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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
二章 無法の王は過去を見る
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第六話 王は人に化ける

 ザンミアは一ヶ月の停学処分を受けた。

 母親の件もあり、様々な配慮は考えられたがすぐに登校させる訳にもいかない。

 結果、停学処分で十六際未満の無断魔法使用加えて魔法による大きな怪我を負わせた件は手を打ったのだ。


 彼は部屋に引きこもるようになり、父親と話す時間も減少してしまう。

 父親も心配になり、扉を叩くも帰ってくるのは静寂のみ。


 相当心に傷を負ってしまったのだろうと、何も出来ない自分を情けなく思ったが、父親はどこか嬉しく思っていた。

 あのザンミアにもそう言った人の死を悲しむ感情があるのだと、安心したのだ。


 母親の遺体を目の前にして涙どころか瞬きせず凝視していた姿は気味悪かったが、きっとあまりのショックで混乱していたのだろう。

 これをきっかけに、少しずつ人らしくなってくれるのなら彼女の死は決して無駄にはならない。


 父親はそう言い聞かせ、無理矢理彼を部屋から出そうともせずに待ち続けた。


 ――あれから一ヶ月。


「ザンミア、停学処分はもう終わったぞ。部屋から出て来なさい」


 父親はすっかり老いぼれていた。

 ストレスで酒を飲む習慣が増え、白髪も目立ち始めている。

 魔物討伐の仕事も引退し、今は残った金で生活。

 それでもザンミアだけは見捨てまいと、博打には投資せず、少しずつ消費していた。


 父親はノックをするが、相変わらず返事はない。

 もしかしたら自害しているのではないかと不安になり、扉のノブに手を掛けようとする。


 その時、眼に映るノブはひとりでに回り続いて扉も前に開いた。


 そこから一ヶ月ぶりに顔を晒すザンミアの姿。


「ザンミア……もう大丈夫なの……か……」


 前に立つ彼の姿を見て父親は次第に言葉を失う。

 急激に太ったわけでも痩せたわけでもないのだが、父親の眼には別人が写っていた。


「お父さん、おはよう。今日から学校だ、今まで心配掛けてすまなかった」


 そこにいたのはしかりと目を開き、綺麗な笑顔を見せる彼の顔。

 昔のような脱力感溢れる面影は消え失せ、今は誰にでも優しく接しそうな青年へと生まれ変わっていた。


「ザンミア……お前ザンミアなのか……?」


 父親は彼の頰を触る。

 その手を包むように彼も手を置き、温もりを感じさせた。


「何言ってるんだい? 僕はザンミアだよ。ザンミア・コールネクトス。お父さんの実の息子だよ。この一ヶ月で息子な顔も忘れたのかい? それは少し傷付くな、ははっ」


 当たり前かのように接する彼。

 冗談を言えるようになり、今やすっかり心の綺麗な男の子。


「そ……そうだな……ほ、ほら。今日から学校だ。勉強も大変だろうが頑張るんだぞ」

「ありがとう。でも大丈夫だよ。この一ヶ月で勉強はしたからね。お父さんに迷惑を掛けないように頑張ってくるよ。それじゃ行ってきます」


 彼は笑顔のまま玄関に行き、家を後にした。

 父親に映る彼の後ろ姿はどこか勇ましくも見えた。


――――


 魔法学校の教室。

 シークは斜め前にある席を見つめていた。

 ザンミアが停学処分を受けたからというもの、真面に寝れた日はない。

 体重も少し落ち、憂鬱を表すように目尻が下がっていた。

 授業も真剣に受けれず、暇があれば彼のことばかり考えている。


 この一ヶ月間は沈んでいたが、今日は少し違う。

 遂にザンミアの停学期間が終わったのだ。

 毎日指折り数えていたので日付に間違いはない。

 だが、期待と裏腹に不安もどこかにあった。

 あの事件を起こしたことに罪悪感を覚え、不登校になるのではないか。

 学校に来るのが気まずくて家から出られないのではないか。


 実際、彼が教室に入ったとしてどのように接すればいいか分からないのも事実。

 しかしそれでも、自分だけは嘘でも明るく接してやろう。彼女は胸に誓った。


「おい、あれ!!」


 すると突然、窓から外を眺める一人の男子生徒が指を差した。


「ザンミアだ……あいつ今日から登校するんだな……」


 例の事件に関わっていた者達は黙り込み、周りの視線に気付かない振りをする。

 シークも緊張で窓を見ることが出来ず、己の席で座ったまま。


「シーク、大丈夫?」


 友人が眉を顰めながら気を遣う。


