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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
二章 無法の王は過去を見る
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第九話 『人』

 ザンミアは困惑の渦に溺れていた。

 無期懲役だと? どうしてそんな結論になるのだ?

 それに自分は未成年の上、人を殺していない。指を切断したにも理由があった。


「な……何言ってるんですか……ふざけるにも限度が――」

「ふざけてないさ。まして脅しでもない。おい、あれを」


 ズーダンは近くの騎士を呼び、懐から丸められた紙を机に置かした。

 紙は茶色く、紐で括られている。


「これは……?」


 ザンミアは緊張と焦りで呼吸が少し乱れを見せる。 

 眼だけはしかりと開いているが、内心は今にでも逃げ出したい気分だ。


「承諾書だ。見ていいぞ」


 彼はザンミアの前まで紙を転がせ、取りやすい位置へと移動させる。

 ザンミアは息を呑みながらそれを手に取り、ゆっくり紐を解いた。

 紙は固く、机の上で広げないと独りでに丸まってしまう。

 彼は机全体を覆うように紙を広げ、刻まれている文字を丁寧に読み解いた。


「……ザンミア・コールネクトス。男性。『世界統一社会不適合者取締法』に基づき、ここに王の承諾を持って無期懲役の刑と処する……十月二日午前十一時二十四分……」


 今日は十月五日。つまり、ザンミアの無期懲役は三日前に決まっていたことになる。

 文の最後には王の拇印が示されており、偽物ではないようだ。

 

「こんなのおかしい……だって僕は殺してすらいない……それになんだこの『世界統一社会不適合者取締法』は……こんな法律聞いたことがない……」


 本来未成年が無期懲役になることはない。

 仮に人を殺めたとしても、無差別で残虐でない限りここまでの重い処分が課せられることはない。

 だが、彼に下されたのは死に値するほどの刑。

 

「世の中には市民に伝えられていない裏の法律が存在するんだ。それは聞かせる必要性もなく、その法律が存在しているだけで不安にさせてしまうからな」


 この法律はいわば必要であるが市民に知らせておくことにリスクしかないという結論の上で構成されたものである。つまりザンミアのような精神障害を持つ人間を取り締まるための法律。

 何かあってからでは遅い、人の命を奪ってからでは裁いても報われるのはその知人だけなのではないか? という理由から数十年掛けて作られたと言われている。

 実際、この法は想像以上に効果を発しこれが出来てから世界の犯罪係数が半分以上減少した。

 奪われるかもしれなかった命が今もこの法のお蔭で健やかに過ごしていると考えれば、これを否定するものは国家で一人もいなかった。


 だが、ザンミアからすればそれはこれ以上なく邪魔な存在。

 彼は胸から溢れる怒りに震えた。

 前髪を強く握り、夢ではないかと確認する。

 前頭部に掛かる負担と共に彼は立ち上がり、震えた声で


「ざけるな……こんな……理不尽な……僕は人を殺してもいないんだぞ!? 未成年である僕にここまで重い処分をしていいと思ってるのか!?」


 彼は紙の上に手を強く叩き、不条理なこの状況を訴える。

 ここまで必死になる自分に対して内心驚いているが、今は己の心情と向き合っている場合ではない。

 

「君はこの先人を殺しかねない。危険人物なんだよ。そうと分かった以上は野放しには出来ない。人を殺してなくとも、殺してからでは遅いんだ。この法律はそういった事態を考慮して作られたものだ」

「知るかそんなもの!!」


 ザンミアは承諾書を投げ捨て、前屈みになりながら


「ズーダンさん、もう一度考え直してください。僕は成績も優秀で生徒からも信頼を得ています。そんな僕が危険人物? そんなおかしい話がありますか? 僕はこの先誰よりも有望なんです!! 指が何ですか!! 四本無くなった程度で犬のように咆えて!! 一本残しただけでも感謝して欲しいくらいですよ!! それともあれですか? 僕が事件を起こした際に自分たちがすぐ行動出来なかった事を有耶無耶にするためにこうやって一人の子供を暗い檻の中に閉じ込めるつもりですか!?」


