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『グリードリ』




 フェルラース市場通り。

 そこはいつものように活気に満ちあふれていた。顔を左右に動かしても人だかりが多すぎて、目当ての物を探すのは困難となっていた。


「カリンちゃん。どう? みつかった?」

「ううん、ダメね。確かに糖質を多く含んでいる物はあるわ。

 けど、ちょっとした作業が必要で、カイルの力だけじゃ作成できない物ばかりよ。サトウキビやテンサイみたいな物があればいいんだけどね」


 二人は果物よりも安く、それでいて大量に糖質が含まれる代わりの物を探していた。


「そっか……。でも、従業員さんたちにその作業をやらせたら――」

「それもダメよカイル。知識という物は金のなる木なの。

 だから安易に人に授けちゃいけない物よ? あたしがカイルに物事を教えてるのだって、信頼があってこそなんだからね!」

「カリンちゃん……」


 その一言だけでカイルはうれしくなってしまう。

 最近まで考えていた事がある。自分はもしかしたら安っぽい人間ではないかと……。

 けど、カリンに喜んでもらったり、褒めてもらったりすることが自分にとって一番嬉うれしいことなのだ。それで安っぽいならば仕方がないと諦めていた。

 今もこうして単純に喜んでしまっているのだから、もはや手遅れだろう。


「それで……どうするの?」

「う~ん、そうねぇ……。確かに砂糖を作らせるというのは魅力的なんだよね

。知られていない知識を教えるのはまずいけど。

 現に市場にあふれているって事は、他に――単純な手段があるということでしょ?

