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金策





 ラースを統べるという意味を持つラーストン王国。

 この国に所属する街には『ラース』という名称が付けられていた。

 ここはその中の一つフェルラース。ラーストン王国の中でも首都に次ぐとされる大都市であった。


 大都市と冠されるだけあって、街中は人が溢れごった返しとなっていた。

 そんな中、一人の少年と年若い女性が雑踏に紛れていた。手を繋ぎながら、はぐれないようにとゆっくりと前に進んでいた。


「ふわぁ~。すごいいっぱい人がいるね~」

「都会っていう所はこういう物よ。

 カイル、はぐれないように、しっかりと手を握っておきなさい」


 カイルは「うん」と頷き、手に力を入れた。

 それを微笑ましげに見るカリン。

 二人が寄り添う姿を端から見れば、仲の良い姉弟に見えた事だろう。しかし、その実態は婚約者同士という立場であった。




 二人は新たな生活を送るために、このフェルラースへとやって来ていた。

 ここを選んだ理由は一つだけ。

 以前カリンが住んでいた場所……というだけのこと。

 勝手知ったる場所なら安心できるという思いもあった。それに、住む場所に困ったら実家に駆け込めばいいという保険もあったからだ。

 少しばかり兄夫婦には悪い気もするが、少なくとも住居が決まるまで我慢くらいして貰うつもりだった。


 まず、二人がしなければいけない事。

 それは住む場所を決める……事ではなく、手荷物の換金であった。

 少しは道中一緒であった商人に売り払う事ができたが、彼には同乗費用として5瓶ほど渡してあった。

 だからそれほど大量には引き取ってくれなかった、という情況であった。


「カリンちゃん……それでどこへ向かっているの?」


 カイルは知らない場所……という不安で少し泣きそうな顔をしてる。

 それを見たカリンは胸をきゅんきゅんさせながらも、しっかりとその質問に答えていく。


「――そうね。まずは『蜜』を売れる所かな?

 市場で売っても良いのだけれど、そうすると時間が掛かってしまうだろうし……。そうすると今日は泊まるところが確保できない、なんて事も考えられるわ」

「ええっ! じゃあ、今日は野宿?」

「ふふっ、慌てないで。大丈夫よ。

 『蜜』みたいな物は行商人か兵隊さんに売ればいいのよ。

 でも、行商人はいない事もあるから兵隊さんにしましょ……って思ったけれど、兵隊さんに売るには数が足りないかなぁ」


 カリンたちの手元には『蜜』の瓶が15個ほど。他にも細々とした物や、カリン秘蔵のエッセンシャルオイルもある。

 それに瓶と言っても、元はお酒を入れていた瓶である。二人の両親が飲み干した後の空瓶を利用したため、それなりの分量と重さがあった。

 それでもこれだけの量を持ち運べたのは、二人で背負いかごを作っていたからに他ならない。

 

 もちろんカリンとカイルは、作った『蜜』を全部持ってきたという訳でもない。

 持ちきれないと思った物は、二人の両親に渡してしまっていた。その代わりに多少の金銭を受け取ってはいたが……。


 それはともかくとして、今はこの『蜜』を何処に売るか考える必要があった。

 コンセプトはカロリー補給。それも甘く爽やかな飲料。

 なら、忙しい職についている者、旅人、そして甘い物が好きな人がいいだろうか。

 最後のは曖昧だが、残り二組のどちらかがいいだろう。

 カリンはそう思ったところ、ある最適な場所を思い出す。


「カイル、決めたわ。さあ、急ぐわよ!」

 カリンはそう言ってから、カイルの腕を引っ張る様に歩く速度を速めていく。


「わわっ! ちょっと速いよ、カリンちゃ~ん」

 カイルは急ぎ足になってしまった事に苦情を言ってくる。


 けれどカリンはそれに取り合わない。

 もちろんカイルが慌てるさまを堪能したいという気持ちもあったが、よそ見して移動する訳にもいかない。それと自分で言ったとおり、あまりのんびりしている時間はないの確かなのだ。




「これ、買い取ってくれないかしら?」

 カウンターに『蜜』を置き、前振りもなく交渉を始める少女がいた。


 ここは『金は胃袋に捨てろ』亭という酒場。夜は荒くれ者どもが集う場所。

 簡易な宿としても機能しているため、喧噪が尽きる事はない。

 しかし、昼間は客層も変わり真っ当な食事処でもある。だから子供――カイルやカリンがいたとしても、それ程おかしな事ではなかった。

 とはいえ、酒場の店主相手に商売を持ちかける者はそうはいないが……。


「ん? なんだこれは……?」


 そう声を出したのは『金は胃袋に捨てろ』亭の店主マスターのアラン。

 彼は差し出された瓶を手に掴み、それを傾けたりしながらじっくりとそれを確かめた。


「こりゃ、安い酒だぞ? しかも開封してあるみたいだし……。

 買い取っても良いが、大した金にならねぇぞ?」

 彼は瓶と中身の量しか確認をしなかった。


「中身は別の物よ。

 私たちが作ったそれ――『蜜』と呼んでるけど、まあ、名称なんて今はどうでもいいわ。

 で、それは甘露水の一種よ。とても甘くて爽やかにできているわ。

 さ・ら・に、身体に吸収されるのが早いから、疲れている人が飲むと割かし早く体力が回復するはずよ?」

「……軽く飲んでみてもいいか?」


 カリンが頷くと、アランは栓を開け取り出したグラスに少し注ぐ。

 そして香りを堪能した後、グイッと飲み干した。


「……確かに甘いが、ほどよい甘さに感じられる。

 加えて匂いもいい。それが品のいい甘さに感じさせてくれる」

「そうでしょ! 口当たりもいいからどんどん飲めちゃうのよ!」

「……まあ、値段次第だな。

 体力が回復しやすいってのはいまいちわかんねぇし」

 アランは頭を掻き、そう答えた。



(確かに、言われてみるとそうだよね……)


