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母の愛





 カリンが両親に結婚の話を持ち出されている頃、カイルの家では……。



「ねえ、ちょっといいかな」

 家族三人で食事をしている最中、カイルに話しかけられた。


「なんだ? いきなり……」

「食べ終わってからでは駄目なの?」


 二人はそれぞれお酒を楽しんでいた。そんな時カイルに声を掛けられてしまい、水を差された気分になってしまう。


 サーシャは滅多な事ではお酒を飲まない。

 けれどこの日は、カリンの成人を記念してお酒が振る舞われていた。

 祝い事はきちんと祝わなければいけない。それがサーシャの考えであった。

 だからこの日もこうして羽目を外していたという訳だった。


「大事な事だから……あまり酔った状態で聞いて欲しくないかな……って思って」


 その言葉でライルが表情を引き締めたのがわかった。ただならぬ息子の様子に何かを感じ取ったに違いない。

 少し覇気がないとはいえ、男の表情をしているカイルにいい加減な態度で対応するわけにはいかないのだろう。


「少し待ってろ。サーシャ、水をもらえるか?」

「ええ、私も飲むから少し待っていてね」



 二人は水を飲み、カイルの話を聞く態勢を整えた。


「それで話とはなんだ?」

「うん、あのね……ぼく、カリンちゃんについて行っちゃ駄目かな?」


 小さな声ではあるが、はっきりと自分の意志を告げる。これは以前にはなかったことだ。

 カリンと会って以来、息子が以前のように戻ってきていることに二人とも喜んでいた。

 だから二人はカリンには感謝していた。


 しかし、それとこれとは話が別だ。いくら何でも懐きすぎてしまったらしい。

 それを聞き二人は眉をひそめてしまう。


「あのな……カリンちゃんについて行くわけにはいかないんだよ」

「ええ、そうよ。だってカリンちゃんは結婚するのよ?

 なんであなたがついて行けると思うの?」


 そう、二人は常識から考えて、カリンは結婚すると思い込んでいた。

 加えて、村長が縁談の話を持ってきている事を知っていた。だから二人は息子を諭すように言い聞かせる。


「お前はまだ子供だからわからないかもしれないが……。

 男と女は結婚して家庭を持つ事になるんだ。俺とサーシャと同じようにな。

 そしてカリンちゃんはそういう結婚をする歳になったんだよ」

「そうよ……カイル。あなたがカリンちゃんを好きなのは知っているわ。

 でもあなたはまだ12歳。結婚できるのは成人を迎える15歳を過ぎてからなのよ」


 二人はくどくどとカイルに言い続ける。

 物事の道理もわからない子供。そう考えてたからこのような言葉を選んでいた。

 しかし、カイルはカリンの教育によって、その様な事既に承知の上であったらしい。


「――だから」

「お父さん、そんな事言われなくて知っているよ」

 カイルはライルの言葉を遮りそう告げた。そしてそのまま続けた。


「カリンちゃんはまだ結婚するつもりはないんだよ。

 街に出て働くつもりなんだって。

 だから僕も一緒に来て仕事を手伝って欲しい……ってカリンちゃんに誘われたんだよ」


 サーシャは息子の言った言葉を理解できなかった。おそらくライルも同様だろう。

 もちろん意味はわかる。けれど理屈がわからなかったのだ。

 息子はまだカリンは結婚しないという。

 それはいい……。それはまだわかる。最近ではそういう話が少なからずあることは知っている。

 ――しかし、12歳の子供に仕事をさせる?

 そんな話は聞いた事がない!


