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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
二章 無法の王は過去を見る
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第七話 王は心を喰らう

 シークとザンミアは付き合い始めて半年以上が経つ。

 互いを認め合い、周りから羨まれるような存在になった。

 毎日手を繋いでの登校。

 シークは多くの女性から嫉妬を受けたが、あまり気にすることはなかった。

 むしろそれがザンミアの評価の高さだと思うと自分が誇らしい。


「ザンミア、今日も図書室?」


 放課後、生徒が帰っていく中シークは彼の肩を叩いた。

 肩に響くわずかな衝動に彼は反応を示し、視線を上昇させながら


「うん。まだ調べたりないことがあってさ。先に帰ってていいよ」

「うーん、私も行く!!」


 シークは陽気な笑顔で彼の背後に立ち、肩を揉み始めた。

 彼女の小さい手の平がザンミアを解し、少しくすぐったい感覚が彼を襲った。

 そして後ろを振り向くことなく苦笑いで


「また? 来てもつまらないんじゃ」

「いいのいいの!! 本を読むザンミアの姿は見てて飽きないから!!」

「まあ、それならいいけど」


 彼は肩に置かれているシークの手を優しく撫でた。

 彼女のざらつきのない綺麗な肌がザンミアの指紋に入り込む。彼は愛くるしいペットのように甘えた表情で片方に頭を乗せ、静かに愛情を示した。


「おやおや。見ててお熱いことですな、お二人さん」


 いちゃつく二人にシークの友人が怪しい目つきをしながら茶々を入れる。


「えへへ。付き合ってるから問題なし!! ねえ? ザンミア?」

「ああ、僕はシークを愛してるからね」

「愛っ……!! もう、馬鹿……」


 顔を赤くして俯く彼女に友人はあくびをしながら


「はいはい、ご馳走様ご馳走様。ではごゆっくりー」


 荷物を抱えて教室を後にした。

 シークはポリポリと頬を掻きながら照れ隠しするように


「その……普通そういう言葉はあんまり言わないでよね……恥ずかしいじゃない……」

「そう? 言われるのは嫌?」

「いや!! じゃないけど……その……なんて返せばいいか分かんないじゃん」


 彼女は誤魔化すように背後から彼の頬をつねり横に伸ばした。

 まるで子供のような態度を見せる彼女にザンミアは呆れることなくそっと手をのけた。

 そして後ろを振り向き、笑顔で


「ごめんごめん。でも嘘じゃないよ」

「うん、分かってる……私も好きだよ」

「ありがとう。それじゃ行こうか」

「うん!!」


 二人は肩を寄せ合いながら図書室に向かった。


――――


 誰もいない放課後の図書室。

 彼はいつもの席で大量の本を周辺に置き読書をしていた。

 前には頬杖をつきながらこちらを見ている彼女の姿。

 気にはならないがたまに話し掛けられるとどこまで読んだか分からなくなる。


「ねえ、その本てそんなに面白いの?」


 ふいにシークは彼に語りかけた。


「面白いよ。どうせならシークも読んだら?」

「ふむ……分かった。そうする」


 するとなぜか彼女は机の下に潜り出し、姿を消してしまった。

 その行動にザンミアは視線を本から逸らす。


「シーク?」


 名を呼ぶと突然足元から彼女の顔が現れた。

 自分の足に手を乗せヒョコリと腕の中を潜って膝に座る。


「……本が見えないんだけど」


 彼の目にはシークの括られた金色の髪と首が映っていた。


「どうせなら一緒の本読みたいじゃん? 可愛い彼女の髪も嗅げて一石二鳥だよ!!」

「いや、本読めてないから……」


 ザンミアは少し呆れるも、ひとつのアイデアを思いつく。

 

「そうだシーク。少し本持って」

「ん? いいよ」


 言われるがまま彼女は本を渡され、開いた状態を維持する。

 するとザンミアは空いた両手をシークの腹に回し


「これなら問題ない」


 横から顔を出して本を覗いた。


「なっ!!」


 後ろから抱きつかれて困惑するも、プライドを曲げないように本に視線を映した。

 正直こんな体制で集中できるはずもない。

 しかし負けじと彼女も体重を後ろに掛け、凭れかかった状態で本を読み続けた。


「次のページ捲っていいよ」

「う、うん」

「シークは読んだの?」

「と、とっくに読んでるもん!!」

「本当に?」

「……ごめん、何書いてるかよくわかんない……」

「ははっ」


 シークは異常なまでに幸せを感じていた。

 この一時が一生続いてくれるのではないかと錯覚するほど彼に酔い痴れていた。

 このまま彼の腕の中に溺れ、悶えたい。

 寝る時も食卓を囲むときも考えるのはザンミアの事。

 

