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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
二章 無法の王は過去を見る
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第十三話 王は悪を肯定する

 神父から消えた手は鈍い音を立てながら地面に落下した。

 

「……はひ?」


 手の付け根から漏れ出る血液を眺めながら、急な出来事に首を傾げる。 

 じわじわと迫りくる強烈な痛みに気付き、神父は


「ああ……ああああ!!! あああああああああああ!!!!」


 片方の手で強く押さえつけ、体を大きく揺さぶり血の雨を降らせた。

 ザンミアの顔にも血が掛かるが、本人は満足げな表情を浮かべている。


「い……いやあああ!!」

「おい!! 早く止血を!!」


 住人も遅れて神父の元に足を運び、暴れ回る彼を押さえながら自分の来ている服を一枚剥いで止血を始めた。

 

「この悪魔が!!」


 他の住人はザンミアを蹴り飛ばし、何も出来ないように地面にうつむせにさせた。

 ザンミアに対する暴言は更に肥大し、三人掛かりで腹や足を蹴り続ける。しかし、彼は痛がる顔も見せずに嬉しそうな口調で


「これが本当の見えざる手……なんてね」


 周囲は血の気が引くような顔でザンミアを見つめた。

 この少年こそが世界を滅ぼす存在になるのではないかと錯覚するほど、頭の中は恐怖で埋め尽くされているのだ。

 

「こっ――この者には裁きを与えよと神が告げている!! 火で炙り、人の苦しみと絶望を味わせるのです!!」


 神父は顔を真っ赤にしながら怒りに震え、顎でザンミアを差しながら処分を申し出た。

 周りはそれに従おうとし、ザンミアに歩み寄る。


「くくっ……ふはははっははははっは……」


 だが、彼の不気味な笑いが鼓膜を刺激した瞬間に行動を止めた。

 中心でザンミアは滑稽に笑い声を上げ、歯茎を晒しながら


「僕を許すのが使命だったんだろう? だったら許してみろ!! 今なら懺悔でもしてやるよ!! でも、神父さん……あなたは僕を許せないはずだ。そうだろう? 僕に殺された人間はそれよりも痛くてつらい思いをしたのに、自分が痛い目に会えば神という言葉を借りて僕を殺すのか!?」

「――――」

「寝言も寝て言えよこのアホ神父がぁ!! お前は結局、都合の良いように人を動かしているだけじゃないか!! 神の信仰心なんてその程度なんだよ!! 法律も、神も、何もかも自分の良いように解釈しやがって!! 人の痛みも知らないお前が人を語るな!!」


 住人は黙り込み、神父に視線を移していた。

 神父は否定するように沈黙のまま首を横に振る。


「お前らも一緒だ!!」


 ザンミアは住人のほうに首を向け、笑みを浮かべながら叫んだ。


「法律がなければ何も出来ないのか!? 家に引きこもる事しか出来ないのか!? 神にでも頼らないと安心出来ないのか!? 今までの安心はあって当たり前だとでも思ってたのか!?」

「「…………」」

「違う。この世に絶対的な安心なんて物は存在しない。人が作らない限り安心は生まれない。今までお前たちは甘い蜜をすすり続けて、人というものが何かをドヤ顔で語り続けた家畜以下の存在なんだよ!!」

「こ、こいつ!! 黙って聞いてれば!!」


 一人の住人が黙らせようと手を挙げるが、ザンミアは叫ぶのを止めない。


「そうやって弱者を力で捻じ伏せる気か!?」

「……くっ」

「何がいじめは良くないだ!! 何が優しさだ!! 何が愛だ!! 平和だ!! 正義だ!! 思いやりも、人助けも何もかも全部法律が作ったものだと何で気付かない!? 人の心は法で構成されたものだとなぜ気付かない!?」

「「――――」」

「この世に悪も正義もねえんだよ!! 勝手に人がどうあるべきかなんて作りやがって!! 人を殺して何が悪い!? 人を殺してはいけない決定的な理由を法律なしで語れる人間がここにいるのか!?」