 ザンミアは柄にもなく醜い姿を晒した。

 人をこけにするように口角を上げ、身振り手振りを大きくしている。

 たまに口から飛ぶ唾液が机に撒き散らされ、その姿は言い訳をしている殺人鬼のよう。


「それでよく騎士なんてやっていますね……自分たちが都合の良いように物事を運んでいるだけじゃないですか……子供は反抗できない事を分かってその上法を良いように扱って!! あなた達こそが悪魔だ!! こうやって未来のある子供を永遠に牢屋に閉じ込めるなんて残酷な事僕には出来ない!! よくもまあ堂々としていられますよね……」

「――ザンミア」

「もううんざりだ!! 法は何であるんだ!! 平和のため? 守るため? 違う、僕を苦しめるためだ……こうやって罪の軽い人間を地獄に落すための兵器なんだ……そんな呪いが生まれ持ってあるなんて考えられない……」

「――ザンミア」

「そうだ!! その通りだ!! 僕は死体が好きだ!! あの冷ややかな弾力に触れていられるなら!! 一生眺めていられるなら!! 僕は殺人だって簡単に出来る……でもそれだと面倒なことになるからやってこなかった!! 死ぬ気で我慢した!! それなのに社会の不適合者だと? ふっ、寝言は寝て言えよクズがぁ!!」

「――――」

「僕は自分が哀れだと思ったことは一度もない!! 一度もだ!! むしろこんな素晴らしい価値観を恵んで頂き感謝してるよ!! 僕はぁっ……僕はっ……」


 ザンミアは想いを吐きだしたせいか胸が苦しむ感覚に襲われ、顔の中心に無数のシワを寄せた状態で左胸を強く掴んだ。

 片方の手は机の角を握りしめ、その角をへし折りそうだ。

 荒くれる彼の姿を騎士達は無表情で眺める。

 

 ズーダンの考えは間違っていなかった。

 彼の中には何か化け物のようなものが潜んでいると考えていたが、その正体は死体を愛することしか出来ない哀れな少年。

 法には触れないように生きているようだが、彼の言動は危険すぎる。

 こんな子供を産んだ母親は一体どんな気分なのだろうか。悪魔の子を産んだ母親がストレスで倒れてしまったのもなんとなく分かる気がする。

 だが、自分の使命はそんな彼に同情することではない。

 騎士という役職を背負っている以上は、やるべきことは果たす義務がある。


「――ザンミア」


 ズーダンはどこかつらく思う自分の心を捻じ伏せ、鋭い目をザンミアに向けながら


「私が決めたのではない。『法』が君を悪と判断したんだ。君は捕まるべくして捕まった。そこに不運も何もない。恨むなら、私だけを恨め」


 これが彼にとって精一杯出した情けの言葉。せめて自分自身は恨ませまいと、悩んだ挙句に出した答え。

 ズーダンという男は誰よりも悪を嫌うが、誰よりも悪の気持ちを理解している。

 この生涯、ザンミアのように持たざるべきでなかった心を持って生まれた殺人鬼はいくとも見てきた。

 最初は理解できず、端から否定し容赦なく檻に閉じ込めた。時には自らの手で同じ人間の首を切断した。

 いや、今でも理解は出来ない。死体を愛する気持ちも殺害を躊躇わないという宣言も。

 だがそれでも思うのだ。そんな彼らでも自分と同じ人間には変わりないと。

 

 彼の中での結論は「法律は平等であっても神が平等でない」という事である。

 いくら法律が人を守ろうとも神が人に個性を与え続ける限り、その個性は法によって消されてしまう。

 平等の中であるがゆえに本来の姿を潰される人間もいるのだと。

 人は支配されなければ争い、支配されれば不満を抱く。

 今の世の中は平和だ。世界統一の法律によって難民問題も限りなく減少し、紛争もなくなった。

 人が死なないことに越したことはないし、戦争を心から望むものも少ないだろう。

 だが、それでいいと頭から決めてしまうのもどこか違う気がしてならないのだ。

 法がある限り人がどのような者かは簡単に論じられる。それは逆に言えば法律がなければ人論は無意味と化すということ。法律こそが全てであり、否定されない為の都合の良い武器そのもの。

 ならば法律とは一体何なのだ?

