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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
二章 無法の王は過去を見る
14/43

第八話 『悪魔の子』

個人的には思入れのある回

 ザンミアは『世界統一魔法魔術法第二条』に基づき、騎士が集う地下室へと誘導された。

 中は外と違って薄暗く、蜘蛛がそこらで糸を張っている。

 ポタポタと上から漏れ出した水が地面に打ち続け、水たまりが目立つ。

 壁は鼠色の石で構築され、所々にカビが生えていた。

 ザンミアは二人の騎士が扉の前で待機している一つの部屋に入ると、そこには鉄で作られた小さな机と二つの椅子が配置されていた。

 

「そこに座りたまえ」


 先程連行した騎士は丁寧に椅子を引き、そこに彼を座らせる。 

 座ると冷ややかな温度が尻を伝い、薄暗いこの部屋に更なる緊張感を与えるようだ。

 騎士は彼の前に座り、足を組みながら話を再開した。


「まずは自己紹介だ。私はここの取り締まりをしているズーダン・フォンティアスだ」


 ズーダンは冷血を装うような鋭い目つきをしており、細い目から黒い瞳が常にこちらを観察していた。鎧に似合った筋肉質な体型は相手に威圧を感じさせるほど。

 年齢はおよそ三十代くらいだろうか。顔には所々ストレスのせいかシワが寄っている。

 

「初めまして」


 ザンミアは平然と社交的な態度で軽く挨拶を済ます。

 冷静ではあるが、内心はかなり苛立ちが増している。

 このまま檻にでも入れられたらシークと離れる時間が増えてしまう。そうなれば彼女の自分に対する気持ちは薄れ、死体を提供して貰う計画が台無しだ。

 

「さてと、本題に早速入るがまずは確認だ。君は半年前の四月二十二日にクラスの男児生徒を玄関の前で重傷を負わせた。具体的には指四本を切断。間違いないな?」

「はい」


 そんなまどろっこしい前置きはどうでも良かった。

 とにかくさっさと言い分を話してこの水臭い部屋から脱出したい。


「しかも怪我を負わせたのは魔法の使用によるもの。属性は風で風切りを使った。それに十六歳未満の魔法使用は禁止されているのを認知した上での行動だった。これも間違いないね?」

「はい」


 ザンミアの中では何を話すか決めていた。

 まずはシークを守るための行為だったと主張する。彼女は運よく連行される前に自分の恋人だと告白してくれた。あの事件がきっかけで付き合ったと言えばこの主張の説得力も高まるだろう。

 後は適当に悪いと思ったと苦し紛れに訴えれば彼らも分かってくれるはずだ。

 まだ未成年である以上は騎士でも重い処分は出来ないはずだ。殺してしまったのなら話は別になるが自分はこの生涯人を殺した経験はない。

 いける。きっと厳重注意程度で済まされる。

 

「そうか……」


 ズーダンは指を擦りながら


「確認が取れたなら十分だ。連れていけ」

「え……それて解放してくれるということですか?」


 まさか本当に確認を取りたかっただけか?

 この尋問は形だけで最初から解放するつもりだったのか?

 少し彼らのやる気のなさが引っかかるがそれなら問題ない。むしろありがたい。


「その、お手数掛けてすみません。これからは気を付けます。それではありがとうございました」


 ザンミアは自ら席を立ち、深くお辞儀を披露する。

 だが、ズーダンは後頭部を掻きながら


「何を言ってるんだ? お前が行くのは上ではない。もっと下だ」

「え……」


 彼の言葉にザンミアは硬直する。

 それはどういう意味だ。もっと下だと?

 これ以上の地下が存在するというのか?


「実は君を連れてきたのは別に無断で魔法を使用したからとか怪我を負わせたとかではない。それだったらわざわざ地下でなくとももっと空気の良い所で厳重注意で済ませる。我々も一人のやんちゃな子供の面倒をいちいち見てられるほど暇じゃないんだよ」

「それじゃ……どうしてここに……」


 どこか嫌な予感がする。

 今までこんな感覚を味わったことがない。

 何者かに心臓を掴まれているかのように緊張感が高まる。

 

「なあ、君はサイコパスを知ってるか?」

 

