ノエルの金色の猫
部屋を漁ってたら、大昔に書いたやつを発見したのでサルベージ。探せば出てくるもんですね!
さあ、決戦の日だ。
幼い少年のノエルは、子供用のサンタのコスチュームで身を固め、ぐっと強くこぶしを作った。
「おいおい、そんな気合入れることないぞ。今日のはあくまで練習だからな」
黒くひげを生やした若い父親が、笑ってノエルをいなしてくる。ノエルはきらきらした青い目を上げると、楽しそうにこう答えた。
「でも、女の子にプレゼントをあげるのは本当でしょ? ぼくが何か失敗して、その子のクリスマスをだいなしにするのは嫌だもん」
「えらい! それでこそサンタの卵だ」
父親にぐしぐしと荒く頭を撫でられると、ノエルはえへへと照れ笑いして、緩んだ声で付け加えた。
「それにね、初めてのお仕事がうまくいったら、ぼくもプレゼントもらえるもん」
「何だ、それが目当てか」
父親に軽く頭をこづかれながら、ノエルは弾んだ口調で言った。
「ねえお父さん。ぼくが立派にお仕事したら、毛が金色の仔猫をちょうだい。しっぽの素敵に長いやつ。その仔猫が家に来たら、ぼくそいつにテイルって名前をつけるんだ」
「分かったわかった」
と父親はゆったりとうなずいて、息子にプレゼント入りの白い袋を手渡した。
「ほら、これがお前の分だ」
「中身は?」
「終わらない物語の詰まった本だ。望んだのはミィナという名の女の子。しっかり渡してくるんだぞ」
袋の中身をのぞいたノエルは、不思議そうに首をかしげた。
「プレゼントは一つなのに、中身はずいぶん大きいね?」
「まぁ決まり事だからな。シューズ入れみたいなサイズの袋をせおったサンタなんて、格好つかんだろう」
父親が大きな声で笑うと、ノエルも一緒になって笑った。頭の中は今日の仕事とごほうびのプレゼントの事で、訳の分からないほどきらめいていた。
「ああそうだ、今どきの家はエントツなんかないからな。俺たちサンタは、ガラスくらいなら楽々すり抜けられるから、窓をすり抜けて入りなさい」
ノエルは「はぁい!」と元気良く返事をした後、極上の笑みを幼い頬に浮かべてみせた。
夜中の十二時になると、ノエルは父親と一緒に家を出た。途中まで父親と一緒に行動し、ミィナの家の近くで別れた。
子供用のソリに乗って去ろうとするノエルを、父親が軽く呼び止めた。
「終わったら、先に家に帰ってろ。お前の仕事はすぐ終わるだろうしな」
「うん、行ってきまーす」
ノエルは冷気と昂奮に頬を赤くして応えると、小さな背を向けてミィナの家へと向かっていった。
ミィナの家に着くと、ノエルはソリを降りた。いつも寝ているちびトナカイのポムは、ベランダの上で足を組んで、早くもうとうとし始めた。
ガラス越しにそっと中をうかがうと、ノエルと同い年くらいの女の子が、すやすやと眠っていた。楽しい夢を見ているのか、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
良し。ノエルはぐっとこぶしを作って気合を入れると、力んだ足を音のしないように踏み出した。す、っと体がガラスを抜ける。
よしよし、これでカンペキだ。後はこの子の枕元にプレゼントを置いて、金色の猫をもらうだけ……。
あれ?
ふいに体がつっかえて、ノエルは後ろを振り返る。プレゼントの袋が、ガラスに引っかかっていた。
あ、そうか。ぼくらサンタはガラスを通れるけど、プレゼントは通れないんだ。じゃあいったん戻ってと。
ノエルはベランダに戻り、プレゼントをソリに置いて自分一人で窓を抜けた。
良し、OK……ってダメじゃん、ぼくだけ中に入ったって何にもなんないじゃん!
ノエルはぶんぶんと首を振ると、ふいに名案を思いついた。
そうだ、ぼくが着ているサンタの服は、物なのにガラスを抜けられる。ならプレゼントを服と体のすき間に入れれば、プレゼントもガラスを抜けられるんじゃないかな?
ノエルは袋から梱包した本を取り出して、おなかに入れた。と、今度は本がストッパーになって、ノエル自身まで入れない。
むぅ、じゃあ背中に入れて、勢いをつけて入る作戦!
