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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
二章 無法の王は過去を見る
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第十四話 王は朽ちる

 赤く染まっている自分の手を見てザンミアは思考が停止した。

 

「……そんな」


 席から立ち上がり、急いで血を流そうと移動するが体がよろめいて力が入らない。

 近くの壁に凭れながら、おもむろに震える足を立たせる。


「ザンミア……」


 父親は寂しそうな目つきでこちらを眺めていた。手を貸すことなく、椅子に座ったまま。ただじっと。

 

「毒を入れたな……」


 苦しそうにザンミアは煮込んであった魚に視点を移した。

 やられた。自分が反逆軍の一員だと知った以上は殺さなければならないのか。

 いや、毒を盛っていたということは最初から息子を殺す予定だったのかもしれない。


「ザンミア……お前は危険だ。私は反逆軍の一員になる。お前を連れていけない。結局お前は死ぬ運命だったんだ。だからせめて……私の手でと思ってな……」


 それはなんの気遣いだ?

 自分の罪は自分で背負うと言って実の息子を殺すつもりか?

 ふざけるな。それで報われるわけがないだろう。

 勝手な自己満足に付き合わされるこっちの身にもなってみろ。


「……くっ……シーク……」


 頼れるのは彼女しかいない。彼女の回復魔法ならまだ一命は取り留められる。

 ここで死ぬわけにはいかない。折角あの地獄の牢屋から抜け出せたんだ。

 運命なんぞに命を取られてたまるか。死にたくない。死体を手に入れたい。


「駄目だ。ここからは出さん」


 扉に向かう彼に父親は手を翳し、魔法を唱え始めた。


「……ぐっぐあああ!!」


 ザンミアは力を振り絞り、先に魔法を唱える。

 かまいたちが家の中を突き抜け、父親に向かうが同じかまいたちで消し飛んだ。

 すぐさま父親は次の詠唱でザンミアに攻撃する。

 かまいたちが吹き荒れ、ザンミアの腕を切り落とした。


「ああああああ!!! クソがぁ!!」


 綺麗に切断された腕が落下し、強烈な痛みに頭を壁にぶつけた。

 

「魔法は人の体のどこかを伝って発動する。お前の場合は右腕だ。これでお前は魔法を使えない」


 意識が遠のいていく。

 呼吸の方法すらも曖昧になり、歩くだけでも精一杯だ。

 顔は青ざめ吐血の量も増えてきた。

 死が近づくのが分かる。背中をざらついた舌が嘗め回すように悪寒が襲う。

 

「……今楽にしてやるからな」


 後ろから父親が呟いた。

 今度は確実に背中から切られる。

 

「……ああ……ああああ!!」


 ザンミアは知能のない動物のように喚き、扉に突進した。

 

「ザンミア!!!」


 惜しむように父親は名を呼びながら風を帯びた手の平を翳した。その時。


「くああ!!」


 父親の目に鋭い痛みと熱が伝り、呻き声を上げながら目元を強く押さえた。

 

「離れた腕から魔法を出したのか……こんな事が……」


 父親は完全に遮断された視界の中、周囲を触りながらザンミアの元に近付いて行った。


「どこだ!! どこにいる!!」


 無作為に魔法を乱用し、家の中を風で吹き荒らす。

 しかし、ザンミアの声どころか気配も感じ取れない。


「くそ……逃げたか……だがあの傷ではもう……」


 家具が倒れる音だけが響き、開いた扉はキシキシと小刻みに動いていた。


――――


「はあ……はあ……」


 肩と口から漏れ出る血を引きずるようにザンミアは街の中を進んでいた。

 顔は真っ白と化し、寒気だけが彼に生きている実感を与えていた。

 

「シークの所に行けば……あそこに……」


 ずるずると赤い線を壁に描きながら足を運ぶ。

 ぼやける視界を頼りに彼女の元へと向かっているが、この方角で合っているかは定かでない。

 大丈夫、自分は死なない。

 ここで死ぬような存在じゃない。

 ザンミアの中ではただ根拠のない自信だけが眠っていた。

 ここまで生きてこれたのも運が良かったからではない。自分にはそういう生き延びる力があるのだ。

 今回もきっと生き延びられる。死なない。絶対に死なない。


「僕は……生き延びてみせる……死んで……たまるか……」


 ふいにザンミアの目には川沿いが映った。

 この街で有名な川沿いだ。普段は人が渇いた喉を潤いに来るのだが、今は誰もいない。

 彼の喉もカラカラだった。口の中が砂漠のように枯れ、体に付いた血もある程度流したい。

 

「丁度いい……ここで少し休むか……」


 もしかしたらここで怪我を治してくれる人と会えるかもしれない。

 この流れる川がこっちに来いと自分を呼んでいるようだ。

 ザンミアは傾斜を下り、近くにある太い木に凭れかかった。

 もう少しで水が手に入る。喉を潤したらまたシークの元へ向かおう。

 彼が左手を川に伸ばした時。


「ザンミア?」


 後ろから声がした。

 やった。やはりこの川沿いで休憩して正解だった。

 これで助かる。自分の夢はまだ終わっていない。


「……頼む……たすけ――」


 助けを乞おうと首を後ろに向ける。

 だが、そこにいたのはシークでもまして自分を助けてくれる知人でもない。


「おい……どうしたんだその腕……」


 綺麗に削がれた四本の指。自分を見つめているのはザンミアによって重傷を負った生徒だった。


「……どうして……こんな時に……」


 嘘だ。これは何かの間違いだ。

 ここで自分を助けてくれる誰かが現れるのではなかったのか?