「う、うん……大丈夫。ありがとう」


 とは言うが、友人はシークの下手すぎる笑顔に胸を刺され更に不安が増した。


「おい、ザンミアが教室に来るぞ」


 クラスに妙な空気が漂う中、扉から複数の生徒の報告が耳に入る。

 教室は更に騒つき始め、その圧迫感に耐えられずシークは瞼を強く閉じた。


 そして彼女が手汗を握っている時


「おはよう、みんな。一ヶ月ぶりだね」


 ザンミアらしき人の声がした。

 陽気で耳を塞いでも入ってくるような大きい声だった。


「「…………」」


 当然、彼の挨拶に対応出来るものはいない。

 ザンミアは静寂と化した空間を歩き、シークの前に立つ。


「シーク、おはよう。元気にしてた?」

「……え」


 シークは彼の姿を瞳に映す。

 そこには優しい笑みを浮かべる彼の顔。

 あまりのギャップに思考が停止するが、すぐ我に帰り空いた口を動かす。


「と、当然よ! あ、あんたこそ! 大丈夫なの?」


 印象は変わったが、無事に来てくれたことに深い安心を覚え自然に涙が溜まった。


「――――!!」


 彼女は情けない顔を見られないように反対の方向に頭を傾ける。


「シーク、ありがとう。心配してくれて」

「べっ! 別に私はその――お帰りなさい……」

「ただいま」


 ザンミアは言い残した後、笑顔を維持したまま奥に進んだ。

 その先には指を無くして包帯を巻いている男性。


「……なんのようだよ」


 前に立つ犯人を睨み付け、自分の腕を掴む。

 あの時のザンミアの殺意に満ちた目が今でも鮮明に覚えていた。


「傷は痛むかい?」

「別に……痛くはねぇよ……」

「そっか。なら良かったよ。僕もあの時はどうかしてた。君に謝りたい。すまなかった」


 ザンミアはスッと手を前に出す。

 その仕草を見て全員血の気が引いたが、彼の手は横に開いていた。


「な、なんのつもりだ……」

「仲直りの握手だよ。これからは仲良くしよう。これまでの事もこの握手で水に流して欲しいんだ」


 あまりもの社交性の高さに全員が騒つく。

 教室は二人だけの空間と化し、今にでも始まりそうな争いを止めようとする者はいない。


「……」


 彼は黙り込み、頭にザンミアの視線を浴びながらも空いた手の平を埋めようとしない。

 だが、払いのけることもなかった。

 心の中に抱える恐怖と僅かな罪悪感が彼の行動を止めていた。

 

「おーい授業始めるぞー」


 沈黙が続く教室を裂くように教師が扉を開いた。

 生徒たちは二人を横目で見ながら己の席に座り、教科書を取り出す。

 そして椅子を引く音だけが教室に響いていた。

 ザンミアは手を引っ込めた後に何も言わず席に戻った。

 どこか歪んだ空気が流れる中、ザンミアにとって久々の授業が開始された。


 しかし何人かの生徒は気付いていた。

 ザンミアが差し伸べた手は指のない彼の右手に向かって出されたものだと。


――――


 あれからザンミアは苛めを受けていない。

 むしろ好かれている。

 成績は優秀。おまけに魔法も上級者レベル。

 誰にでも笑顔で接し不愉快と思う生徒はいなかった。

 

「あ!! ザンミア君!! ここにいた!!」


 分厚い本に囲まれている彼の元に駆けつける二人の女子生徒。

 許可も得ないまま彼を挟むように隣の席に座り、一人が肩を揺らした。


「ねえねえ、今度どこか遊びに行かない? この子が君と話がしてみたいんだって!」

「ちょっ!! 私はそんなこと!!」


 ザンミアを壁に指を差す黒髪の生徒はにやけながら口元を押えていた。

 勝手に盛り上がる二人にザンミアは不満げな表情を浮かべることもなく、笑顔を向ける。


「ごめん、用事があるんだ。休みに遊ぶことは難しいかも」


 彼の答えに茶髪の生徒は俯き


「そ、そうだよね。ごめんね急に」


 落ち込む姿勢を見せるが、気を遣わせないようにと作り笑いで気持ちを振り切った。


「あ、でも」


 ザンミアは本を机に置き、彼女の頭を撫で


「休み時間とかなら暇だから話し掛けてくれると嬉しいかな」

「……うん!! ありがとう!!! 毎時間来るね!!」

「毎時間はさすがに……ははっ」


 三人は他愛もない会話を繰り広げた後、ザンミアだけ残して図書室から出て行った。


「さてと……」


 ザンミアは置いた本を手に取り、読書を再開する。

 周りには誰もおらず、ページを捲る音だけが小さく響いていた。

 夕日が窓から差し込み、彼の肩をオレンジ色に染める。

 時計の針が刻む中、扉を開く音が耳に入った。


「またここにいるのね。ザンミア」


 シークは扉を閉め、彼の前の席に腰を掛けた。

 