本を背中に押しこんで、気持ちダッシュをかけるように足を踏みこむ。が、っと背中がつっかえる。
何でなんで? 父さんたちはどうやってプレゼントを配っているの?
ノエルは寒いベランダに戻り、しゃがんで頭を抱えこんだ。ちらりと横目でトナカイを見たが、彼は変わらず寝こけている。仮に彼を起こしたところで、助けになってはくれないだろう。
父さんが来るまで待つか? うぅん、父さんは『先に帰ってろ』って言ったから、多分ここには寄らないで、まっすぐ家に帰るだろう。もしぼくの帰りの遅いのに気がついて来てくれても、その時はきっともう遅すぎる。
ノエルは、ふーっと息をついて立ち上がった。
もうこうなったら、何としてでもぼく一人でプレゼントを配らなくては!
寒さに鼻をぐずつかせて、ノエルは、ぎゅっとこぶしを固めた。
星の光が、少しずつ薄くなってくる。冬の遅い夜が、明け始める合図。
ゲームオーバーだ。
ノエルは凍りつきそうなひざを抱えて、ベランダにぽつりしゃがんでいた。脳内であんなにはっきり像を結んでいた金色の仔猫が、今はもうぼやけて見える。
どうしよう。ぼくも本当に残念だけど、プレゼントが来るって信じていた、ミィナって子は本当にがっかりするだろう。今あんなに幸せそうに眠っている子を、ぼくは泣かしちゃうのかな。
やだな、そんなの。
女の子を泣かすサンタなんて、サンタの風上にもおけないや。
自分で自分をけなしていると、どんどん悲しくなってくる。べそをかきかけたノエルが、ふっと目を上げると、ガラス窓の鍵が目に入った。
「あ。そうか!」
思わず大声を上げて立ち上がり、あわてて口をふさぐ。女の子は少し身じろぎした後に、またすうすうと眠り出した。
よぅし。ノエルは静かに窓を抜けると、かじかんだ手で鍵を開けて窓を開け、プレゼントを持って中に入った。
あんまり無理矢理入れようとしたので、だいぶ梱包のよれてしまったプレゼントを抱え、ミィナの枕元に本を置く。
ぼくが、初めてプレゼントを配った人。
ノエルは内心で呟いて、ミィナの寝顔をそっと眺めた。気持ち良さそうに眠るミィナが、何だかとても愛しかった。
結局最後まで寝こけていたトナカイのポムを起こして、家に帰る。白々と明け始めた空にぽわぽわと息を吐き、ノエルは生まれて初めて、嬉しくて泣いた。
そうしてその後、風邪をひいて三日寝こんだ。
ようやく風邪の治った日、ノエルの家に可愛い仔猫がやって来た。ノエルの言った通りの綺麗な金色の毛の猫で、細いしっぽはすてきにすんなり長かった。
ノエルは大喜びで、ベットの上で金色の仔猫を抱き上げた。自分のつけようとしていた名を呼びかけて、ふと考えこむ。
「何だ、どうした?」
「父さん、この子男の子? それとも女の子?」
「譲ってくれたやつは、確かメスだって言ってたな。どうしてだ?」
不思議そうに訊ねる父親に笑って首を振り、ノエルは仔猫を抱きしめた。
「父さん、この子の名前『ミィナ』にするよ」
「何でだ? 確か『テイル』にするって言ってたじゃ……」
問いかけた父は、ああ、と訳知り顔にうなずいた。
「なるほどな。まあそれも良いだろう」
父親がノエルの部屋から出て行くと、ノエルは仔猫の桃色の鼻にキスをした。
サンタが初めてプレゼントを配るのは、その子が大人になるまで、ずっとプレゼントを配る人。
ぼくはずっとずっと、君を特別にしているよ。君が、欠片もぼくの事を知らなくても。君がいつか大人になって、ぼくたちの存在すら否定するようになっても。ずっと。
胸が、きゅっと縮まって、ノエルは仔猫を抱く手に、少しだけ力をこめた。ミィナと名づけられた猫は、『みゅう』と鳴いて、可愛らしくあくびした。
(了)
何だろう、ものすごい季節外れなこの話……。他にも多々突っこみどころありますが、生温い目で読んでやってくださいまし;




