経費削減の道
「さて、あんなやつに絡まれたから時間は経っちゃったけど……。本来の目的は達したからまあ、良しとしましょう!」
「目的? 工場を見に来ただけじゃないの?」
歩きながら二人は会話を続けていた。
辺りには人影はない。街の外れだからだろうか。それゆえ声の大きさに気遣うことなく会話を続けられた。
「もちろんよ。カイル……今回の調査は何だったか、よく思い出しなさい」
今回の目的? 確か――。
カイルはその事を思い出した。
「果物は高いから、安く済むように代わりを見つける事……だよね?」
「そうよ。ちゃんとわかってるじゃない。なら、目的を果たしたってことは――なんだと思う?」
そこまで言われればカイルにも見当が付く。つまりカリンは――。
「――見つけたんだね。砂糖の原料を」
「そうよ。サトウキビでもテンサイでもなかったわ。
何気なく外に資材が置かれていたけど、間違いなく砂糖の原料だったわ。あれじゃゴミかと思って、気にしない人は気にしないでしょうね」
確信した様子のカリンに、カイルは検索魔法をまた使ったのだなと感じた。
そしてカイルの耳元に顔を寄せ、そっと呟いた。
「砂糖の原料それはね――」
一つ目の案件が解決したからと言って、それで満足するべきではない。それが企業努力と言う物だ。とカリンが言っていた。
確かにその通りである。原価が下がればそれだけ二人の稼ぎは増えるのだから。
それでなくとも喫茶店で出すお菓子に砂糖は使えない。
味が変わってしまったら元も子もない。だから果糖も変わらず生産しなくてはならない。もしくは、それに勝る味を用意するかだ。
蜂蜜を用意できればより香り高い味を出す事ができる。しかし蜂蜜は高い。主に貴族が食べる様なお菓子に使われるのが蜂蜜なのだ。だから庶民向けのお菓子としては相応しくない。
もちろん軌道にさえ乗ってしまえば、貴族向けのお菓子を作るのもいいかもしれない。まだ売り出していない香水も考えれば、それもいずれは必要な事になるだろう。
しかし、今はまだ地に足を着ける段階である。一歩ずつ着実に。それが二人で考え抜いた経営方針であった。
「それで森に入ったはいいけど……何か考えはあるの?」
「もちろんよカイル! で、なければこんなうっとうしい所になんて来ないわ」
目の前には草が茫々と生い茂り、立派な木々が立ち並んでいる。見渡す限り緑一色。
フェルラースからそれほど離れてはいないが、こちらには森以外何もない。人はまず立ち寄らない場所と言っていいだろう。
そんな所まで二人は台車を引き、その上に大きな樽を乗せて来ていた。
「それで、どうやって探すの?」
「ふふ~ん。あたしだってバカじゃないわ。だから当然分布図という物を用意したわ!」
そこでカリンは何かを取り出した。絵が描いてある紙――。
「何これ? 地図みたいだけど」
「その通り! ほら見て。この点、これが目的の場所よ。――とはいっても、いっぱいあるでしょ? だから物には困らないわ」
初めて見る地図。
確かに点がちりばめられている。それが目的だと言うこともわかった。
けれども現在位置などカイルにはわからず、どう進めばそこへたどり着くのかも不明だった。
「カリンちゃんは今どこにいるかってわかるの?」
「もちろんよ。まず街はどこ? ここでしょ」
そういってカリンは地図上の一点を指し示した。
「――で、そこからぐいーっと来て、今はここ!」
そのまま指を滑らせてある一点に止まった。
「そして、ここからこっちが目的地だから、目指す方向はあっちよ!」
そういって地図から指を離し、何もない空中――森のある方向を示した。
