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今話もよろしくお願いします。

 街の周りは現代日本の風景じゃなかったのに、街は現代日本に近かった。



 最近よく見る、ぱぱぱっと組み立ててすぐに完成するような、似たような外見の一戸建てがいくつも並んでいるのは、まさに現代日本のとある住宅街の一風景だった。ただ、道路は土だったり石畳だったりと、見慣れた黒色のアスファルトはこの街にはないようだった。


 現代日本と明らかに違うのはすれ違う住人の姿だった。誰かが歩いている姿が見えて安心したのも束の間、その異様な姿に固まってしまった。おそらく女性なのだろう、レースやシフォンがあしらわれた真っ白な夏らしいワンピースから伸びるすらりとした手足は、その、すごく、毛深かかった。顔を見れば、なんか、犬、だった。

 予想外すぎる展開にシェルティがどんどん先に進んでいるのにも関わらずに立ち尽くしてしまった。えっと、鼻筋がしゅっとしてて、美人、ですね……? 犬種は何なんだろう、あ、いや、黒目が大きくて、くりっとしてて……。可愛い、です……?


「どうしたの? お腹空いた?」


 先に行っていたシェルティがあたしのところに戻って来て、尻尾をしゅんと下げて、心配そうな声音で話しかけてくれる。どうやらきみはあの光景に疑問を感じないんだね、そっか、うん、そっかあ……。

 何でもないよ、と言おうとしたところで、新たな住人が視界に入る。つい、そちらに視線を向けると、なんと、肌色が! 見慣れた肌色が見えて、目を見張ってしまう。今度は男性なのだろう、裾を捲りあげたクロップドパンツとサンダル、ポロシャツという動きやすそうな格好で、えっと、その、頭に、犬耳が、生えている。


 あれ、おかしいな、何だろう、犬耳カチューシャでもつけてるのかな。男の人なのに、チャーミングですね、ははは……? ああ、すごい、リアル、動いてる、へえ、すごーい……。


「ねえ、どうしちゃったの……?」

「あ、ごめんね、ちょっと、驚いてて」


 ああ、頬がぴくぴく引き攣っているのが分かる。シェルティが首を傾げて見上げている。やっぱり、きみは何も疑問に感じてないんだね。犬だからかな? 犬なら4本足でも2本足でも耳だけでもみんな犬なのかな? そういうことなのかな?


「おや?」


 綺麗な、上品なバリトンボイスが耳に届く。声の方を見れば、先程のカチューシャ……、いや、犬耳をピンと立てた茶髪の男性が、鼻をひくつかせながらあたしをまじまじと見ている。


「もしかして、初めてここに来たのかな?」

「そうだよ! 僕と一緒に来たんだよ! 初めてだよ!」

「そっか、そっか、なるほどね」


 シェルティと犬耳男性が会話をしている。突っ込みどころのありすぎる光景に、違和感しかない光景に、どう反応すればいいか分からない。うんうんと頷く犬耳男性の耳がぴくぴく動いている。シェルティの耳もぴくぴく動いている。2人、いや2匹? がパタパタと忙しなく尻尾を振っている。あたしの幻聴と幻覚はどこまで本格的なんだろう……。


「お嬢さん、初めてなら驚くことばかりでしょう」

「えっ、あ、そう、ですね……」


 突然話しかけられ、どぎまぎしながら答える。視線が一瞬だけ犬耳と、そこにあるであろう、体で隠れている尻尾へと向いてしまったのがバレたかもしれない。犬耳男性は気づいていないのか、それとも気づいたうえであえて気づいていないふりをしてくれているのか、にこにこしながら一度大きく頷く。


「ふふ、まずはこの通りをまっすぐ行ったところにある、大きな建物で事情を話すといいですよ」

「え、はあ」

「心配しなくても彼が連れて行ってくれますよ、ね?」

「もちろん! 最初からそのつもりだもーん!」


 シェルティが尻尾を振ってあたしの脚にまとわりつく。ああ、脚がもふもふされる。最高か。もふもふに気を取られていると、それじゃあ楽しんでいってね、と犬耳男性が離れていった。親切な人、いや、犬? だったのに、別れのあいさつをし損ねた。ごめんなさい、ありがとう、犬耳お兄さん……?




