わってくる。

 ザンミアは立ち去ろうとする天使の後ろ姿を見て、昔の事を思い出した。


「……そうだ……あれが……」


 彼は天使の白い翼に注目する。

 昔読んだ本に天使の翼を題材にしたものがあった。

 飢えて死にかけている人に天使が哀れに思い、自分の翼の血を少しだけ飲ませたという物語。

 天使の翼には不思議な力が宿っており、それを飲めば不老や時間停止などの強い力が手に入ると記されていた。

 事実かどうかは定かだが、これも仕返しのようなものだ。やってみる価値はある。


「すみません、天使さん。これからどこに行かれるのですか?」


 ザンミアは優しい少年の皮を被り、さりげなく尋ねた。

 

「天界に一度戻ります。それがどうかしたのですか?」

「いえ、それなら後ろにある草を取らないと。せっかく天界に帰るなら綺麗な姿でないと」


 ザンミアは笑顔を維持したまま天使の後ろに這いより、翼を軽く払いのけた。


「ああ……すみません。気を遣わせてしまって」


 天使は何も疑うことなく背中を向け、空を見つめながら彼の作業を待った。


「いえいえ……お気になさらず……」


 天使がこちらに見向きもしていないと分かった瞬間、


「――っ!!!!」


 天使は背中から感じる鋭い痛みに気付き、後ろをバッと振り返った。

 そこには風切で切断された片翼を持つ彼の姿。


「あああ!!!」


 痛みに耐えきれず、天使はその場に倒れ込む。

 付け根から綺麗に削がれており、大量の血が流れている。


「あなた!! 一体どういうつもりですか!?」


 ザンミアは斬り取った翼をじっと真顔で観察している。

 天使の翼を切ったことに何も罪悪感がないようだ。

 

「この翼には力があるのかと思いましてね。少し味見してもよろしいですか?」


 平然と語る彼の姿に正気を疑いつつも、天使は流れている血を舌で舐めようとする彼を止めるように


「だ、駄目です!! 生半可な人間が天使の力を手に収めようとすれば――」


 しかし、一足遅かった。

 ザンミアは滴る血液を舌で掬い取り、ごくりと喉に通してしまった。

 その瞬間に彼の紅の瞳は光を帯び、風が彼を祝福するように荒れ始めた。

 吹き荒れる嵐は彼の周りを包み込み、雲が急な速度で動き始める。

 

「そんな……彼が天使の力を取り込むなんて……」


 普通の人間なら天使の血を舐めれば、力に耐えきれず死んでしまう。

 しかし、彼は取りこんでしまった。

 最も手に入れてはいけない人間が、今飛び抜けた能力を手に入れてしまった。


「ああ……これが天使の力……分かる……分かるぞ!! 力が溢れているのが分かる!! 今まで落ち着きのなかった心の部分がとても静かになった気分だ。天使がなんでいつも微笑んでいるか分かる気がする。ふふ……ふははははは!! 最高な気分だ!! これが天使!! 天使の力!!」


 自然に込み上げる笑いを我慢することが出来ない。

 死体を眺めているときに近いくらい、彼の胸は高鳴りを纏っている。

 これならいついかなる時でも平常心でいられるだろう。

 否定された如きで怒りを放つ自分はもういない。

 今ここにいるのは強大な力を得て、余裕に浸り、全ての人間に微笑むことが出来る自分。


「自分が何をしたか分かってるのですか……あなたには何れ天罰が下るでしょう……!! 後悔しなさい……天に使えし者の翼を斬り取る事がいかに恐ろしいことかを!!」

「悔いなどありません……これで僕は無敵になったんだ……天使さん……あなたには本当に感謝します」


 ザンミアは憎たらしい笑顔を向ける。

 瞳は光り続け、歯茎をおもむろに見せてくる行動はもはや悪魔そのもの。


「――――」


 天使は言葉を失った。

 ここまで不気味な笑いを見せる人間も珍しい。

 天使の力を手に入れた悪魔が目の前で踊っているようだった。

 あの天使でさえ、彼の事をおぞましいと感じてしまう。

 それほどまでにザンミアという存在は多大な影響を与えていた。


「いつか必ず……必ず……」


 彼女は睨みつけながら片翼だけを羽ばたかせ、天空に姿を消した。

 取り残されたザンミアは手に持った翼をじっと見つめる。


「……全て食べてみるか」


 ザンミアは翼を生のまま食そうと、地面に投げ置いた。

 血だけでは物足りず、肉までも胃に収めようと羽根を毟っていく。

 その後、川沿いには彼の笑い声と咀嚼の音が微かに鳴り響いていた。

翼の食事シーンはプロローグに載せております。

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