「東西南北の位置把握はできないのも無理はないわ。私にも無理だもの。
だからそういうときは、建物や目印になる方向から逆算するのよ」
ふんふんとカイルは頷く。言ってる意味はいまいちよくわからないが、地図なんて早々手に入るものではない。だから気にする必要もないと聞き流していく。
そこでカイルはおかしな事に気付く。
「あれ? そういえばどうやって地図なんて用意したの?」
地図の噂は聞いた事があるが、見た事なんてなかった。かろうじて絵ではない事から地図と推測したが……。
「これはあたしが昨晩作ったのよ」
「え……?」
「いやぁ~。昔はあたしも若かったわ。
最初から――ミーニッツ村にいた時に気付けばよかったよね。検索魔法で分布図なら調べられるんだから。
一本一本樹液を確かめて、砂糖にできるかどうか魔法に問うなんて非効率的も良いところだったわ」
なんというか……、カイルは開いた口が塞がらなかった。
「凄い魔法だとは思っていたけど……それ以上に凄い魔法だったんだねぇ……」
「カイルにそう言われると、嫌みにしか聞こえないわ。
あたしの魔法なんて、いずれ誰もがわかる事しか調べられないんだから」
カリンはそう言って暗い表情を浮かべる。おそらく本心からそう思っているのだろう。
「ぼくの魔法が凄いのはカリンちゃんがいるからだよ。だから凄いのはカリンちゃんだよ!」
自然とその言葉を口にしていた。
カイルとカリンは二つで一つの魔法を使う。それで良いのだ。少なくともカイルにとっては……。
「ありがとうカイル。優しい子に育ってくれてあたしは嬉しいわ」
「ううん。事実だから……ぼくが優しいとかそう言う事じゃないと思うよ。
それより、ほら! 早く行かないと時間がもったいないよ」
カリンに見つめられ、恥ずかしくなってしまった。むずむずとした感覚に耐えきれず、逃げるようにそう口に出してしまった。
「そうね」とカリンは口にして、二人は台車を引き、森の中へと入っていった。
森の中ではあるが、空は見ているため薄暗いとは思わない。そのおかげで足を取られることなく、順調に進んでいく。
街と森の距離から考えると、地図上での目的地がそろそろだと感覚が告げていた。そう思うとなんとなく景色が変わっている様な気がした。
ここがそうかな?
樹木の種類が違う物になっていること、それが違和感の原因だった。
「ねえ、カリンちゃん……あの木じゃない?」
「ん? どれどれ?」
カリンは台車から離れ、その木へと近づいて行った。
何かをやっている様子だが、おそらく検索魔法を使っているのだろう。うんうんと頷いた後、ナイフを取り出し樹皮を切り裂いた。
そこからしみ出てくる液体。おそらくあれが――。
「どう?」
「当たりよ。早く来て頂戴。地面に落ちたらもったいないわ」
カイルは荷台を引き、樽をそこへと近づけた。
「カリンちゃん……これじゃ零れちゃうよ」
「仕方ないわ。カイル魔法を使いなさい。
この木の幹なら大体10リットル採れるはずよ。結構な量だけど出口があるから何とかできるでしょ? 今日はこれだけだし頑張って頂戴」
カイルは言われた通りに魔法を使う。
その瞬間、勢いよく樹液が噴き出し、樽の中へと飛び込んでいった。
どことなく甘い香りがする。それを除けば普通の水のような液体であった。
「これで間違いないわ。サトウカエデではないようだけど……これを使ってメープルシロップが作れるわ」
「メープル?」
「楓のことよ。これを煮詰めてシロップにするから、メープルシロップと言う名前なのよ」
「ふ~ん。それでこれの何を分類すればいいの?」
「とりあえず今回はカイルの出番はないわね」
聞き間違え?