 彼は別の話題に切り替え、また座るように指を差した。


「さ、さあ……?」


 ザンミアは席に腰を掛けながら腑抜けた声で答える。


「サイコパス。またの名を精神病質。精神障害者とも言うがまあ、要するに人と違う考えを持った人の事だよ。結論から言えば君はそれに値すると報告を受けている」

「ぼ、僕がですか?」


 心当たりがないかと聞かれたら否定は出来ない。


「そうだ」

「ま、待ってください。僕はあの時シークを助けようとしてそれで……」

「本当か?」

「えっ……」

「君は本当に彼女を助けようと思ってやったのか?」


 ズーダンの視線は更に鋭くなっていく。

 鷹が獲物を捕らえたかのようにしてザンミアに視線を送り続けた。


「そ、そんなの当たり前じゃないですか。僕は彼女を守りたい一心で……そりゃ傷を負わせたのは悪いと感じています。でもその言い方だとまるで僕が彼の指を切りたくてやったみたいじゃないですか」


 ザンミアは手をわざとらしく扇ぎ、冷や汗を額に伝わせていた。

 なんとしても彼らの誤解を解かねばこのままだとそのサイコパスとやらに認定されて何をされるか分かったものじゃない。

 しかし、ズーダンは彼の訴えに心響くことなく腕を組み始め


「そこまでは言ってない。ただ君は、本当にそのシークという子の事を守ったのかと聞いてるんだ」

「ええ、守りましたよ。間違いなく彼女の顔に傷が付いたからそれで僕は怒ったんです」

「……そうか。よく分かったよ」


 どうやら通じてくれたようだ。

 この男と話していると心臓に悪い。寿命が縮むようだ。

 しかし、自分に守る意思があったことが分かれば問題なく解放されるだろう。

 ザンミアは溜め息をついて安心するが、彼はふと


「そういえば母親が亡くなったそうじゃないか。残念だったな」

「え、ええ。あの時は他の騎士の方にお世話になりました……」


 今度は母親の件か。おそらくあの事件と同じ日に起こったから偶然耳に入ったのだろう。

 

「大変だったな。それでどうだった? 実の母親が突然亡くなるというのは」


 この男、何を言いたいのかが分からない。

 そもそも騎士かどうかも疑問に思うほど。


「そりゃ、悲しかったですよ……今まで育ててくれた母があんな突然に……」


 ザンミアは俯きながらギリギリ聞こえる声量で答えた。

 出来るだけ悲しみを表現しつつ、半年という期間を利用して涙までは零さない。


「そうだろうな。だが不思議だ」

「不思議?」


 ズーダンは組んだ足を崩し、机に肘を置く。

 体を横に向け、にやけながら


「死体を見て笑える人間の顔とは思えなくてな」

「――!!」


 ザンミアは驚愕し、無意識につま先へ力が入った。

 その勢いで椅子は鈍い音を立てながら数ミリ下がる。

 ザンミアは今までにない危機感に襲われていた。

 冷たく凍った心は死体によって溶かされたが、今はそれが原因で苦しんでいる。

 汗を垂らしながら震えた声で


「ど、どうしてそれを……」

「深夜に散歩していたうちの騎士が君を見かけたそうだ。その時はプライベートだったから声は掛けなかったらしいが、随分楽しそうにしてたみたいじゃないか」


 まさかあの時間に人がいたなんて。しかもそれが騎士だとすれば自分はなんて不運なんだ。

 もっと確認すれば良かった。死体を掘り起こすのに夢中で周囲に気を配れなかった。

 今の自分ならきっと確認しただろう。だがあの時の自分は土に眠る絶景に心を取られ、欲望のまま穴を掘り続けてしまった。

 

「あ、あれはその……母親との別れが惜しくて……罰当たりなのは分かってました。でも!!」


 後悔だけが頭をよぎる。

 だがここで認める訳にはいかない。不幸中の幸いかその死体が自分の母親ならまだ言い訳が出来る。

 苦し紛れでも頭を捻って彼を納得させる他手立てがない。


「実は君をここに連れてきたのは頼まれたからなんだよ」

「話を逸らさないで下さい!! 今僕が話を!!」


 これが国の騎士というものか。

 都合のいいように話を持って行き、法の番犬という称号をぶら下げて不利な状況を徹底的に潰す。

 ザンミアに苛立ちは次第に表に出ていた。

 体が勝手に椅子から飛び上がり、強く握った拳からは汗が漏れる。

 ズーダンは動揺を見せる彼に困惑することなく見上げながら


「それを頼んだのはな、君のお父さんだ」


 ザンミアは先程までの言動もろとも停止した。

 父親? こんなことになってるのは墓を掘る自分を見つけた騎士でもなく父親?