 だが彼女は気付いていないのだ。

 彼の行動は全て計算されたものだと。

 ザンミアは企んでいた。

 この女性ならば喜んで死体になってくれるのではないかと。

 殺すことは容易いが殺害に及んでも法が邪魔をして彼女の息の根をこの手で止めることは出来ない。

 ならば、自害してくれれば問題ないのでは?

 この世界に自害してはいけないという法律はない。

 だったらそこまで追い込めばいい。

 だが面倒なことに自殺に無理やり追い込むこともひとつの殺害だとみなされる場合がある。

 それなら彼女から望んで死んでくれれば問題ない。

 自ら死体を彼に捧げてくれれば文句を言う者はいないだろう。

 

 ザンミアにとってあの停学期間は修行のようなものだった。

 死体を愛する自分を理解してくれる人などいない。

 この先世間に溶け込めず死体を求め、殺人を犯すのか。いや、それは御免こうむる。

 法に触れずに死体を確保してみせる。

 自分の隣に一生置き続けてみせる。

 それが自分にとっての人生であり充実感になる。

 その為に人の心を理解した。

 

 どうすれば好かれるかを考えた。

 相手は何を望んでいる。

 相手は何をして欲しいのか。

 仕草や言葉から感情を受け取り、皿の上に乗せるように掬い取る。

 考えれば案外その答えはすぐに見つかった。

 今まで眠たそうな目はちゃんと周りを見ていた。

 そしてこの恋というものはとても便利な物だということに気付いた。

 女性は受け入れてもらうとここまで忠実になってくれるのか。

 こちらが望まれたことをすれば簡単に喜んだ表情を晒す。

 皿に出された恋の感情は死体を横に置くには貴重な材料と言えよう。

 ならば遠慮なく食するのだ。

 

 自分が心をさらけ出せば相手も勝手に晒してくれる。

 心を食せば相手は命さえも捧げてくれるはずだ。

 信頼というスパイスを皿に盛りつけ、いつかは自ら死体と化してくれるはず。

 いつか必ず、この女性の死体を手に納めてみせる。

 これがザンミアにとっての歪んだ計画の一歩だった。

 

「ねえザンミア」


 心を喰われた彼女は何気なく尋ねる。


「何?」

「こんなこと聞いたらあれかもしれないけど、どうして私のこと好きになってくれたの?」

「……それは」


 ザンミアは考え込んだ。

 ここで何を言えば正解なのかを推理した。

 人を好きになることに理由があるのか疑問だったが相手が答えを求めているなら答えるしかない。

 

「それはいつも一緒にいてくれたからかな」

「一緒に?」

「うん、辛い時も悲しい時も傍にいてくれたからシークは僕にとって必要な存在なんだ」


 自分でも褒め称えたいほどの完璧な回答だった。

 具体的な場面を彼女の脳内で再生させ、胸をときめかせる。

 案の定シークは納得し、にやけが止まらない。


「そ、そうなんだ……嬉しい」

「シークは? どうして僕が好きなの?」


 ザンミアは流れに任せて同じ質問を繰り返した。


「え……私が? なんでだろう……」


 シークは俯き悩み始めた。

 ザンミアは即答しない彼女に少し疑問を感じたが、追及しても意味はない。


「あのね、入学直前から実は気になってはいたの。あれからずっとザンミアの事が好きでいたの。でもそれが何でかまでは分からないの……いや、本当に好きだよ!! だって私――」

「シーク、もういいよ。十分伝わったから」

「嘘だ! なんか私だけ好きじゃないみたいじゃない!! これじゃ私が納得いかないもん!!」


 シークは振り向き、頬を膨らませ不満げな表情を浮かべた。

 ザンミアは彼女の風船のような頬を押さえつけ、空気を抜いた。


「うぶー……好きだよザンミア……」

「僕もだよ」

「「…………」」


 シークは体を捻らせ肩に腕を巻いた。

 そのまま上半身を寄せ、唇を重ねる。

 互いに目を瞑りながらキスを交わし頭を撫でまわした。

 

