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今話もよろしくお願いします。
待合所でその後もニュースを見続けた。
ニュースが終わると、グルメ番組が始まった。数々の有名店で提供されている肉や骨がオスリポーターによって紹介されている。骨をバリバリ噛み砕きながらすごく柔らかいだとか、口の中に残らないだとか、さっぱりした味だとか、犬視点の評価を笑いを堪えながら見ていると、袖を引かれた。
「なつめちゃん、呼ばれたよ?」
「あっ、ごめん、テレビに夢中になってた……。行こっか」
先導するアルフ君について行きながら、ふと、これから何をするのだろう、という今更な疑問が湧いた。アルフ君に全て任せておいていいのだろうか? 犬耳お兄さんからのアドバイス通りに事情を話す程度なら、大丈夫な気はするけど、アルフ君、犬だし……。いや、ここでは犬が当たり前なんだけど。
待って、犬が当たり前なのに、人間のあたしって……。かなり、異端、だよね。なんていうか、不法侵入、じゃないな、不法入国? というか住所不定無職じゃん。こんな公的機関に来たら捕まるんじゃないの? 急に不安になってきた……。
「お待たせしました、本日はどのようなご用件でしょうか」
「僕達、今日初めてこっちに来ました!」
アルフ君がそこまで毛深くない、人間の骨格に近い受付メスに堂々と不法入国宣言をする。ちょ、心の準備が……。手に汗かいてきた。受付メスを緊張のあまりガン見して固まっていると、目が合った受付メスがにっこりと微笑んで少々お待ちください、とカウンターから離れて奥へと移動する。
通報されてるんじゃ……。アルフ君は器用に2本足で立って前足を綺麗に揃えてカウンターに置いている。あたしの視線に気づいてわふわふ言いながら笑顔で尻尾を振っている。最高か。いや、そうじゃなくて。
「お待たせしました。こちらの資料に必要事項をご記入した後に提出していただけますか?」
あ、はい、と反射的に資料を受け取る。受付メスの顔をまじまじと見るも、完璧な営業スマイルを返されるだけだ。いいのか……? 捕まえなくても、いや、もしや、この資料とやらは時間稼ぎ……?
さっさとカウンターから離れたアルフ君を追って中央のテーブルへと移動する。アルフ君はペンを持てないので代わりにあたしが全て書くことになる。というかボールペン、あるんだ。
どうやらこの資料は入国手続きを行うためのものらしい。水際どころか国のど真ん中で手続きをさせるだなんて……。名前、性別、生年月日、種、毛色、連絡先、入国日……。住所不定無職の不法入国者でも困らないような内容、というか記入が任意の項目も多く、やろうと思えば名前だけでもよさそうだ。
ねえ、この国、治安、大丈夫? というか、国なんだ。
あたしの親指とアルフ君の肉球の拇印が押され、アルフ君とも内容を確認し、記入が終わった資料を見る。肉球、か……。うん、笑うところじゃ、ないんだけど……ッ。
再び順番を待ち、受付メスに証明写真、というか顔認証だろうか、カメラを向けられて入国の手続きが終わった。臨時の身分証明書、ということでプレートを通したネックレスをもらい、捕まることなく再び外に出ることができた。もらったプレートはICチップ内蔵というハイテク仕様で、プレートと言っても1cm程度の大きさ。何も知らなければオシャレなネックレスで通用しそう。
「今晩泊まるところ、探そっか」
アルフ君が夕日に照らされ、イケメンフェイスに陰を落としたアンニュイな笑みを浮かべてこちらを見ている……ッ。今日したことは多くないけど、待ち時間がとにかく長かった。ずっとアルフ君に引っ張ってもらっていただけのあたしでも疲れているのに、ずっと明るく振る舞ってくれていたアルフ君が疲れるのもしかたがないよね。
本当にありがとう、アルフ君。
○●
彼に別れを告げたその後、教室から出て向かったのは、とあるペットショップ。
