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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
二章 無法の王は過去を見る
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第五話 王は死体と出会う

 ザンミアは話を中断され、すぐ家に戻された。

 日は変わらず雲から顔を覗かせるが、家の中は緊迫感によって黒い雲が掛かっている。

 

「お父さん。お母さんが亡くなったって……」


 家の玄関には何人かの騎士と父親が涙を流してその場で話をしていた。

 騎士の数はざっと六人程度。他にも父親の関係者や母親の友人が涙を流してそこらに座り込んでいる。


「君がザンミア君だね? 急な知らせで混乱してるだろうが二時間ほど前、君の母さんが自宅で亡くなったそうだ。原因は心臓発作らしいが詳しいことは分かってない」


 一人の騎士がこちらに来て説明をする。

 白い正装をした騎士はいわゆる警察。

 他にも様々な関係者がいたが、ザンミアにはほとんど見えていなかった。


「ザンミア!! すまない……私はどうも出来なかった……」


 父親は涙を零し、その場に座り込んだ。

 騎士は彼の肩を持ち、気を遣うがかなり精神が参っているのか顔が異常に老け込んでいた。


「お母さんは?」

「君のお母さんは部屋で寝かせてるよ。こっちだ」


 騎士は彼を部屋に誘導し、母親の遺体の前に立った。


「お母さん……」

 

 母親は体全てを覆う布で隠され、静かに眠っている。


「突然な出来事でつらいだろうが、彼女も君の顔を見たがってるはずだ。ちゃんとお母さんの顔を見届けてあげるんだ」


 そう言って騎士は部屋に出て、ザンミアと母親を残して行った。


「お母さん……」


 目の前にいる布で隠されているのは自分の母親。

 どこか信じられない感覚に陥り、彼の中の心は無と化していた。

 長時間見つめてもピクリとも動く気配を見せず、その遺体は横になっている。

 ザンミアはふと、騎士の言葉を思い出し顔を見るために布に手を掛けることにした。


「…………」


 ゆっくりと布に手を掛け、頭の方から捲っていく。

 彼女の綺麗な黒い髪が見え、次第に額が布から覗かせる。

 額を過ぎると今度は閉じた目が視界に入り、そのまま鼻に突入。

 気付けば顔の六割方は布から晒され、次に口と顎を過ぎた。

 

 そして、顔の全ての布を捲り、実の母親の亡くなった顔が明らかになる。


「…………これは」


 そして、彼はあることに気が付いた。

 彼女の静かに眠る顔を見つめ、次第に瞳が全て開いていく。

 

「…………これは」


 彼は自分の胸を抑えた。

 届かぬ心臓を掴むようにして強く握りしめる。

 そして、彼が母親の遺体を見て一言呟く。



「――――綺麗だ……」



 ザンミアは、彼女の遺体を見て思ったのだ。

 美しい。と。

 具体的な表現は出来ないが、目の前にいる遺体を見てると心臓の鼓動が速くなる。

 苦しい。

 胸が高鳴る。

 まるで今まで見たことのない景色を見てるように。

 儚く、どこか息をしているようでしていない。

 これほどまで綺麗な物は見たことがない。

 

 彼は遺体の前であろうことか笑っていた。

 本来悲しき顔を見せたくなくとも堪えきれない涙を見せる場面で笑顔を見せた。

 目は完璧に開き、口を釣り上げ不気味に。

 今まで笑ったこともない彼が最初に見せた笑顔は母親の遺体の前。

 堪えられなかった。

 この高ぶる思いを顔に表現しないことが不可能だった。

 

 なぜみんな泣いている?

 こんなにも綺麗だというのに皆なぜ泣いている?

 まさか感動してるのか?

 それならば納得出来るが、見た感じだとそこに微塵の喜びはない。

 理解し難い。

 父親の涙が理解し難い。

 母親が死んでまでもこんな綺麗な顔をしているのに泣くなど失礼極まりない。

 

 彼は虜になっていた。

 紅の瞳に映る遺体をしかりと焼き付け、心まで虜になっていたのだ。


「お母さん……」


 彼は興奮を胸に手を伸ばす。

 ゆっくりと彼女の頬を触ろうとした。

 一体どんな感触か知りたかったのだ。


 シークの顔に触れた時もどこか変な感覚ではあった。

 あの顔の柔らかさはどこか胸が少しながら高まっていた。

 初めて守ってみたいと思う物に出会えた気がした。


 だが。だがしかし。

 目の前にあるものはそんなものじゃない。

 全てを捧げてもいいと思えるほどに美しい。

 この美しいものを見れるなら犯罪をしてもかまわない。


 ザンミアがあと数ミリで遺体に触れようとした時。


「ザンミア……」


 後ろから父親の声がした。


「お父さん……」

 

