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今話もよろしくお願いします。

 オレンジ色に染まった街並みを歩いてホテルを探した。



 探すといっても、すぐにホテルは見つかった。というか、アルフ君が案内してくれた。ホテルのフロントに走り寄るアルフ君を見て、お金が無いのに泊まれるのか、もしかして無銭宿泊で今度こそ捕まるのかと再び固まった。ところが、どうやらネックレスのおかげで無料で泊まれるらしい。なんて不法入国者に優しい国なんだ……。

 アルフ君はシングルルーム2部屋にしようとしていたけど、ヒトとイヌでそんなに気遣う必要は無いでしょ、いくら無料だからって無駄遣いは許しません、というあたしの説得、いやゴリ押しでダブルルーム1部屋にした。下心は、無い。


 部屋はビジネスホテルのようなシンプルさだったけど、動物性タンパク質が過剰ではあるものの美味しい夕食、温かいお風呂、清潔なパジャマ、ふかふかのベッドという素晴らしい文化水準のおかげで、かなりリラックスできた。恥ずかしがって嫌がるアルフ君も洗って、乾かして、大きなダブルベッドにダイブすれば、すぐに睡魔が訪れる。アルフ君をベッドに入れて夢のもふもふ就寝も叶え、最高に幸せな1日の終わりを迎えた。



 そう、もふもふ就寝をした。このために部屋を……、なんて、とてもすごくかなり超めちゃくちゃスーパー冗談だけど、意識を手放す直前までもふもふした。シャンプーとアルフ君の香りを胸いっぱいに取り込んで、すごく楽しい夢も見た気がする。

 なのに。

 目が覚めたら、イケメンの人、いや、犬がいた。


 アルフ君をもふもふして寝てたはず。おかしい。どうしてイケメンに抱きしめられているの。あ、ふわふわしてる。おお、毛が、すごい、もふもふ。いや、よく見ればこの毛色、アルフ君と同じか。髪の色、わ、茶と黒と白の3色って、え、アルフ君と同じ。やっぱりイケメンの犬だ。わあ。もふもふ。

 ふふ、と笑い声が頭上で聞こえ、見上げれば、寝起きのイケメンがいた。アルフ君なのだろうか。いや、アルフ君以外ありえないけど。それにしてもイケメン。だいぶ人間の骨格に近づいたなあ。あともう少しで昨日の受付メスと同じぐらいかなあ。


「おはよう、なつめちゃん」

「あ、おはよ、えっと、アルフ君……?」


 にこにこ笑顔のイケメン、おそらくアルフ君に見つめられる。ベッドがばふばふ言ってる。このベッド、なんでこんなにうるさいんだ? 起き上がると、イケメンの腰あたりが激しく動いている。ああ、なるほど、尻尾だ。

 ちょっと待って、なんで自然と受け入れてんの。この状況、おかしいよ。納得しちゃだめよ、あたし。いくらアルフ君がイケメンになったからって、いや、それがおかしいの。どうしてイケメンになってるの?


「着替えて朝食食べなきゃね」


 アルフ君が起き上がる。あ、ちょっと、いくら犬でも、全身が毛で覆われてても、待って、人間の骨格で、一糸纏わぬ姿は、やだ、刺激強すぎ……ッ!

 じゃないよ! ああもう、いくら寝起きだからって、これはさすがに思考がまとまらなすぎでしょ。もう、さっさと着替えなきゃ。



 昨日の服をもう一度着ないといけないかと思ったら、まさかのルームサービスの1つとして洋服一式がもらえた。腰に穴の開いたスカートを見てなんじゃこりゃと思ったけど、しっぽ用に必要だもんね。

 アルフ君も洋服一式をもらって着ている。白黒ボーダーの七分袖カットソーに、デニムパンツにスニーカーというシンプルなコーディネート。わあ、イケメンが映えるなあ。見蕩れていると、苦笑したアルフ君に手を引かれて部屋から出た。

 5本指、ということは、手を、繋げる……?! やだ、またあたし変なこと考えてる! 今から朝食、ホテルのレストランだよ、周りの目を気にして恥ずかしくない行動しなきゃいけないのよ。ほら、真面目な顔して、変なこと考えないように気をつけないと。