 分からない。どうして父が元凶になっているかが分からない。


「僕の……お父さんが……」

「まさか君は今、『運が悪かった』と思っていないかい?」

「え……」


 硬直する彼にズーダンは冷たい口調で


「墓を掘り起こしたのがばれたのは運が悪かったから。今ここにいるのも運が悪かったから。自分のしたことがばれたのも不運が積み重なったから。そう思ってるんじゃないか?」


 そうだ、これも全て運だ。

 なるべくしてなったことではない。

 もっと土を掘る時警戒していれば良かった。

 魔法を使用したときももう少し手加減すれば良かった。

 自分のせいではあるが、ここまで追い詰められたのは運が悪かったからだ。


「悪いがそれは違うぞ。決して不運で君はここにいるんじゃない」


 しかし、ズーダンは彼の脳を覗いているかのように断言する。


「実際君の処分は停学で済まされた以上はこちらも目を瞑るしかない。墓を荒らすにしてもその対象が実の母ならば理解し難いが注意程度で済まされる」

「それじゃなんで……」

「私は君の父親と昔からの知り合いでね。彼は中々の魔術師だった。今は引退したそうだが、彼の働きは誰もが認めている。そして十五年前に彼から自慢されたんだよ。息子が出来たって。すごく幸せそうだった」


 ズーダンは机の一点の汚れを凝視しながら寂しげに


「でもな、相談を受けたんだ。息子の価値観が分からないと。人を殺してはいけないことに疑問を持っていることが疑問だと。息子にはそこらの子供と同じように泣いて笑って過ごして欲しかったと。あんな寂しげな顔をした君の父、初めて見たよ。その時は前向きに考えろと言い聞かせていたんだが私はどこかで変な違和感があったんだ」

「――――」

「聞いてる限りだと君は本に出てきた『悪魔の子』によく似ている」


 彼のいう『悪魔の子』というのはこの世界に存在する神話の一つである。

 とある女性に悪魔が恋を抱き、その女性が愛する男性を殺害してその皮を被ることから物語は始まる。

 人に化けた悪魔は彼女と結ばれ、良い夫を演じながら日常を過ごしていた。

 そしていずれは妻のお腹に命が芽生え、誰にも知られることなく悪魔と人の子がこの世に降臨した。

 

「悪魔の子の名はガーリック。見た目は普通の男の子だ。だがその子には感情が無かった」


 ガーリックが生まれたのはこの世界が終戦したばかりの時代だと言われている。

 ズーダンの言うように彼には人らしい感情が皆無だった。

 物事を論理的に考え、利益の為なら人を簡単に死の道へと誘う。いわば、人の心を理解した詐欺師。

 生まれた時からずっと泣くことがなく、笑顔も見せることはない。

 いつしか世間は彼の事を不気味に思うようになり、母親はストレスで倒れ込んでしまう。


「哀れな話だよ。その子は自分が悪魔の子だと知らずに世間と離れた価値観のまま嫌われていたんだから。結局母親は病で亡くなり、父親は自分が悪魔だと告げることなく母親を追って姿を消した」


 愛する妻がいなくなった以上は悪魔にとって子供は邪魔でしかなかった。

 それならばと長年被っていた皮を脱ぎ捨て、母親が行ったであろう天界を目標に消え失せたのだ。


「ガーリックはそれでも生きようと必死に抗うが、世間は彼を認めてくれず最終的には途方に暮れて静かに暗い森の中で餓死した。なんとも胸糞悪くて報いのない話だよ」


 この話は単純にガーリックと言う青年の無慈悲で残酷な運命を書いたのではない。

 世の中には生まれ持って不幸な子供がいるというのを書いた作品だ。

 人は生まれた瞬間は皆平等だと言うが、果たしてそれは言い切れるのかというのがこの神話で伝えたかったことである。

 人は生まれた時からそれぞれ違う道が待ち受けており、重い鎖を背負って生きている。

 その中で裕福なのに文句を言う子供にはこの『悪魔の子』という神話は鉄板なのだ。


「私はこの話が嫌いでね。報われない話なんて聞かされても苛立ちが増すだけだ。でも今になってこの話がよく分かる。世の中には全員が全員、人らしい感情を持っていないんだと。人は殺された人間ばかりを憐れむが、相手の命を閉ざすことでしか心が満たされない犯人もまた、一人の被害者なのかもしれないとね」