いや、確かに必要ないと言われた気がする。
「そんなに落ち込まないでよ。今回は、ってだけよ。
これで実際作れるかわからないし。できた物を量産するときにはちゃんと役に立って貰うつもりなんだから」
顔を上げてカリンを見つめる。冗談を言っている様子はない。だから本当に自分の出番がないことがわかった。
日が暮れる頃に二人は帰宅した。
帰るなりカリンは、早速引きこもって何か作業をしている。おそらく今日採取してきた物を煮詰めるのだろう。
これでは料理は作れないなぁ。カイルはそう思い、買い出しに出かけようとする。
「あっ、カイル。ご飯のことなら心配しなくていいわよ」
「えっ?」
振り返ったそこには食事を持って現れたカリンがいた。
手に持っているそれは、ブートン豚を燻した物と野菜を挟んだパン。――昼に食べた物と同じだ。
「たぶん、今夜は料理してる時間ないかなって思って、朝の内に多めに作っておいたのよ。まあ、同じ物だけどそこは許してね」
「ううん、美味しいし全然問題ないよ」
カイルは早速それを?張った。燻製のため、肉汁はないがその分深みが増している。
正直な話、昼に食べただけでは足りないと思っていたのだ。
ぱくぱくと遠慮なく食べていると、ふと視線を感じた。
「何?」
「ううん、なんでもないわ」
カリンは笑顔を浮かべている。何でもないとはとても思えない。
けど、カイルはそれを気にしない事にした。心配事ではないのなら、今はカリンが作ってくれた料理を美味しく頂くべきなのだから――。
次の日。この日も『リトル』はお休みだ。
他の店とは違い、5日経営して2日休むという形態を取っている。
カリンによると、毎日続けてた疲労がたまりミスが多くなる、と言う事だった。言われれば、なるほどなぁ、と思ったくらいだ。
営業しなければその日の組合費を払う必要は無い。だから毎日店を開く必要も無いのだ。何故周りの店がこの方法を取り入れていないか、逆に疑問を覚えてしまった。
それはさておき、この日も楓の樹液を取りに行く事が決まっている。が、それにはまずメープルシロップを完成させないといけない。
本来なら何日か寝かせる必要があるらしいのだが、樹液が採れる期間はわずかな時期しかないらしい。そのため採取を優先させた。
また、熟成させると成分が変わり、カイルの分類魔法が上手く作用しなくなる可能性が出てくる。
そう言った意味でも、急ぐ必要があった。
そして今手元に、煮詰めて40倍まで濃縮した原液があった。
「これと同じように分類してくれればいいからね」
「うん、と……樽に樹液を入れて、これと同じ物を瓶に移せばいいんだよね?」
「そうね。今回は採取する道具を持って行くから、魔法はこの作業に集中して頂戴」
「うん、わかったよ」
「それと、一度に持ち帰る事はできないと思うから、どこかに隠す必要があるわね。まあ、今日中に持ち帰るつもりだから、そこはあまり心配していないけど……。
問題は瓶が足りないという事よ」
『蜜』も時々作っているから、瓶も業者に発注している。けど、大体中身が詰まっていてそれほど空き瓶はあるわけではない。
「カイル、これの水分だけを飛ばせるわよね?」
「え? うん、多分できると思うよ」
カリンは頷き、ぽんと両手のひらを重ねた。
「それじゃ袋も持って行くわよ。メープルシュガーにしちゃいましょう」
「よくわからないけど、そうすればいいんだね?」
「ええ、シロップと同じように使えるし、それだけでも蜂蜜と遜色ない風味を出してくれるから、きっと貴族にも評判になるわよ!」
「それじゃ行くわよ!」とカリンが告げて、カイルがそれに従う。
この日、二人はフェルラースと森を4往復ほどした。
魔法の使用と、この往復作業でカイルはへとへととなってしまった。カリンはまだまだ元気があるように見えた。たぶん、魔法の使用による差かな、とカイルはなんとなくそう思った。
そして大量に運び込まれたメープルシュガーとそこそこのメープルシロップ。
熟成前のシロップはもう少し日を跨ぐ必要はあるが、メープルシュガーの方は直ぐにでも使える状態だ。
「これらは売るつもりはないから、そのつもりでいてね」
「えっ? じゃあどうするの?」
「これは全部喫茶店で使うやつよ。売るなんてもったいないわ。
売るのは砂糖で十分よ。それでも周りより安く売ればそれだけも儲けが出るもの。
原価から考えたら……ね。『グリードリ』商会がどれだけ阿漕な商売をしてるか丸わかりよ」
「銅貨1枚分で砂糖1袋は作れるからね……」
「ええ、それで――材料費を除いた経費と人件費を考えても銀貨2枚が良いところでしょうね。それを銀貨7枚で売ってるんだから……」
一袋と言ってもケーキが20個ほど作れる分量なのだ。もちろん生クリームに入れる物も含めてだ。
それを銀貨1枚で提供している。もちろん砂糖ではなく果糖でだが……。
「それにしても、ラーチ豆のツルがまさか……原料なんてね。盲点だったわ」
「食べる習慣なんてないから、ツルが美味しいなんて思わなかったよ」
本当にそうなのか、という不安もあり、試しにおひたしにして食べてみた。すると、ほどよい甘さがあり、とても美味しく食べられたのだ。
それがわかるとカイルは早速甘み成分を取りだした……という訳だ。
透き通るような小さな結晶体。それがこの世に流通している砂糖であった。