 違う。何かの手違いだ。


「く……くるな……」


 ザンミアは小さく拒絶するが、彼の耳には届かず傾斜を同様に下ってきた。


「……くそ」


 身の危険を感じたザンミアはすぐさまそこから逃げようと試みるが、肩を掴まれ


「おい、どこ行くんだよ!! どうしたその大怪我!!」


 意外にも友好的に接する彼にザンミアは覚悟を決める。

 もうここまでくれば相手が誰であろうと命を乞うしかない。


「た……」

「ん?」

「助けてくれ……死にそうなんだ……命を狙われてるんだ……」


 ザンミアは無様に彼の前に腰を下ろし、必死な目で訴えた。

 さすがのこいつでも死にかけている生徒の息の根を止めようとは思わないはず。

 餌を欲しがる子犬のような仕草で頭を擦り、助けを求め続ける。

 

「お前……」


 男子生徒は困惑していたが、次第に真剣な顔つきになる。

 想いが届いたかと思われた。が。


「まさか、助けて貰えると思ってないよな?」

「……!?」


 生徒はザンミアの頭を投げ飛ばし、木に衝突させた。

 ザンミアは「ぐあっ!!」と声を上げながら木に背中を預け、更に吐血する。

 

「まさか忘れたわけじゃないよな……あの時の痛みを!!」


 彼は腹に目掛けて思いっきり蹴りを入れ、顔を何発も殴った。

 

「あれから俺は!!」


 ザンミアの髪を掴み、後ろに叩きつけながら


「問題児扱いされてろくな学校生活も!!」


 再び叩きつけた。


「送れなかったんだぞ!!」

 

 何度も叩きつける。


「それを!!」

「――――」

「今更!!」

「――――」

「助けてくれだと言われて!!」

「――――」

「助ける馬鹿がいるかよ!?」


 今までの恨みを入れた蹴りと殴りは強烈で、ザンミアの意識をとことん奪い取った。


「……」


 ザンミアはもう声すら出ない。

 痛みすらも鈍くなり、流れていく自分の血をひたすら見ている。


「はあ……はあ……ここでお前が死んでもどうも思わねえよ……じゃあな」


 生徒はとどめは刺さずに血まみれで俯いている彼から姿を消した。


――――


「……」


 ザンミアの目には何も映っていない。

 ひたすら迫りくる暗闇を待ち構えているかのように木を背景にして座り込んでいる。

 首は自然に折れ曲がり、脱力と共に垂れ下がっていた。

 

 死ぬ。 

 自分はもうじき死ぬのか。さっきまであんなに否定していた自分が恥ずかしく思えるようだ。

 考えればこれがこの世界では当然の結果なのかもしれない。

 世間からすれば死体を愛する男など気味が悪くて邪魔な存在。 

 死ぬべくして自分は死ぬと思えば、納得はいく。

 悪は排除され、消え去る存在。そこに劇的もなければ感動的な最後もない。

 何度も死にかけ、生き延び、そして結局死ぬ。

 波乱な人生の中で掴めたのは、シークと言う女性の心のみ。

 彼女がここに来ることはないだろう。

 シークは自分の事を信じている。何かあれば駆けつけてくれるような白馬の王子様とでも思われてるのだから。

 これが本当の孤独。母親も死ぬときは孤独を感じたのだろうか。

 寂しい。死ぬのはこんなにも寂しい。

 せめて、せめて死体に囲まれて死ねたらどれだけ悔いのない人生だっただろうか。

 もう一度あの冷ややかな頬に触れたい。

 もう一度あの動かぬ瞼を見つめたい。

 そんな些細な願いさえ、今では断末魔にしかならない。

 

 意識が薄れていく。眠気が襲い、暖かい風が肌を撫でる。

 

「……し……ぬ……」


 重い瞼をゆっくりと閉じた。


「迷える子羊よ。目覚めなさい」


 その時、誰かが頭に問いかけてきた。

 気付けば痛みと眠気は消え、辺りを見渡すと風で揺れていた草木が斜めのまま止まっている。

 

「……これは」


 まるで時間が止まっているようだ。いや、これは間違いなく止まっている。

 飛んでいるはずの草が目の前で停止しているのだから。

 見上げると、そこにはマントを被った女性が一人立ちすくんでいた。

 その女性はフードを捲り、綺麗な緑色の髪を露わにした。


「あなたは……?」 


 ザンミアが尋ねると、女性は笑みを浮かべながらマントを脱ぐ。

 背中からはバサリと音を立てながら広げられた二つの翼。

 その翼は純白で、神々しい程に光を放っている。


「私は天使。あなたを輪廻転生の道へ導きに来ました」

「輪廻転生だと……?」


 ザンミアは眉を顰めながら天使と名乗る女性の顔を見つめていた。

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