表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/27

嵐の後の静けさ





「こうしちゃいられないわ! また後で会いましょう」


 そう言って少女は去っていった。

 まるで嵐のようにやってきて、嵐のように去っていく……。


 カイルはその様子を呆然として見送るしかなかった。

 けれど、彼の心には暖かなあかりがともり始めていた。 


 使えない魔法。

 ――ゴミの分別と、ラーチ豆を分ける事しか役に立たないと思っていた魔法。

 そう思っていた分類魔法を少女は、『凄い魔法』と言ってくれたのだ。

 こんな言葉など初めて掛けられたのだ。嬉しくない訳がない。

 邪推すれば、カイルをおだてただけとも考えられるが、たとえそうであっても構わない。

 こんな経験二度とないかもしれないのだ。

 だからカイルはその言葉を深くかみ締めていた。


 でも、もしかしたら……、もしかしたら本当に凄い魔法なのかもしれない。

 そう思うと胸が高鳴るのを感じる。

 そしてそれが収まる頃に、ある事を思い出す。


(そうだ! あの女の子の名前……聞き忘れたっ!)


 しかし、少女は既に去ってしまっている。たとえ今から追いかけたところで、追いつく事はできないだろう。

 その事で彼女が誰で、どこに住んでいるのかわからなくなってしまった。

 多少残念な想いはあったが、カイルは焦る事はないと考えた。


『また後で会いましょう』

 そう言っていたのだ。だから彼女の方からいずれ会いに来てくれる。

 カイルはこの気持ちを胸に、あの『白い下着』の少女と再びまみえる日まで頑張ろうと思った。

 ただ、『ビッグ』という意味は最後までわからなかったが……。




 それからのカイルは少し明るくなった。

 外に出たりする事はなかったものの、家の仕事以外は使わなかった分類魔法を、ちょっとした事でも使うようになった。

 自分の魔法が恥ずかしいという気持ちが薄れたのだ。

 だから家族の目を気にせず魔法を使うようになった。


 とはいえ、他人の目は未だ怖かった。そのため外に出るということができない。

 初めの内は希望という灯火を胸に抱き、外に一歩踏み出そうとした。けれどできなかった。

 身体が震えて動かない……。

 それでも諦めず、何度も何度も挑戦した。でも、できなかった。

 そして心に点った灯は、いつの間にか消えかけようとしてた。まるでたき火に薪をくべていないかのように……。



 やがてカイルは、魔法を多用する以外の事は以前に戻ってしまった。

 何も変わらぬ日々、ただ過ぎ去るだけの日常。

 そんな中でただ『分類魔法は凄い物』と思う事だけが心の支えであった。


 そんなある日。

 ふとした会話の中に、日常では聞かない言葉が耳に入り込む。


「ねぇ、随分前に空き屋になっていた所あったでしょ?」

 母、ビーナが食器を片付けながら父のライルに話しかけていた。


「――ん? そうだな。お隣さんが出て行ったのは、随分前の事だが……。

 で、それがどうかしたのか?」

 ライルは残ったお酒を名残惜しそうに、ちびちびと飲みながら、ビーナの問にそう答える。


「それがね……、今度そこに引っ越してくるんですって」

「ほう、珍しい事だな。この様な田舎にわざわざ引っ越してくる者がいるとは……」

「なんでも聞いた話だと、都会の暮らしに飽きたらしいわよ」


 ビーナのその言葉にライルはどこか納得した様子をみせる。


「確かにそういうことはよく聞くな。

 確か……隣村にもそういう人がついこの間、定住したらしいからな。

 大げさな話だが、やはり都会というのは息苦しいという事なのだろう」

 うんうん、と頷きながら、杯を傾け最後の一滴まで飲み干すのが見えた。


「きっと、初めての事も多いでしょうし、私たちで力になってあげましょう!」

「ああ、それはいい考えだな。

 都会の暮らしに疲れて引っ越して来たのはいいが、生活がままならないというのは、余計に疲れてしまう事だからな。

 せっかくミーニッツ村の住人になってくれるのだから、この村を好きになって貰いたいものだしな」


 そう言って二人は今後の方針を決めていく。