通学路の途中にあるショッピングモールにはペットショップが入っている。このペットショップは去年の今頃できたばかりで、オープン初日、ショッピングモールから出てくる人がみんなして僅かに犬の気配を纏っていたのが気になって、居ても立っても居られずに気配の元を探しまくった時に見つけた。
それからは、ほぼ毎日のようにこのペットショップに寄り道してから家に帰っていた。
あのペットショップに行くのはいったいいつぶりだろうか。彼と付き合ってからは一度も行ってないし、彼に猛アタックをしていたときも行っていなかったかもしれない。知っている子は1匹も残っていないだろうなあ、とぼんやり考えながら、濃厚な犬の気配を漂わせる区画へと足を向けた。
僅かに犬の気配を纏う人の波を抜けて、久しぶりのペットショップへと入った。そのまま犬コーナーへとまっすぐ向かい、子犬が入れられたショーケースの前に辿り着く。生後数ヵ月の子犬達が寝ていたり、自分を見ている人達を興味深げに見返している。
チワワ、トイプードル、マルチーズ、ダックスフンド……、やっぱり小型犬が人気だ。そのほとんどが生後数ヵ月のものばかりで、短い脚でよちよちと危なっかしく歩いている。可愛い。
一方で、生後1年になろうかというぐらいの柴犬がいる。他のペットショップでもよく見る光景な気がする。周りの子犬達のショーケースよりも一回り大きい、端っこのショーケースに入れられた柴犬。つまらなそうに体を伏せて、ちら、とこちらを見てすぐに興味を失ったかのように目を逸らす。
やっぱり中型犬や大型犬は不人気なんだろうなあ、と柴犬の頭をぼんやりと見ていると、ふと視界の端に人垣が映る。その奥には近くの高校の制服を来た女子達が固まっている。友達数人で来たのだろう、キャーキャー言う姿に何事かと興味を惹かれた周りの人が様子を窺い、小さな子供は一緒にキャーキャー言う側になっている。
気になるけど、さすがにあの中には入れないなあ。もう一度、ショーケースの子犬たちをゆっくりと順番に見てまわり、一往復して柴犬の元へ戻り、ぼんやりと耳の付け根を見ていた。犬を補給しに来たのに、どうも気分が盛り上がらない。
ふと先程の人垣が消えているのに気づき、そちらを見てみると、1メートルほどの高さのサークルで囲って作られたスペースの中央で、シェットランドシープドッグ、通称シェルティが寝転がっていた。ふわふわの長い毛が見える。あれだけ生えそろっているということは、生後数年は経ってそうだ。気になって近くまで寄ってみた。
サークルに手をかけると、シェルティはがばっと体を起こし、立ち上がってこちらへと向かってくる。なんてサービス精神に溢れた子なのだろう。このペットショップの看板犬というヤツなのだろうか。更に後ろ足で立ち上がってサークルに前足をかけて、舌をべろんと出している。わしゃわしゃと撫でまわす。尻尾が暴れ出す。最高だ。
やっぱり見るだけじゃなくて触らないと意味が無いよね。でも惜しいなあ、このサークルが無ければ思いっきり顔を押し付けて獣臭を堪能するというのに……。
しゃがみこんでサークルの隙間から手を伸ばして毛並を整えてあげていると、それに合わせてお座りをして、首を傾げてこちらを見ている優秀な看板犬に笑みを零してしまう。なんだ、その仕草は。どうしたの? ってセリフがぴったりだ。周りに人の気配は無いし、このまま相談でもしてみようか。
「フラれたんじゃなくて、フったんだけどなあ、落ち込んでんの、あたし。変なの」
シェルティはまだ首を傾げている。分かってないだろうなあ、とは思いつつ、誰かが聞いてくれる、というだけで何となく気が晴れてくる。まさかその相手が犬になるとは思っていなかったけど。
「どこかに人みたいな犬いないかなあ」
シェルティが尻尾を緩やかに振っている。わふ、わふ、と何かを言っている。
「ふふ、犬みたいな人、だよね。人と犬で恋愛はできないもんね」
遠くで小さな子供が、犬だ! と言っている声とバタバタとこちらへ走って来ている音が聞こえた。このままでは怪しいお姉さんになってしまうので、シェルティに、聞いてくれてありがとね、と告げて立ち上がり、家に帰ることにした。
ありがとうございました。