「いつも思うんだけどそれ何の本なの?」

「解剖学だよ。色々調べたいことがあって」


 ザンミアは本に視線を固定し、彼女に口を開く。

 夕日は動き、壁を作るように二人の合間に刺し込んだ。


「解剖? また特殊な物調べてるわね……」


 シークは変わった彼の性格にも慣れ、いつものように接する。

 彼の笑顔にどこか引っかかるのは否定出来ないが、それが悪い事に繋っていないなら文句を言う必要もない。


「シークも調べてみるといいよ。人の仕組みは興味深い。感情によって分泌されるホルモンも多いし、いかに健康的な食事が大事か分かるよ」

「そ、そうなんだ……今度調べてみるわ……」


 シークは両手で頬杖をつきながら彼の顔を見つめる。

 静寂とした時間が再来し、どこか懐かしい気分にもなる。

 

「ねえ、ザンミア」

「ん?」

「今更だけど、お母さん残念だったわね……」


 その瞬間、彼はページを捲る動作をピタリと中断した。


「……そうだね。残念だったよ」


 彼は真面目な顔つきになり、窓に視線を向けながら


「でも気付いたんだ。お母さんのお蔭で、大事なことが分かったんだ」

「大事なこと?」


 シークも釣られるように彼と同じ窓を見つめる。

 夕日が微妙に映り、白い雲が泳いでいた。


「今までずっと眠っているようだった。でも、今回の件で目が覚めたんだ」


 ザンミアは本を閉じ、机に置いた後に彼女の目を見つめてきた。

 

「シーク、僕やっと分かったよ」


 彼は立ち上がり、夕日の壁に顔を突っ込む。

 近付く彼の顔に鼓動が加速するも、シークは硬直した状態で目を合わせた。


「な、何が分かったの?」


 戸惑いを見せる彼女の頬にザンミアは手を置いた。


「ちょっ……」


 急な行動に驚くも、彼の温もりを感じた瞬間に拒絶するという選択肢が頭から消える。

 親指が鼻の横を擽り、彼の眼に映る自分をただ眺めていた。


「シーク。僕は――」


 彼が口を開く。

 まさかと思い、彼女は目を瞑るも心のどこかは期待してない。

 彼の性格上、想像した通りの言の葉を贈ることはありえない。

 またどうせおかしなことを言うのかと思い、耳をすませた。

 そして彼は夕日に照らされながら


「僕は――君が好きだ」

「…………へっ?」


 シークは素早く目を開け、彼の顔を確認する。

 そこには自分と数ミリの距離まで近づいてくる彼の姿があった。


「ザンミ――っ!!」


 彼は彼女の言葉を塞ぐようにして頬を包んだまま唇を重ねた。

 シークは彼の肩を掴んで離そうとしたが、唇に感じる彼の温もりに心奪われその手を離した。

 一秒一秒とその甘い時間は流れ、ザンミアは唇を彼女から遠ざける。


「……ごめん、急に」

「もう一度……」

「え……?」

「もう一度……キスして……」

「……」


 シークは涙を目に浮かべながら儚い表情で彼の腕を掴む。

 なぜ自分なのかというのはどうでも良かった。

 あんなに恋に対して無頓着な彼がなぜキスをしてきたのかというのもどうでもいい。

 ただ、彼から伝わる温もりをこの口で感じていたい。

 高ぶる想いに身を任せたまま彼女は目を瞑る。


「シーク……」


 ザンミアは応えるように紅潮した彼女の顔に体を近付け、再び唇を重ねた。

 シークは涙を流しながら彼の肩を抱き、しかりとこの幸せな一時を過ごした。

 数十秒程唇を交わし、惜しく思いながら彼女は顔を遠ざける。


「私も……ザンミアが好き……」

「……ありがとう」


 二人は体を寄せ合い、肩を抱きしめ合った。

 横に置かれる彼の頭に首を傾げ、身も心も捧げるように側頭部を置く。

 涙を流しながらも嬉しげな表情を浮かべ、彼から漂う香りを堪能する。


 ザンミアは彼女の頭の体重を支え、離さないように強く抱きしめる。

 それと同時ににやける口を抑えながら彼は奥を見つめていた。

 目は鋭く光り、上手くいったと言わんばかりの表情を必死に堪える。

 彼の中に眠る歪んだ蕾は少しずつ花を咲かそうとしていた。

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