 常識から考えて12歳で働かせるという事はあり得なかった。

 働かざるを得ないという場合はあるが、少なくとも両親が健在でそんな状況になるというのは、とても恥ずかしい事とされていた。


 けれどもこの場合はどうなるのか……。

 独立した女性について行く。それだけでも邪推されてしまう行為である。

 だが、相手は12歳の少年――。

 成人した未婚の女性について行ったところで、疑いを持つ物はいないだろう。

 むしろどちらかというと、連れていたカリンの方に『誘拐』という疑惑が掛かるかもしれない。


 それらの事を吟味した上でライルはカイルに話しかける。


「……その事は確かに、カリンちゃんが言った事なのか?」

「うん! だって今までその準備で忙しかったんだから」


 その言葉を聞いて、ふと二人はある事を思い出す。


 確か――。カイルは2年前程より、カリンと一緒になって色々とやり始めていた。

 中には失敗作と言って、『蜂蜜のような何か』を持ってきた事もあった。

 美味しいとは思わなかったが、確かに甘い蜜であった。


 他にも色々とあったが、それらが完成していたとしたらどうだろう。

 もし、そうならば十分に商売としてやっていけるかもしれない。

 あれらは息子が――カイルが二人の魔法で作ったと、自慢げに語っていたのを良く覚えている。

 あんなに嬉しそうなカイルなど見た事もなかった。それだけに自分たちの無力さを感じてしまったが……。


 つまりこういう事だろうか。

 あれらは二人で協力しないと作ることができない物。

 それでいて一人カリンが独立しても意味はなく、二人一緒でないとどうにもならない事だとすると……色々とつじつまが着く。


 確かにそれならばカリンがカイルを連れて行くのも理解できる。

 だがしかし――。


「……仮に準備ができていたとしよう。

 けれどお前は子供で、カリンちゃんも成人したとはいえ子供の域を出ていない。女性という事もある。

 そんな状況でお前が着いていけると思うのか? 生活できると思うのか?」


 ライルはなんとか諦めさせようとカイルに語りかける。

 心配する気持ちは確かにあった。しかしそれ以上に、まだカイルと一緒に過ごしたい、そんな気持ちの方が強かった。

 だが、カイルの気持ちは強かったようだ。

 それも当然かもしれない。カイルにとって何よりも大事なのがカリンであったのだから。

 カリンさえいれば何も要らない。

 そんな様子さえ見せていたのだから……。


「大丈夫! 僕はカリンちゃんに勉強も教わったし、それにカリンちゃんはそこらの大人よりずっとしっかりしているよっ!」

 カイルは自信に満ちた顔でライルの言葉を否定してくる。


 いつの間に……これほど覇気に満ちた表情をできるようになったのだろう。

 ライルは目をつぶり、感慨深そうにしている。サーシャも感じるところはあった。

 もちろんそれは息子は自分に自信があるから覇気があるのではなく、カリンへの信頼がなせる業だろう。

 けれど、ライルにとってそのような事は問題ではなかった……ということだろう。

 多少残念な気持ちはあるが、このような表情をされては否と言えない、という表情をしている。


「――わかった。俺はカイルの考えを許そうと思う」

「駄目よ、あなたっ! カイルはまだ子供なんですよ!」


 しかし、母親であるサーシャはそれを認めるわけにはいかなかった。

 まだまだ子供。加えて頼りない息子。

 とてもではないが、独立など許容できるはずもなかった。


 彼女の中では、このままずっと一緒に暮らし続けるという事になっていた。

 心配でとても目を離す訳にはいかない。

 幸い家もまだ数人ほど住める広さがある。だから嫁を貰って、子供ができても大丈夫だと考えていた。


 それが何故この様な展開になっているのか理解ができなかった。

 カイルは社交性がないため、家業である農業を継ぐとばかり思っていた。

 けれどカイルは街に行く。カリンと一緒に働きに出ると言う。


 真面目な話というから何だと思えば、まるで冗談の様な話。

 とても認められるわけがない。

 たとえライルがそれを許したとしても、サーシャは容認などできないのだ。


「いいですか!? 許しませんからね!」


 その日はそれで終わらせた。まだカイルは何か言いたそうな顔をしてるけど、サーシャはそれを無視した。




 次の日。

 カリンはカイルを訪ね、やってきた。父親であるボリスとともに。


「こんにちは」

 ボリスはどこか陰気そうに挨拶してきた。


「ええ、こんにちは」

 サーシャはそれを指摘する事なく返答する。


 今は昼間である。

 本来であればボリスも、ライルと同じように野良仕事に出ている時間だ。

 けれどそれを押して、こうして訪ねてくるということは、何かしらの事情があるのだろう。

 先ほどの表情とその事を踏まえて、用件はきっと昨夜カイルが言っていた事だろうとサーシャは当たりを付ける。

 そして長くなると感じ、二人を中へと誘った。



「それで、どのような用件でしょうか?」

「……カイルくんから昨夜何かを聞いたという事はありますか?」

「ええ、聞きましたよ。二人で街に出る……という話でしたね」

「それもあるんですが……」


「それも? ……まぁ、どのような理由にせよ、認められることではありません」

 サーシャがそのように断じると、すかさずカリンが反応をする。


「どうしてよ! 何が悪いって言うのよ!」

 カリンは立ち上がり、怒りをあらわにして反発をしてくる。


「確かにカリンちゃん、あなたならばカイルを任せられるでしょう」

「そうでしょ? それなのに何が問題だと言うのよ!」

「――ですが、いつまでも一緒にいられるというわけではありません。あなたはいずれ結婚をする。そうしたら残されたカイルがどうなってしまうのか……。

 私はそう考えると、これ以上あなたと一緒にいさせるわけにはいかない。そう思ったのです」


 ――それはまさに母の愛

 すべては自分の子供のために。

 たとえ恨みを買ったとしても、ただ自分の子供のためにどのようなことでも守り通す。

 そんな強い意志がサーシャにはあった。


 しかし――。


「そのこと……なんですが、実はうちのカリンが……お宅のカイルくんを婿にすると言い出しまして……」

 ボリスは恥じるように、弱々しい声音でそう告げてきた。


 その一方、カリンは堂々と、それも胸を張りながらこう告げてきた。


「カイル、あんたはあたしのものよ!」






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