 法律が人をどのようなものかと決めてしまった以上、人という個性に境界線が出来てしまう。

 人を殺すことが趣味な人間は社会の不適合者だと認定され、情けなく裁かれてしまうのだ。

 

「別に人を殺すのが良いとは思わない。思わないが――ただ、ただ犯人を一方的に攻め立てるのもどうかと私は思うんだ。個性個性と人は言うが、結局この世界で個性など限られているんだよ。人間は自分を認めて欲しいくせに相手は認めたくない生き物なんだ。まあこんなこと言ってる私でも自分の事ばかり押し付けてしまうことは多々あるがね」


 ズーダンはザンミアをどこか哀れんでいた。

 本に登場したガーリックのようにこの子もどこか人と違う部分を持って苦しんでいるのではないかと。

 このまま放置していつしか人を殺し、望まれぬ人生の終わり方をするのではないかと。


「――――」


 ザンミアは深く俯いたまま、沈黙を露わにする。

 彼の心のどこかに自分の言の葉が突き刺さったのだと思い、手を差し伸べた。が。


「――から?」

「ん……?」

「――だから何ですか?」

「え、だからって君もその子のように」

「それは僕じゃない。僕は悪魔との間に生まれた子供だと言いたいんですか?」


 ザンミアは顔を上げるとそこには憎たらしく笑う姿が目に映った。

 先程までの焦りは嘘かのように消滅し、今は人を見下す態度を見せつけている。

 

「そこまで言ってないが……」

「そのガーリックと言う子は僕からすればただの間抜けですよ」

「なんだと……?」

「人の心を理解して置きながら人らしい行動も取れないなんてまるで馬鹿じゃないですか。作り話だとしても、その話には抜けた部分が多すぎる。自分が原因で母親が死んだなら何かしら対策は立てますよ普通。生きていくコツが分かっているはずなのに行動に移せないとはガーリックは怠惰極まりないですね」


 彼はこの話を端から否定しているわけではない。

 ただその運命の中でも生きる手段はいくらでもあったのではないかと思ったのだ。

 自分も世間とどこか違うと分かっていた。だから停学期間で人を理解し、見事に染まった。

 ザンミアにとって悪魔の子は愚かで見下す対象にしかならない。

 それを思えば、反吐が出る様な笑いが出るのも仕方がなかった。


「……ふふっ。そうか、君は私が思っていた以上に人とどこか掛け離れているんだな。父親が相談するのも分からんでもない」


 ズーダンは彼の冷たい瞳を見て、頭の中で答えが出た。

 そもそもこの少年に古い本の価値観を押し付けるのが間違いだったのだ。


「どうやら君は、悪魔の子ではなく、悪魔そのもののようだな」


 奴は人ではない。

 神話で出た悪魔の子ではなくそれを生み出した悪魔に近い。

 母親が死ぬまで演じたいい夫のように、感情を皮として被ったような悪魔そのもの。


「いや、まだ悪魔の方がマシか……少なくとも恋する気持ちはあるのだから」


 あの悪魔でさえ人を想う気持ちはあった。

 それが殺人という狂気を呼び寄せるものであっても、純愛には変わりない。

 

「私には君が人を愛する気持ちがあるのかすら疑問なのだよ。恋人はいるようだが、本当に愛しているのかすら不安に思う」

「愛していますよ。僕は心の底からシークを愛しています」


 何も躊躇う事なく吐かれた宣言。

 周りからすればこんなに真直ぐな少年はいないと思うだろう。

 しかし、ズーダンにはその淀みのない言葉が逆に怪しかった。

 人の心を理解し、何を言えば良いか分かっているかのようにその純粋さは異常さにも置き換えられる。


「あの、そろそろ本題に入りませんか? 僕も疲れてきたので」


 ザンミアは席に座り、形成を逆転したかのようにして話を進めた。


「あ、ああ……」


 ズーダンは彼の急な冷静さに気を取られてしまったが、我に返って綻んだ目元をつり上げた。

 

「それで、結局僕をどうしたいんですか?」


 これまで長く対談を繰り広げたが、これからについては全く聞かされていなかった。

 今は完全にザンミアの空気と化している。ならばここで本題に入らせ、彼らの行動を捻じ伏せるしかない。

 ズーダンは仲間に話していいかの承諾を得た後、前屈みになり


「……君をこれから無期懲役の刑に処す」

「――はっ?」


 ザンミアは想像を超えた回答に、小馬鹿にした声を上げた。

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