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今話もよろしくお願いします。

 ホテルのレストランへと向かえば、朝食はバイキング形式だった。



 朝食でも相変わらず肉だらけ、骨だらけ。他の宿泊客が骨を山盛りにして席に着く姿、おもしろいなあ。大型犬はゴツくてデカい骨をそのまま、小型犬は細かく小さく砕かれた骨を前に尻尾を振り回している。うん、口の大きさが違うもんね。微笑ましい朝食の風景に顔を緩ませる。

 アルフ君からお皿を受け取り、一緒に並んで料理を取る。鹿とか、熊とか、猪とか、見慣れない肉がたくさんあった。牛とか豚とか鳥もいろんな品種があって、つい調子に乗っていろいろ取ってしまった。やっぱりバイキングってたくさん取っちゃうよね、それもまた楽しいんだけど。いつもそうだった。うん、前から、いつも、そうだった。前から……。そう、日本に、いた頃から……。


「なつめ」


 はっとして顔を上げると、アルフ君が蕩けるような笑みを浮かべてあたしの顔を覗き込んでいる。イケメンフェイスが、ま、間近に……ッ!


「向こうの席、空いてるよ」


 どうやらあたしは途中で立ち止まっていたらしい。慌てて歩きだせば、大丈夫だよ、と甘い囁き声が頭上から聞こえる。ひええ、耳がムズムズする。さりげなく腰に手を添えたアルフ君に促されるままにテーブル席へとゆっくり進む。いつの間にこんなレディーファーストな、紳士な対応ができるようになっちゃったの……!

 アルフ君が引いてくれた椅子におずおずと座れば、今度は飲み物を取りに行ってくれる。ああもう、見た目も中身も超イケメン。寝てる間に中身変わったんじゃないの? 昨日は犬だったのに。昨日……。



 待って。なつめ、気づきなさい。あたし、おかしいよ。


 どうすれば昨日まで4本足で歩いていた犬が寝て起きれば人間みたいになって2本足で歩くようになるの。

 こんなのありえない。

 そしてデレデレしてる場合じゃない。

 あたし、こんなところで何してんの?

 あたしはこんなことがしたかったの?

 昨日初めてこの国に来た。

 そう、いつの間にかここに来た。

 どうやって来たっけ。

 いや、それよりも、あたしの目的は?

 どうして今こうなってる?

 何があった?

 思い出せ、あたしの脳みそ、お願い、早く。

 どうしてこんなに頭の回転が遅いの。早く、早く、早く。



 まるで靄がかかったかのように思い出せない。うんうん唸っていると目の前に水の入ったコップが置かれた。


「どうしたの、なつめ、変な顔して」

「へ、変な顔って……。ちょっと、考え事してただけ」

「ふうん、そっか」


 ああ、正面に、笑顔の、アルフ君。だめ、見ちゃだめ、また、思考が、無理矢理……。肘を立てて組んだ手の上に顎を乗せて、首を傾げてあたしをまじまじと見ている。視線が逸らせない。細められる目に、揺れる長いまつ毛に、ゆっくり動く瞳に、組み替えられる指に、アルフ君の些細な動き一つ一つから、目が離せない。ムズムズする。アルフ君がにっと笑って、口から鋭い犬歯が覗く。ああ……、最高か。


「食べよっか」


 うん、と頷いてフォークを手に取る。アルフ君もフォークを手に取って、肉に器用に突き刺している。周りを見れば肉球でフォークが握れず犬食いをしている人、いや犬もいるし、そもそも4本足でテーブル席に着けず、そのまんま犬食いをしている犬もいる。人に近い犬と、ほぼほぼ犬の人、いや、犬、が同席していたり、あ、料理を鷲掴みにして怒られてる。可愛い。


「なつめ」


 正面を向けば、アルフ君が笑顔であたしを見つめている。その輝くイケメンフェイスをあまり見せないで、失明しちゃう! 急いで口の中の物を飲み込む。


「ん、なあに?」

「今日は街の中を回ろうと思うんだけど、いいかな」

「うん、いいよ」


 あたしはこの街のことを何も知らない。聞かれても否定するだけの何かがある訳じゃないし、こちらから提案だってできない。アルフ君の提案に対して深く考えることもなく即答してしまい、2人の間に沈黙が降りる。

 あ、気まずい。もう少し何か言った方が良かったかな。じっとあたしを見ているアルフ君の視線から逃れるように朝食に視線を落とそうとしたところで、アルフ君がすっと腕を伸ばしてくる。な、なんだ?!


「動かないで」


 その言葉に体が一瞬で固まる。伸びてくる腕はゆっくりとあたしの頬へと向かい、す、と指でなぞられる。真面目な顔をしていたアルフ君の顔がふ、と緩められ、あたしの体からも力が抜ける。何だったのかと視線で問えば、アルフ君が親指を舐めてニヤリと笑った。


「ソース、ついてた」


 は、は、はああ、あああ、はっ、はっずかしいぃぃ……。




 ○●




 学校では次第にあたしと彼が別れたことが広まっていった。



 彼の周りには次の彼女の座を狙った女子の姿がよく見られるようになった。彼があたしへの思いを断ち切れていないと知ると、彼を解放しろ、とめちゃくちゃな要求をしてくる女子も現れた。だったらその解放とやらの方法を教えてくれ、とは言えなかった。


 彼があたしに接触しようとしても周りを女子に囲まれて動けないみたいだし、あたしから彼に接触することもない。彼の宣言虚しく、特に何も起こらず、至って普通に過ごしていた。

 そのうち彼へアタックしている女子に彼の情報を与えたり、相談に乗ったりと、応援する立場になっていた。あたしより可愛くてズル賢いこの子は、あたしにとってどんな運命の人なんだろう。そう思うと、犬を飼ってない子とも仲良くなれた。



 そのまま彼とは何事もなく夏休みを迎えた。あたしのペットショップ通いは夏休みに入っても毎日のように続いている。

 夏のじりじりとした日差しに対抗するために、日焼け止めを塗りたくる。といっても顔だけだ。薄手の長袖カーディガンにストッキングに日傘、全てUV対策グッズで全身完全防備。どうも日焼け止めのあのべたべた感が好きになれず、別のもので代用してしまう。

 だいたい、いくら日焼け止めを塗っても汗で落ちてしまうし、日焼け止めだけに頼ってしまうとその消費量が馬鹿にならない。この方が経済的だ、なんて心の中で言い訳をしつつ、今日も素肌を隠して家を出る。


 朝からショッピングモールへ行き、夏休みの課題をカフェで消化し、昼からシェルティをもふもふして夕方に帰る、というのが夏休みの日課になっていた。いろんな友達の家の、いろんな犬をもふりに行ったけど、ここのシェルティが1番あたしの好みだった。

 今日も周りに人がいない時を狙ってシェルティに近寄る。もうあたしのこと覚えてくれてるかな。でも誰にでもこの態度をとってそうだよね。ちょっとさみしいな。


「やっほ、元気?」


 いつもならしゃがみ込んでサークルの隙間から手を入れるけど、その日はなんとなく、サークルに前足を乗せて立ち上がるシェルティをそのまま撫で回した。今日も尻尾が暴れまわっている。


「ふふっ、暑いけど元気そうだ、ね、え?」


 それで。



 それから、どうなった?

ありがとうございました。

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