 ○●




 彼と付き合い始めてすぐのこと。



 偶然彼のスマホのロック画面を見たら猫が映っていた。ん? と思ったけどあまり気にしていなかった。

 次の日、彼のスマホのロック画面は変わっていた。といっても同じ猫なんだけど、昨日とは違うポーズだった。次の日も、その次の日も、ロック画面には日替わりで同じ猫が違うポーズで映っていた。さすがに気になり始めた頃、放課後に彼の教室へ向かっていた時にその理由を知った。


「そういえば今日のなっちゃん見てねーわ」


 彼の友人の声が聞こえた。なっちゃん、という、あたしのあだ名候補ナンバー1を何故彼の友人が、というか今朝目が合ったよね? とか考えていたら彼の声が聞こえた。


「はあ? しかたねーな、見せてやるよ、ほらこっち来い、とれたてだぞ」


 なんだその返しは。意味が分からない。とれたてのあたし? 魚じゃあるまいし、あたしに隠れて何をやってるんだ。

 少しむっとしてズカズカと教室へ入っていき、友人とスマホを覗き込んでいる彼の後ろからスマホを見れば、ロック画面が、いや、猫が映っていた。


「猫?」


 思わず呟くと彼が驚いて振り返って、でもその顔は、バレた! ヤバい! なんて雰囲気は全く無くて、むしろ笑っていた。


「あれ、なつめ、知らなかったっけ? 俺、猫飼ってんの」

「駒田さん、こいつめちゃくちゃ猫好きなんだよ。病的なまでに」

「失礼な! お前だってなーちゃんの虜になってるじゃねーか!」

「いや、ちょっと同類扱いはやめてほしいわ。モテなくなる」


 なーちゃん? なっちゃんって言ってたかと思ったけど、あたしの聞き間違いだったのか。

 2人が騒いでいる中、スマホの中で上目遣いをしている猫を改めてじっくりと見た。どこからどう見ても猫だった。猫以外に見えない。

 どういうことだ、猫を飼ってるだなんて。


「駒田さん、ヒロを見捨てないであげてね。変態レベルの猫好きだけど、いいヤツだから」

「あーもう! うるせーよ! なつめ、帰ろう!」


 手を引かれて教室を出るが、先程のことが気になりすぎてすぐに聞かずにはいられなかった。


「弘樹、猫飼ってたんだ」

「う、そうだけど、でも、普通に可愛がってるだけで……」


 病的、とか、変態、とか言われてしまったのを気にしているのか、普通、のところをかなり強調していた。だけど、あたしが聞きたいのはそんなことじゃない。


「他には何も飼ってないの?」

「え? うん、猫だけ」


 彼が不思議そうな顔で見てきたけど、ふうん、と何でもなさげに答えて、内心ではかなり困惑していた。どうやら本当に猫しか飼っていないようだ。

 信じられない。本当だろうか。これは確かめなくては。


「ねえ、今度家行っていい? 猫、見てみたい」

「え! いいよ! もちろん! 大歓迎! 急いで帰ろ!」


 あれ、もしかして今から行く流れになった? 別にいいけど。

 急いで帰る理由が分からなかったけど、すごく嬉しそうにあたしの腕を引っ張る姿は見ていて可愛かったし、それはそれでよかった。家に着くまでは。


「俺ん家、ここ!」


 満面の笑みであたしに言う彼を無視して、あたしは周りをきょろきょろと見渡していた。彼の家のご近所さんはみんな犬を飼っていた。


 なんということだ。こういうことだったのか。


 ここまで来て帰ります、なんて言えないしとりあえず彼の家にあがった。やはりというか、彼の家の中には猫しかいなかった。何の品種か分からないけど、顔と手足が黒くて体は白かった。どこからどう見ても猫だった。

 デレッデレに顔を緩めまくって、なーちゃん、なーちゃん、とばかり言っていて、これは確かに変態レベルだな、と呆然と見ていた。なーちゃん自慢が突然始まり、かと思ったらなーちゃん撮影会が始まり、嫌がるなーちゃん(とあたしのツーショット)を撮ろうと必死な彼に仕方なく付き合ったり、そんな撮影会は彼の親が帰ってくるまで終わらず、その日はかなり疲れて帰宅した。


 彼は、犬を飼っていなかった。風船は、しぼみ始めていた。

ありがとうございました。

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