 端から見ていたカイルはアランの言葉に共感した。

 カリンに言われると、それが正しいと思ってしまうけれど、やはり身体にいいからと言われても信じがたい物がある。

 けれど、それを疑うと言うつもりはない。


(だって、カリンちゃんがぼくに嘘なんてつくはずないもんね)


 だから嘘ではなく、知られていないだけ。

 そうカイルは自分の心に整理を付けた。


 そして今が自分の出番とばかりに声を出す。

 しかし、それは小さな声であった。初対面であるアランに対し、カイルは気後れしていた。

 けれどそれでも相手に届いたのは、少年特有の高い声だからだろう。


「あ、あの……」

「なんだ坊主?」

「その、その『蜜』ぼくも飲んでるんですけど……ちゃんと効きますよ?

 ぼく身体、弱いんですけど……それで結構動けるようになったんです……」


 線の細い少年であるカイル。そんな彼の言葉にはどことなく説得力があった。

 カイルはアランが自分の身体を見回しているのがわかった。おそらく子供らしいケガや日焼け具合がない事を確認しているのだろう。


「……なるほどな。坊主、お前苦労してるんだな。

 外で遊べないのはつらいよな……そんな白い肌しちゃって……」

「あ、あははは……」


 カイルは苦笑を浮かべ、そっと顔を下に向けた。

 白い肌なのはカリンが日焼けに気遣ってくれたおかげである。

 それで同情を上手く引き出す形にはなったが、どことなく胸が痛んでしまう。


(い、言えない……嘘だなんて……)



 そんなカイルの援護を受け、カリンは最後の仕掛けをする。


「ここに来るとき、商人の馬車に同乗させて貰ったのだけれど……。

 彼はこれを1瓶銀貨2枚で買ってくれたわ!

 全部買ってくれるなら……そう、銀貨1枚と銅貨7枚でいいわよ。どうかしら?」


 もちろんはったりである。

 1瓶銀貨1枚と銅貨2枚という取引であった。だから多少値下げ交渉されたところで問題はない。

 その思いからこの値段を告げたつもりだった。

 だがしかし――。


「思ったより安いな。それなら最初からそう言ってくれよ。

 甘露水だから1瓶銀貨3枚くらいだと思ってたからな……。蜂蜜は高いからこういうのはありがたいんだ」


 ――という有様であった。

 これもひとえに物価に詳しくないという弊害だろう。

 検索魔法も物価までは教えてくれない。それにカリン自体まともな買い物を経験した事がなかった事が仇となった。

 だから商人の言い値で売ってしまったとも言えた。それが定価だと思ったからだ。

 彼女の常識ではまず定価がありき、なのだ。けれどそれは消費者の立場の考え方。

 商売の『商』の字も知らない彼女には苦い経験となってしまった。


 ともあれ、一度口からでた言葉は呼び戻せない。

 諦めてこの値段で売る他に選択肢などなかった。


「え、ええ。残り物だからね……。早く処分したかったのよ」

 カリンは必死にそう取り繕った。


 これには理由がある。

 誰でも恋人の前では良い格好をしたいという物であった。それは成功したとも言える。

 「なるほどなぁ」とカイルは声を上げ、深く感心しているのが見て取れたからだ。


「それに、銀貨3枚……いえ、銀貨2枚と銅貨5枚など言ってもそっちは頷かなかったでしょう?」

「まぁな。流石に信頼の置ける物や人じゃないと……な。

 それ相応の値段じゃ、断るのも当たり前だぜ。

 お前さんたちみたいな初見で、しかもガキ。それにこんな瓶じゃ……出せても銀貨2枚……多くても追加で銅貨2枚ってところだな」

「そんなところでしょうね。でも、関係ないわ。……うんしょっと」


 カリンは下に置いてあった瓶を、全てカウンターの上に載せた。


「はいっ、全部で15瓶。銀貨25枚に銅貨5枚ね。あっ、金貨は止めてちょうだいね」

「おっ、計算できるのかい? それなら商人にも成れそうだな、ガハハハ。

 うしっ! じゃあ、ちょっと待ってろ。まずは中身を確かめてくっからよ」


 アランはそう言って、瓶を持ち上げて奥へと引っ込んでいった。



 やがて全てを確認し終えたアランは銭袋らしき物をもって戻ってきた。


「ほらよ、しっかりと数えな! 無くすなよ」


 アランがそう言うと、カリンはしっかりと両手で受け取る。

 そして受け取った袋の中身をさっそく確かめた。


(大丈夫……ちゃんとあるわ)


 カリンが数え終えたのを理解し、アランは声を掛けてきた。


「また出来たら持って来いよ。評判だったら今度は正規の価格でやってやるからな」

「ええ、余裕があったらね。これはあくまでカイルのために作っている物だからね。

 また何かあったときはお願いするわ。じゃあね」


 もちろんこれはカイルの言った言葉に説得力を持たせるためである。

 そしてカリンはカイルを引きずってその場を後にした。


 お金はできたけれど、泊まる場所が決まっていない。

 そのことに不安を感じているらしいカイルに、カリンは力強く声を掛けた。


「さあ、次に行くわよ」






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