「「――――」」

「いるわけがない!! それが何よりも真実だろう!? 本来の人の姿が何かは簡単に分かるはずだ!!」

「「――――」」

「そうだ……人は本来、争うことを望んでるんだ……殺したくて仕方がないはずなんだ……それでも人を殺してはいけないと言うなら言えばいい……でもな、僕は……僕だけは」


 ザンミアは汗を流しながら前を向き公言した。


「僕だけは、悪を肯定する」


 その言の葉に全員が口を開けたまま茫然と立ちすくんでいた。

 異様な説得力と異常な発言に意識が奪われるように目の前にいる少年を傍観していた。

 悪の肯定。それすなわち、殺害や強姦すらも自分は認めるということ。

 人が最も認めてはいけないとされていた行為そのものを認めるということ。

 自分の家族が殺されようが、自分が他人に殺されようが全ての犯罪者の心理を理解したということ。


「き、聞いたか今のセリフを……」


 神父は立ち上がり、青ざめた顔で唾を撒き散らしながら


「悪を肯定すると言ったな!! それは神以前の問題!! ここで裁くのだ!! 裁きなさい!! 裁けえ!!」


 周囲はハッと我に帰ると、ザンミアを更に強く押さえつける。

 一人がナイフを持ちよせ、彼の前で翳した。


「神よ!! この悪しき魔物を地獄に送りたまへ!! さあ!! そのナイフで首を切るのです!!」


 取り押さえている一人の男がザンミアの髪を後ろに引っ張り、首筋を露わにさせる。

 ナイフを持った住人は震えた手を押えながら念を唱えている。

 死が近づいているというのにザンミアの顔は笑ったままだ。

 住人が上から眺めているというのに彼の方が上から物を見ているようだった。


「……う、うああ!!!」


 恐怖を叫びで紛らわせながらナイフを振りかざした。その時。


「ザンミア!!」


 遠くから聞き覚えのある男の声が聞こえ、全員が視線をその男に傾けた。


「……お父さん?」


 声の主はザンミアの父親だった。

 父親は彼を押さえ付ける住人たちの手を振りほどき、腕を肩に抱えて腰を浮かせる。


「待ちなさい!! あなたは何なんですか!?」

 

 勝手な行動を取る父親に神父は怒鳴り声を上げた。


「私はこの子の父親です。いい大人がこんな人数で一人の少年を追い詰めるなんてどうかしてますよ……」

「そ、その手を離しなさい!! その子は悪魔なんです!! あなたも呪われますよ!!」


 父親は神父を睨み返し、冷たい口調で


「私の名はアイベルト・コールネクトス。ザンミアの実の父親だ。文句があるなら聞きましょう。それとも、ここで更に流血することをお望みならば、すぐに叶えることは可能ですが?」


 彼が名乗りを上げた瞬間に周りはざわつき始めた。


「おい、アイベルトってあの……」

「過去に竜を倒したことのあるっていう……」


 次第に住人はザンミアから距離を取り、神父だけが一番手の届く位置にいた。


「なっ……」


 神父は戸惑い、目で住人に訴えるが全員目を逸らして彼の期待には応えようとしない。


「いくぞ……ザンミア……」

「う、うん」


 ザンミアは色々尋ねたいことはあったが、ひとまずこの場は父親を立てることにした。

 神父だけは納得できず、家に帰ろうとする二人の背中に毒を吐く。


「その者は家族を殺したと断言していた!! それが嘘であろうがその言葉は生き、きっと災いをもたらすでしょう!! 神はいつでも悪魔を監視しているのです!! そう、いつでも!! どこでも!!」


 父親は俯きながら神父の言葉を無視し、ザンミアを抱えながら自宅へと足を運んで行った。


――――


「お腹が空いたろう、これをお食べ」

「……」


 無事自宅に戻った二人は、食卓で息を潜めていた。

 父親は作り置きしてあった料理を温め、ザンミアを持て成す。

 テーブルには母親がよく作ってくれた魚の煮込みと柔らかい食感が特徴のパンが二つ。


「いただきます……」


 ザンミアは躊躇うことなく目の前に置かれた豪華な食事に食らいついた。

 母親がいた昔の様な賑やかな雰囲気はもうない。

 窓も密閉され、中は停電でも起きたかのように薄暗かった。

 ザンミアの咀嚼と食器に当たるフォークの金属音だけが響く中、父親は口を開いた。


「……すまなかったな。お前を騎士の所に引き渡してしまって」

「――――」


 ザンミアは目を逸らしながら食事に専念する。


「許してくれとは言わない。でもな、お前を引き渡したのには理由があったんだ」


 ザンミアは言い訳を聞く気など毛頭なかった。

 そんな彼の心理を理解しつつも、父親は俯きながら話を続けた。


「お前を地下に送ったのは殺すためじゃない。守るためだったんだ。実はな……王が死ぬことを父さん……知ってたんだ……」


 ザンミアの手が止まる。

 父親の奇妙な発言に体が勝手に反応し、ついには顔をも見上げていた。


「それは……どういう意味だい……」

「ああ、全部話すよ……知っていること全部な……」


 父親の話によると、今回の王の殺害は反逆軍によるものらしい。

 反逆軍というのはこの世界の法律に不満を抱いている者の集まりのようだ。

 きっかけは小さなもので、世界を支配した王の家系は全て魔術師であることから始まる。

 過去の国の発展は名乗りを上げ、それに付いてくるものがいれば誰でも組織を作り上げることは出来た。

 あらゆるところで争いが起こり、負けた組織は無論その勝利を収めた組織の下に就く。

 それを繰り返していく内に、組織でなく国と化し気付けば世界にはいくつもの国が分かれていた。

 何百年経とうとも、その争いが絶えることがなく国を潰せどまた新しい国が生まれ世界からは多くの命が犠牲になった。

 