 ○●




 彼と別れた翌日の学校は、彼とあたしが別れたという噂で持ち切り……、なんてことにはなってなかった。



 こういうときはどこかから話が漏れるんじゃないの、とは思ったけど、考えてみれば放課後2人っきりで話したし、2人のうちどちらかが言わなければ、別れ話が漏れるはずがない。それが普通だ。少女マンガの読み過ぎかな。


 あまり積極的に持ち出したくない話題ではあるけど、一番仲が良い友達にだけは正直に伝えた。驚いていたようだったけど、きっとそういう運命だったんだよ、運命の別れる人だったの、なんてフォローなのかよく分からない言葉をもらった。また詳しく話すから、と言って席に戻り、朝のホームルームを受ける。



 昼休みを迎え、話を聞かれないように友達と中庭へ向かう途中で、彼とばったり会ってしまった。あたしは目を合わせないようにしていたけど、友達は隣で慌てているようだった。彼はあたしの方を向いて口を開いた。


「俺、諦めてないから。絶対に、また惚れさせてみせるから」


 突然の発言に廊下がザワつく。口にはしていないが、彼がフラれたのだ、と周りが理解するには十分だった。あたしは何て言えばいいか分からなくて、無言で彼の横を通り過ぎた。

 彼は相変わらず濃厚な犬の気配を纏っていて、でもあたしの気持ちは冷めていて、あたしに惚れられたいなら犬にでもなってみなさいよ、と心の中で呟きながら、友達に何を話すか考えていた。


 中庭でお弁当を食べながら、友達には、彼が猫派であたしが犬派、しかも猫嫌いなのにそれが言い出せなくて冷めた、でも運命の別れる人って言葉がしっくりきた、と言った。友達は笑いながら、変な理由、でも次は犬派の人を見つけなきゃね、と言ってくれて、ほっとした。

 すごくくだらない理由で別れたことになるから、呆れられたり怒られたりするかと思ったのに、全くそんなことはなかった。呆れないか、ムカつかないかと聞いてみても、恋ってそんなもんでしょ、いや、愛か、と笑っていた。おかげで気分がすっと楽になった。犬を飼ってる人に悪い人はいないって本当だよね。



 その日の帰りもペットショップに寄った。シェルティの周りには家族連れがいた。とりあえずショーケースの中で眠る子犬達をゆっくりと見て、最後に柴犬の気を引こうとあれこれしているときに、シェルティの周りにいた家族連れが帰るのが見えた。

 いつか必ずお前の尻尾を振らせてみせる、と心の中で柴犬に負け惜しみを言ってからシェルティに近づく。すぐにあたしに気づいたシェルティが、サークルに前足をひっかけて、尻尾をぶんぶんと暴れさせ、ぴょんぴょんと跳ね始める。最高か。

 しゃがみ込んでサークルの隙間から手を伸ばしてシェルティを撫で回し、周りに人がいないのを確かめてから報告した。


「運命の別れる人、だったんだって」


 お腹を見せて尻尾を振り回す姿を撫で回しながら顔が緩む。きみ、男の子だったんだ。あたしの理想のイケメンね。


「ふふっ、運命かと思うとスッキリした。不思議だよね」


 体を起こし、尻尾をゆっくりと振って、わふ、わふ、と言っている。ふわふわの毛を手で梳く。


「きみはあたしの運命の犬かな? なんてね」


 シェルティが立ち上がったかと思うと近寄ってくる。途中でサークルに顔が引っかかり、不細工な顔になる。思わず笑ってしまった。


「あたしの理想のイケメンが崩れるからやめなさい」


 しばらくシェルティが顔を突っ込み、あたしが押し返す、という謎の攻防を繰り広げていると、いつの間にか子供が真横からじっと見ていた。全く気配を感じなかったので、その姿に驚いて心臓が飛び跳ねた。夢中になりすぎて気づいていなかったことを恥ずかしく思い、またね、とシェルティに言ってから立ち上がり、そそくさと店を後にした。

ありがとうございました。

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