 一緒に居るカイルに話を聞かないのは、聞くだけ無駄だと諦めてしまっているのかもしれない。



 そんなカイルに二人が何も言わないのは、家の仕事をちゃんとこなしているからであった。

 手伝ってくれるのは嬉しいし、ありがたい。

 だから文句など言えようはずもなかった。


 本心では外で遊んで欲しい。そう思っていたが、息子の現状からそれは望めない。

 内向的な息子の将来が気になっているが、畑仕事さえ覚えればなんとかなるだろう。それさえ覚えれば、あの魔法は役に立つ。そういう気持ちが二人の中にはあった。




 数日後。

 この日は隣の空き屋に、都会からある家族が移り住む日。

 カイルの両親はつい先日から、彼らをもてなすため色々と準備を整えている。

 少しでもこの村を気に入って貰いたい。

 二人の気合いの入れようから、その気持ちが如実に表れていた。


 けれど、カイルはそんな二人を手伝う事はない。

 二人が働かなくなった分、より一層、分類魔法を使いラーチ豆をせっせと選り分けていた。

 そもそも納期が近いのだ。本来であればこの様な事をしている暇などない。

 それにも関わらず、この様にして歓待の準備をするということは、ひとえに両親がこの村を愛しているという証拠なのだろう。


 やがて準備が整い、あとは来訪者を待つばかりとなった。

 そしてが真上を過ぎ去った頃。

 家の外からヒヒィーンという馬のいななきと、車輪の回る音が聞こえてきた。


「おっ、どうやら来たようだな」


 この時を待ちに待ったといわんばかりに、ライルは急ぎ外に出てく。

 ミーニッツ村に普通馬車は訪れない。

 村人にとって馬車とは、商人がラーチ豆を買いにやってくる時に現れる物であった。

 しかし、まだその時期ではない。少し早すぎるのだ。


 もちろん馬だけなら例外がある。

 村同士連絡を付けるため、各々の村長が所持していることもある。

 また、領主が領地の安寧のために、馬に乗った兵士たちが定期的に見回りをしている。

 けれど、やはりそれも時期外れである。

 だから他に考えられる事は、この村に引っ越してくる家族だけという事になる。


「ほら、カイルも用意しなさい」


 カイルとしては中に引きこもっていたかった。

 けれど、この家で歓待するのだ。挨拶をしないということはできない。

 だから外に出て、出迎えるしかないのだ。


 ビーナに手を引かれ、外に出ようとするカイル。

 一歩踏み出すごとに心が軋むのがわかる。

 それは外に出たら虐められてしまう、という恐れではない。ただ世界に拒絶されていると思ってしまい、不安でたまらなく怖いのだ。

 だから出たくない。閉じこもっていたい。

 その想いがカイルの身体を硬直させる。


 だが、母のビーナはそれを許してはくれないようだった。

 自ら動く事がなくなったカイルであったが、強引に引きずり出されてしまう。

 そしてわきを押さえ、しゃがみ込む事すら許さない状態だった。



 そんなカイルを放って時は進んでいく。

 近づく馬車にライルは手を振り停止を呼びかける。

 すると、馬車はライルの合図に気付いたのか、カイルたちの前で止まる。


「どうしました?」

 御者はライルにそう話しかける。


「中にいる方は、この村に引っ越してきた方かな?」

「ええ、そうですよ」

「実は……彼らの歓迎の宴を用意しているんだよ。

 まあ、宴といっても些細な物だが……」

「ほう、それはいいことですね」

「だから挨拶も兼ねて、その参加の是非を聞きたくてね」

「そうでしたか……。それなら少々お待ちを」


 御者はそう言って御者台から降りる。そして客車に向かい、戸を開け中に入り込む。


 やがて話がついたのか、中から御者と一緒に男、女、そして――。

 『白い下着』の少女が現れた。


 少女は地に降り立ちカイルを見た瞬間、腰に両手を当て胸を張る。


「約束通り来たわよ。

 さあ、二人でビッグになるわよ。覚悟しておきなさい!」

 そう言い放った少女の顔は自信に満ちあふれた。


 嵐のような少女は再び、カイルの元に突然と現れたのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