 心とは一体何なのだ?

 秩序とは? 愛とは? 平和とは?



 ――人とは一体何なのだ。



「……ふふっ……ははっ……」


 ザンミアは脱力に陥り、椅子に座り込んだ。

 肩は脱落し、にやけながらも目の奥は死んでいた。

 足をがさつに前へと投げ出し下をただ見つめている。


「……いしますよ……」


 ふとザンミアは小声で語り出す。


「……なんだと?」

「……後悔しますよ……僕を閉じ込めたこと……その身を持って後悔しますよ……」


 どこから来てるんだその自信は。

 

「そうやって渡された盾を都合の良いように投げつけていると、ブーメランのように返ってきますよ……」


 盾とは法律のことか。

 

「……私はもとい騎士の身だ。法が滅びぬ限りここでの発言は絶対となる。それが君にとって不都合なものであっても、私は己を信じて騎士の道を突き進むよ」

「それは立派ですね……己を信じてか……ふっ……反吐が出る様なセリフですね……あなたが信じてるのはそんなものでないくせに……」

「……連れていけ」


 仲間の騎士はザンミアの重い肩を持ち上げ、部屋の外へと連れ出した。

 ザンミアは何も反抗を見せずに掴まれた方へと歩いていく。

 そして扉が開かれ、出る間際に


「ズーダンさん。あなたの事は一生忘れません。どんなことがあろうとも、この身が朽ちようとも。あなたの顔と名前覚えておきますよ。それと――」


 彼は首だけを後ろに傾け、紅の瞳にズーダンの顔を焼き付けながら


「あなたの死んだ時の顔、楽しみにしておきますね」

「――私もお前のことは忘れないよ。絶対にな」


 その後ザンミアは俯きながら部屋を出ていき、落ち込んだ後姿を見せることはなかった。

 部屋の中はザンミアの叫びの余韻もなく、静寂と化していた。


「……良かったんですかね?」


 扉が閉まった後、残った一人の騎士がズーダンに語りかけた。


「……何がだ?」


 ズーダンは一息突きながら椅子に座り込み懐にあった葉巻に火を点けた。


「彼は法を犯しても殺人まではしていない。これから危険だからという理由で無期懲役という重い刑を実施して良かったのでしょうか」

「……法が決めたのだから仕方ないさ……」

「人の将来を仕方ないで済ませていいのでしょうか……自分には未だに分かりません……本当に騎士として正しい道が……もしかしたら彼は本当に人を殺さずに生きていけたのではないでしょうか……」


 騎士は眉を顰め、考え込む姿勢を見せる。

 ズーダンは葉巻を吸い、口に含んだ煙を吐きながら


「……世の中っていうのは真実を見ようとしないんだよ。作られた平和でもそれが本物だと信じて生きてるんだ。それが正しいとみんなが言えば正しくなる。秩序と言うのはそういうものだ」

「では、少ない意見が正しい場合はどうしたらよいのでしょうか……?」

「……それはない。言っただろ、みんなが正しいと判断したものが正しいのだ。皆が否定すればそれは間違っているんだ。そこに感情的な問題は入れるな。いつかお前もああなるぞ」

「……失礼しました」


 ズーダンは顔を寂しげに上げながら、白い煙を天井に吐き出した。

 煙は上に舞うと同時に分散し、儚く周りの色に染まるように消え失せた。

ズーダンは総合騎士長に任命された経験があるので国家騎士の中でもトップ争えるくらい強いです。

しかし、地下の囚人を取り締まれるのは自分しかいないと思い、総合騎士長の座を自ら降りたそうです。

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