始まり
どんな暗い夜もいつかは明ける。どんなに明日が嫌でも朝はやってくる。
そんなわけで、目を覚ますと、おぼろげな視界が白い光を捉えた。
見慣れた天井に、開けっ放しの窓から風が差し込む。
俺は部屋の時計をみた。ただいまの時刻は9時ジャスト。
起きなければ、お気に入りの女性アナウンサーが見れない。
そういうことで、起きあがろうとした。
「…………、」
ん?
なんだ、この、体にのしかかる重さは?
いや、この体に引っ付いている柔らかさはなんだ?
まさかと思い、シーツをどける。
「……え? 」
そこにいたのは、精巧に造られた人形みたいな華奢で小さな体躯。しなやかな桃髪が腰まで伸びていて、それこそアンティークドールのように端整な顔付き。その芸術品じみた容姿には、唖然とした。
「……美少女?」
待て待てこの光景はまずい。
俺の命がまずい。
そして、次に考えた行動は
「……この場から去ればいいんだ」
運良く彼女は寝ている。
よし、行動を起こせ!
このまま立ち上がろうにも彼女が起きてしまう可能性があるので肩をそっと掴み、ソファーの横へと移動させる。
そうやっている内にちらっと視界の中に彼女の胸元が入る。
ほんと人形みたいな体だ。陶器みたいな白い肌。すべすべしていて包まれそうな柔らかい肌。
不覚にも、その白い造形美に釘付けになってしまった。
「……ん?」
瞬間──なぜか見てはいけないものを見てしまった気がした。
……。
ちょっと待て。
ていうか、最初に気付くべきだったのでは?
えっと、この美少女、裸じゃないか?
何と言うか……とても大きかった――じゃなくて、なんで胸の間に剣があるんだ?
まさか、俺を暗殺しにきたのか……
「───あり得ないな……」
そこまで考えて。
そもそもの結論に至る。
ここは一体どこだ!?
見回しても俺の家と何の差し障りのない部屋。
どう考えても俺の部屋だ。
じゃあ、なんでこの美少女は俺の上で、しかも裸で寝ている?
そういえば、俺は昨日ここで寝たのか?
「いや、落ち着け。冷静に考えろ」
そんなわけがない。
ベットなら自分の部屋にある。
普通だったらベットで寝てわざわざソファーでねる必要性はないはずだ。
昨日の事を思い出してみる。
そういえば――寝過ごして、布団を下ろそうと思って……
「……あ」
思い出した。
昨日起こったことのせいでこうなったことがよくわかった。
俺は昨日、ベランダに落ちてくる彼女を助けようとしたら、スコーピオライジングよろしくかかと落としをくらって気絶したのだ。
考えが落ち着き、ソファーの彼女に目をやる。
視線の先には変わらずぐっすり眠った彼女の姿がある。
「……」
はぁ、とため息をつく。
ソファーから立ち上がり、簡単な着替えをすませると財布を持って玄関を出た。
どうしようもなくなぜかほっとけない気がした。
彼女の登場の仕方もあるけれど、いや、8割ぐらいそのせいだと思うけど。彼女の足や手には砂や誇りが、髪の毛も整えてないようで、持ち物は掛けてあったシーツだけ。
こんなのほっとけないじゃないか。
なにか彼女は問題を抱えているのだろうけど、暇だしどこにもいく宛がないようだったら、夏休みの間ぐらい泊めてやろうかね……。
そうやって、俺は財布を握りしめて服屋に駆けた。
「報告します。支援者がリオタナ=アフロディーテを匿っていたことを我々訂教審議会が発見しました。しかし、既に彼女の姿はなく、拷問をおこなった支援者も口を開くことはありませんでした。」
リオタナ=アフロディーテが三ヶ月前、失踪した。という報告は元ブリュート王国や元ブリュート王国の下にいた国々の幹部を招集した会議である王国間連合会議を大きく揺るがした。
リオタナ=アフロディーテは三ヶ月前に起こった戦争の総指揮官であり、一番の責任者であった重要人物だ。
しかし、彼女の行方を探るべく彼女の痕跡を調査した訂教審議会からの報告が、状況を一変させた。
「けれど、痕跡を調査したら、ゲートを開いた魔力が残っていたと……」
元ブリュート王国幹部アディアス=エトナ=イグリアスは報告書を片手にそうつぶやいた。
円卓を囲んでいる他の国々の幹部らは腰を抜かさんばかり驚いていた。
「なぜだ!?我々、聖十字軍は敗北が決まりゲートは異世界の者に占領されたはずだ。」
「どうやらそのゲートではなく、新たに開かれたゲートにより、リオタナ=アフロディーテは逃亡を計ったようです」
「…………、」
幹部達はその言葉を聞いた瞬間、空気が張り詰めた。
それもそのはずだ。
ゲートを開けるものなど、大魔道士ぐらいのレベルの人間だ。
そんなことが出来るのは一つの国に一人二人いればいいほどだ。
ということは、どこかの国の大魔道士がリオタナ=アフロディーテを助けたことになる。
張り詰めた緊張感の中、硬い口調で言い放つ。
「リオタナ=アフロディーテの行き先は三ヶ月ほど前、圧倒的敗北をきした通称アースと呼ばれる異世界ということもこちらで解析済みです。」
「な、な、な……」
国の重要人物である幹部ともなるものが、信じられない報告に顔が真っ青になっていた。
だが、それでも冷静に続けた。
「どうされますか? このままリオタナ=アフロディーテを放置しますか? しかし、それでは国民の暴走を止められるとは思いませんが」
ブリュート王国並びに他の国々は戦争で敗北した結果、国民の不満と反感が上がり、異世界の人間からの要求の対応に、財政が厳しい時に連合国から外れようとする国までも現れ、連合国内は混乱が起きていた。
驚きと不安により、幹部らは青ざめた顔で黙り込んでしまった。
それを見て、また問おうとした時、先程まで静かに報告を聞いていたアディアス=エトナ=イグリアスが口を開いた。
「そういえば、君は"訂教審議会"の人間だったね。君ならこの問題どう処理する」
その質問に簡潔に答えた。
「"異端審問会"という組織がただ"訂教審議会" という名前に変わった意味が分からないアディアス様ではありますまい」
アディアスはこちらの視線から逸らし幹部らに向けた。
「よしわかった。リオタナ=アフロディーテの連れてかえることは彼女に任せることにする。」
すると、一人の幹部が慌てて反対した。
「しかし、あの異世界ですぞ。例え専門家である彼女でさえ、かなう相手ではないと思うぞ」
「それは、ゲートが開かれたことを感知できる技術をあちらが持っている場合だ。どうやらあちらは魔法という概念は存在していないことは調べがついている。これなら、反論も何も無いだろ?」
アディアスがそう言い終わると幹部らは静まった。
「では、君はただちに異世界への出発の準備を行ってくれ。」
そう言われ、私は頷く。
彼らの命令に従っていくことこそ、私たちの存在意義なのだから。