 彼は声が耳に入った瞬間に手を引き、膝の上に置いた。


「なあ、綺麗だろ……もうこれが二度と起き上がってくれないなんて……」

 

 ああ、綺麗だ。

 物凄く綺麗だ。


「母さんはな、お前の笑った顔が見てみたいとずっと私に言ってきてたんだ……」


 ならその願いは叶った。

 こんなに最高の笑顔を彼女の前で披露できた。

 むしろこちらが感謝したいくらいだ。


「母さんはお前に色んな物を見て欲しいと言っていた。色んな綺麗な景色を見て欲しいと言っていた」


 それならたった今見ている。

 これ以上ないくらいの綺麗なものを現在進行形で見ている。


「ザンミア……母さんの顔。しっかり目に焼き付けるんだぞ……」


 言われずとも焼き付ける。

 目が腐ってもこの目に焼き付ける。

 というより一生見ても飽きないくらいだ。


「分かったよ……お父さん」


 彼は母の遺体をしかりと見つめていた。

 父親は泣きながら勇ましい彼の姿を横目で見ていた。


「…………!!」


 ただ、ただひとつ。

 彼の虹彩が異常なまでに開いている部分を除けば。

 カラカラに乾燥した眼球で見つめる彼の姿はどこか――気持ちが悪い。


――――


 二日後。

 この日は生憎の雨で、人々の涙を表現するかのように降り注いでいた。


「天よ。この迷えるものを氏へと導き、地に眠れどその魂までは朽ちることなく――」


 神父が墓の前で聖書を読み、その周りには傘を持った人々が多く集まっていた。

 ザンミアも含め全員が黒い装束を纏い、涙を啜りながら一人の棺桶を見つめる。

 そこにはシークも参加しており、入学前日の件もあってか親同士で仲が良かったそうだ。

 この時の彼女は髪を結ばずに全て流した状態でいる。

 もちろん彼女の母親も装束を着て、涙を流していた。


「アリス・コールネクトス。ここに眠らんとする。アーメン」


 神父は聖書を読み終え、それと同時に棺桶を土に埋めるように指示を出した。


「それでは埋葬いたします。一人一人花を中に。まずはご家族から」


 父親とザンミアは棺桶の前に立ち、父親から手向けの花を胸に置いた。


「……母さん……アリス……俺はお前と会えて幸せだった。子供にも恵まれ、こうして暮らせて……ありがとう……本当にありがとう……。向こうで私たちの事見守っててくれ……俺もいつかそっちに来たらその時は色々教えてくれ……。愛してるっ……心の底から愛してるっ!!」


 父親は強く囁きながら涙を流し、手向けの花を贈った。

 父親の言葉で更に涙を流す者が増える。

 そして次がザンミアの番。


 彼は彼女の亡骸を見つめながら高ぶる鼓動を押え、花を贈る。


「お母さん、ありがとう。産んでくれた事に心から感謝します。そしてこれからは安らかに眠って下さい。いつも、僕はあなたのこと忘れません。愛しています」


 優しく微笑み掛ける彼の姿は、傍から見ればここまで立派な息子はいないと言った感じだ。

 しかし、彼の言葉の意味は歪んでいる。

 産んでくれたのに感謝しているのはこんな綺麗なものに出会えたから。

 忘れないというのは母親のことではなく母親の亡くなった今の顔。

 愛しているのも、実の母の亡骸。


 完璧までの言葉を贈り、彼は棺桶の横に立った。

 

 その後、彼女の友人や知人が手向けの花と別れの言葉を贈った。


「おばさん……ぐすっ……あの時無理に縋ってごめんなさい……でも会えて良かったです……ううっ……ザンミアは私に任せて……ぐすん……下さい……大好きです……うううっ……」