 そこで一人の男が名を上げた。

 名はラクティアンス・フォールライ。

 彼が望むのは国を治めることではなく平和だった。

 当初、戦力となるのは剣などの物理的な武器を扱えるものに限られていた。というもの、長戦である以上はどうしてもマナ切れが激しく、マナの補給をする予算も時間も戦では皆無に等しい。 

 その為か、魔法よりも武器を使える者が戦では好まれた。

 魔法が取柄でしかない者は簡単に切り捨てられ、何れは『魔法難民』という言葉が生まれる程に魔術師達の地域は過疎化していった。

 ラクティアンスはそこを逆手に取り、敢て魔法だけを戦力として戦に挑んだ。

 最初は多くの被害者が出たが、彼は諦めずに魔術師をかき集めては戦に挑み続けた。

 

 時は経ち、魔法での戦力は異常なまでに飛躍し気付けばどの国よりも強くなっていた。

 実際、この世界に置いての魔法適正者の数の方が圧倒的に多いのだ。

 その上、魔術師を切り捨て剣士を戦場に向かわせたせいもあってか、武術適正者の数は減少しつつあった。

 もはや魔法国の大勝利は目前。だったのだが、王は争いを止めると断言した。

 その理由は「私が望むのは勝利でなく平和だからである」というもの。

 彼の中での提案はひとつ。それは世界を統一して法律を全て任せて欲しいとのこと。

 無論、反論するものもいたが王の提案は意外と筋が通っており長きに渡る戦争は法を統一させるという事で幕を降ろした。


 そして、現在に至るのだが時代が進むにつれ魔法適正者の数は増し逆に武術の文化が衰退してしまう。

 数が圧倒しているのではどうしても魔術師の待遇の方が優先してしまい、そこで不満を抱く者が出てきてしまった。


「それで武術適正者の反逆が?」

「そうだ、今度は武術軍が国を治めると言ってるんだ。今度こそ平等な世界を気付いて見せると言い張ってるんだよ」


 父親の話は理解出来たが、納得まではいかない。

 ザンミアは眉間にシワを寄せながら尋ねる。


「反逆者が平等なんて築けるとは思えない……お父さんは何でそれを?」

「それは……」


 父親は黙り込む。

 なぜ黙り込んでいるのかをザンミアは考えた。

 

「……まさか!!」


 父親はあのズーダンという男と親しかったと聞いた。それはつまり国家の裏側を少なからず聞いている可能性が高い。


「お父さん……反逆軍に力を貸したのか……?」


 つまり父親は反逆軍に国の勢力を漏らし、代わりに何かを貰っていた。


「……すまない」


 そしてその考えは当たっていた。

 まさかこの王の殺害に手を貸したのは誰でもない自分の父親だと誰が想像しただろうか。

 

「な、なんで……」

「……実は母さんが死んだ二カ月後にとある女性と出会ってな……その人と付き合うことになったんだ……でも、その人が反逆軍の人だと知らなくてな……」


 ザンミアはその言葉を聞いただけでその先の言葉は容易に推測出来た。

 ただ付き合っただけなら別れればいい。だが、それが出来ない上にその女性に手を貸さないといけないということ。これはつまり


「その女性のお腹には……お父さんの……」


 父親は小さく頷いた。

 どうやら自分にはもうすぐ妹か弟が出来るようだ。

 ここまで最悪な気分は久々だった。

 でも、なぜか心のどこかが清々しい。

 これが自分の父親だとすれば、生まれて初めて納得したかもしれない。


「もういいよ……話は全部分かった……反逆軍がこちらに攻めてきて僕を殺してしまう可能性を考えて地下牢に閉じ込めさせたんだね……」


 父親が自分を無期懲役に処させたのは守るためだった。

 そして、反逆が上手くいけば一時的に法の鎖が緩み救出が出来た。


「そうか……そういうことか……」

「ザンミア……あとひとつ、お前に謝らないといけないことがある……」

「え? もうお父さんの考えは理解……」


 その時、ザンミアの胸から込み上げるものがあった。

 咳かと思い「げほっげほっ」と手に向かって咳払いすると


「……これは」

「ザンミア……お前は――」


 手には真っ赤な血がべったりと付着していた。


「――今日死なないといけないんだ」

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