「ザンミア……私……」

「シーク……」


 寂しげな顔で彼女は口を開き、想いを告げようとする。

 すると、奥の扉が二人の空間を裂くようにして開かれた。


「「!!!!」」


 シークは急いで彼の膝から降り口笛を吹きながら窓を眺めた。

 ザンミアは何も無かったかのように本を手に取り読書を再開する。


「ここにザンミア・コールネクトスという青年はいないか」


 中に入ってきたのは鎧を着た騎士三人。

 固い足音を立てながらこちらに向かってくる。


「は、はい。僕がザンミアですが……」


 彼は本を置いて立ち上がり自ら名乗り出る。


「君が……今すぐ我々の所に来てほしい」

「え、どうして?」

「君は半年前に無断で魔法を使用して傷を負わせたそうじゃないか」


 シークは張り詰める空気の中、言いたげな口元を震わせている。

 騎士がわざわざ彼に会いに来たと言うことは決して喜ばれることではない。

 しかし、いきなり反抗しても事態は悪くなるだけだ。


「た、確かにそれは事実ですが……」

「ならばその処分は分かってるよね? 学校では停学処分で済ませたそうだが実際はそうもいかないんだよ。詳しい話はまた別の場所で伺う。おい、連れていけ」


 男の合図と同時に残りの二人の騎士はザンミアの元に歩み寄る。

 ザンミアは不審な表情を浮かべるも抵抗することなく腕を後ろに組まされ、出口へと誘導された。


「ま、待って下さい!!」


 シークはさすがに見過ごすことが出来ず、扉の前で彼らを呼び止めた。

 彼女は震えながら願うように手を組み


「ザンミアをどこに連れて行くつもりですか!? 騎士がこんな強制的に連行して良いと思ってるんですか?」

「君は?」


 騎士は立ち止まり、冷たい眼差しを浴びせながら尋ねる。


「私はシークです!! 彼の……恋人です!! 彼はあの時私を助けるために魔法を使ったんです!! 確かに重傷を負わせたけどあれは私の為に――」

「だったらその現場をよく知っているはずだ。本来は君も連れて行くがあれから半年も経ったんだ。事件の骨端となるこの子だけ連行する。君は家に帰りなさい」

「嫌です!! 私のザンミアを返してください!! それでも連れて行くなら私も連れて行ってください!!」


 騎士の圧迫感に足が震えるが、愛する彼がこのまま連れて行かれるのは納得できない。

 これが原因で家族に迷惑を掛けるかもしれないと不安にもなったがそれよりも彼の身が心配だ。

 

「駄目だ。君は家に帰りなさい」

「嫌です!!」


 彼女は意志を曲げない。

 どんな手を使ってでも彼との距離を縮めてみせる。

 するとふと過去の出来事が頭をよぎり、勇気を出して口にすることにした。


「あの、実は私も過去に無断で魔法を――」

「騎士さん。分かっていると思いますが彼女に罪は何もありません。こんな所誰かに見られたら恥ずかしいので連行するなら早く」


 ザンミアは彼女の言葉を遮り、騎士に頷いて見せた。

 彼の力強い眼差しを受けた騎士は縦に首を振り、シークを無視して扉へと向かう。


「ザンミア!! 嫌!! 行かないで!!」

 

 シークは涙を溜めながら手を伸ばすように彼の元に歩み寄った。

 彼は応えるように後ろを振り向き、優しく微笑みながら


「シーク、大丈夫。すぐ戻る。だから騎士さん達の言う事をちゃんと聞くんだ。いいね?」

「ザンミア……」


 彼の寂しげな瞳によってシークの胸は締め付けられていた。

 自分の事をここまで想ってくれる言動は嬉しいが今は我儘でも一緒に来てくれと言って欲しかった。

 彼の優しさが何よりもつらい。こんなに人を想える人が自分の恋人で良かったのだろうか。

 シークの心は増々ザンミアに喰われていた。


「それではいくぞ」


 騎士は彼女を振り切るように扉に手を掛け、外に出て行った。

 静かに閉まっていく中で微かに見えるザンミアの後姿をシークはおぼろけな視界に焼き付ける。

 

「ザンミア……絶対に帰ってきてね……」


 彼女の最後の言葉が放たれた瞬間、図書室の扉はバタンと閉まった。

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