 シークも涙と鼻水を顔中に散らかし、手向けを終える。


「それでは、埋葬致します」


 棺桶は掘られた穴に埋められ、少しずつ土を上に被せていく。


「アリスさん!!」

「母さん!!」

「おばしゃん……!!」


 埋もれていく彼女を拒むように涙を流しながら名前をみなが叫んでいた。

 しかし、ザンミアだけは無表情でその作業を眺めている。


「……ううっ……おばしゃん……」


 シークは止まらぬ涙を拭いつつもしかりとその光景を見ていた。

 そしてふと、顔を上げザンミアの様子を伺った。


「……ザン……ミア?」


 そこにあったのは、涙を流すこともなければ笑うこともない彼の姿。

 その時の彼を見た時、彼女の中で初めての感情が生まれる。


「……いない……」

「……え?」

「……ったいない……」

「…………ザンミア?」

 

 雨の音でよく聞き取れず、もう一度耳を澄ます。

 すると


「――――もったいない……」


 モッタイナイ?

 

「今何て……」

「もったいない……死体を土に埋めるなんて……もったいない……」


 思考が停止する。

 一気に涙が消し飛ぶ。

 そこまで母親との別れが惜しいと言うなら分からないでもない。 

 だが、彼の発している言葉にはそう言った感情が伝わってこないのだ。


「……ザンミア……」


 彼女は彼の顔を見て初めて、不気味だと思った。

 親指の爪を必要以上に歯で噛み続け、埋まっていく棺桶を異常なまでに睨んでいる。

 別れを惜しむと言うより、あの棺桶を埋めるのが惜しいと思っている感覚。

 この雨と涙が渦巻く中、彼だけは憎たらしさを滲みだしていた。


 こうして、彼は愛する遺体との別れを遂げたのだった。


――――


 その日の深夜。 

 未だに鳴り止まぬ雨の中、一つの墓の前に立つ人物。

 

「お母さん、今助けるからね」


 ザンミアはスコップを持って墓の前に立っていた。

 雨に打たれながらも気にすることなく全身をビショビショにしながら佇む。


 彼は何も躊躇うことなく土を掘り出し、掻き分けていく。

 辺りは暗く、人は誰もいない。

 他の墓も佇む中、彼はその作業に集中していた。


 掘った土は適当に投げ、知らない人の墓に掛かることもあった。

 しかし、今の彼に気遣いというものは皆無に等しい。

 この下に眠る財宝に心を飲まれ、欲がままに掘り続けた。


 外は肌寒く白い息が目立つ。

 更に雨のせいで体は異常に冷え、指はその寒さで震えている。

 そんなことおかまいなしに土を掘り続け、数十分が経った。


「あった……棺桶だ……この中に……」


 彼はスコップを乱暴に投げ、残りの僅かな土を凍えた手で掻き分けていく。

 

「ふんっ……!!」


 大きな棺桶の蓋を一人でに持ち上げる。

 その時、天が彼の行動に怒りを表すようにして雷を光らせていた。

 轟音が響く中、彼はその光を頼りに彼女の顔を確認した。


「あぁ……綺麗だ……なんて美しいんだ……こんな美しいものを埋めるなんて考えられない……」


 彼は雷に照らされながら、少しずつ遺体に顔を近付ける。

 そして、ゆっくりと手を伸ばし母親の顔を両手で包んだ。


「……ああ」


 声が漏れ出る。


「あああああ!!!!!」


 声が荒げる。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! これだぁ!!! この感覚だ!!! 僕はこれに会いたかったんだ!! この冷たく僅かな弾力のあって物でもない人でもないこの感触を味わいたかったんだ!! 生きてる!! 僕確かに生きてるよ!!! はは……ははははっ……あははははははははっはっはははは!!!!! 最高の気分だ!!! これが生きるという事なんだね!? 嬉しいてこの事なんだね!? 今までの人生がクソに思えるくらいだ!! これに触れていられるなら僕は何でもしてやる!! 何が法律だ!! 何が秩序だ!! そんなものくだらない!! これに触れていられるなら僕は何でも出来るぞ!! あああ!! 神よ!! 感謝致します!! 僕にこんな嬉しいものを授けていただき心から感謝致します!! あぁぁめん!! あぁぁぁぁぁぁぁめん!!!! はははははっはははっは!!!!!」


 彼は死体の顔を包みながら天に向かって叫んだ。

 目や口に雨が侵入しようとも。

 雷の光を直視しようとも。

 彼は満面の笑みを浮かべながら神に感謝を述べていた。


 ――雨はその後鳴り止むことなく振り続け、墓に現る悪魔の笑い声を掻き消すように轟音が響き渡った。

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