 ……どこかに製造元とか書いていないかしら?」


 そう言ってカリンは砂糖の袋を持ち上げる。けれどすぐさま元に戻してしまった。

 おそらく何も書かれていなかったのだろう。


「やっぱりないわね……」

「売ってる人に聞いた方が早いんじゃない?」

「それもそうね」


 そう言うなりカリンは店員の方へと向かっていった。待つ時間、それをカリンのために役立てようと、店の中にある物を物色していく。

 しかし、どれも無地の袋ばかり。砂糖という立て看板がなければこれが何なのかすらわからない。中身は見えないが、おそらくどれも同じ物なのだろう。


 カイルはここで売っている様な砂糖と言う物を食べた事はなかった。だから自分たちで作っている、果糖、ブドウ糖と言った物とどう違うのか理解ができなかった。

 何が違うのだろう……。

 そんな事を考えている内にカリンが戻ってきた。


「おまたせ。わかったわよ。――それより何を見てたの?」

「ん? 砂糖だよ。よく考えたら、ぼくは砂糖を食べた事ないなぁって」

「そういえばそうね……。まあ、砂糖は果糖とブドウ糖を組み合わせた物よ」

「じゃあいっぺんにめれば――」

「そう言う物とは違うのよ。化学反応って物が必要で、そうすると全く別の性質に変わったりするのよ。

 それで砂糖にするには酵素とかが必要なのよ。だから人の手で作るのは厳しいと思うわ。

 けど、逆なら簡単ね。性質を分けられるカイルには、砂糖から果糖とブドウ糖を分けるのは訳ないもの」


 確かに……。とカイルはうなずく。

 分離はできてもくっつけ直す事はカイルにはできない。


「砂糖は高いから買う訳にはいかないけど、作る目処めどが立ったら食べさせてあげるからね。その時を待ってなさい」

「うん、わかったよ」

「いい子ね」



 カリンの聞いたという製造元。そこへ二人はやって来ていた。

 町外れということもあり、辺りには民家らしい民家は存在していなかった。


「おっきいわね……。あたしたちもこれくらい、いえ、これ以上を目指すわよ!」

「えっ? う、うん」


 目の前にそびえ立つ大きな建物。それに相応ふさわしい広い敷地。

 カイルはそれを見て、無理じゃないかな、とつぶやき掛けた。けれど、カリンの意気込みに水を差すわけにはいかない。そんな気持ちから言葉を飲み込んだ。


「まあ、そもそもここは工場であって店舗じゃないからね。だから大きいのも当たり前だわ」

「工場……確か物を作るところだったよね」

「そうよ。だからここで売ってるという訳じゃないのよ。

 それに、ここは自分たちで売らないみたいなのよ……」

「えっ? どういうこと!」

「店舗を構えるとそれ相応に組合費が掛かるわ。あたしたちもそれで苦しんでいるから、それはカイルにもわかるわよね?」

「うん」

「だからそれを払わないために、子会社化――つまり、店舗を構えてるところを支配下に置いているらしいのよ。

 先ほど砂糖を売っていた所も、ここの支配を受けているらしいわ」


 カイルはそこで疑問を感じていた。確かに支配されるという感覚は良い物ではない。けれど、支配するという優越感以外に、この工場が得をすることはあるのだろうか……。


「えっと……それって従業員を店ごと雇うみたいな物だよね? 余計にお金が掛かるんじゃないの?」

「そこがここの上手うまいところよ。

 砂糖の製造をここが独占している。少なくとも、この近辺に砂糖を作る工場が何処どこにもないの。だから価格を好きなように操作できる……」


 ――先ほどまでは知らなかった情報。

 おそらく検索魔法を使ったのだろう。名前を知った事で自身に掛かる負担が減ったため、自重をしなかったとカイルは推測した。


「卸して――いいえ、仕入れさせてもらっていると言った方が良いかしら? まあ、小売店はそれに労働費を計上して、販売してるってわけよ」


 だから高いのよ、とカリンは説明していた。

 確かにそれならば売れなかったとしても、損失は一切でない。加えて商人組合費も必要としない。


「そもそもラーストンではここ――『グリードリ』商会しか砂糖は作っていないわ。いえ、隣国でさえ似たような物ね」

「えっ、商会? さっき店舗は構えてないって……」

「主に統括するだけの事務所みたいな物ね。

 まあ、こんな事もできるのはきっと裏であくどい――」

「あくどいとは聞き捨てならぬのぅ」


 会話に割り込むように、突如後ろから声が飛んできた。

 振り向くと、そこには60歳過ぎであろう老人が近づいてきていた。


「お嬢さん、風評を流すのは勘弁してもらいたいですな」

「何よ、あんた! いきなりなんなの? 盗み聞きとか変態なの!?」


 カリンは強気な態度で老人に迫っていく。

 でも、それだけで変態はさすがに言い過ぎかとカイルは思った。


「わしはここの工場を任されているゴルタールと言う者じゃ。そういうお嬢さんこそ誰かね?」

「あたしはカリンよ! こっちの可愛かわいい子はカイル。

 それで何が風評? ――事実、じゃないのかしら?」

「どこが事実な物か……。わしらは全うに商売しているだけに過ぎんよ」

「ふんっ! あんたたちにとっては、まともな手段なのかもしれないわね。けど、それは他の人から見たら、あくどいって事も十分に考えられるわ」


(う~ん、カリンちゃんもこういう時は適当に流せばいいのになぁ)


 カイルはこの後の予定も考えて、下手に時間が掛からない手段を用いるべきだと考えていた。けれど、それを相手の前で言う訳にもいかない。


「まあ、いいわ。あくどい事だろうが、もうけたらそれは正義よ。商売人にとってはどんな手を使っても稼げればいいのよ」

「ほぅ、若い女性だというのに、随分と苛烈な考え方をしているのぅ」

「ただし! それが法を犯していなければの話よ!」

「ふむ……では何かね。お嬢さんはわしらが法を犯しているとでもいうのかね?」


 老人は余裕たっぷりといった様子で持ち前の長いひげでていた。


「そこまでは言っていないわ。でも、人様に言えないほど悪辣あくらつなのは確信しているけどね」

「確信……か。どうしてそう思ったのか聞いてもいいかね?」


 そこでカリンはニヤッと笑った。

 それを見てカイルは何か嫌な予感がした。


「勘よ!」

(や、やっぱり~~~~!)


 勘などという不確かな理由で責め立てる。カイルにとってそれは信じられない行動だった。


「勘、かね?」

「ええそうよ。商売人こそ勘を大事にするべきだわ」

「なるほどのぅ……」


 会話が成立している。やはりその事にもカイルは理解できなかった。

 その事から自分は商売人には成れそうもないと感じてしまった。


「他にない? あたしたちも色々と忙しいのよ。あんたみたいな老体に構ってる暇なんてないのよ」

「ふむ、敵情視察はもういいのかね?

 ――ちまたに流れ始めた、わしらの工場で作られた物とは違う砂糖。あれはお嬢さんたちの物じゃろ?」


 ピクリッ

 その言葉にカイルは反応してしまった。同様にカリンも身体を震わせていた。


「当たり、じゃな。規模が小さいから大目に見てやっているが……あまりわしらを本気にさせるでないぞ?」


 老人から放たれる気迫。それはカイルには今まで感じた事もないほど恐ろしいものであった。かつて、槍――長い棒だと思っていた物――を突きつけられた時よりも、圧力を感じさせられた。

 それを間近で受けているカリンには、一体どれほどの物が掛かっているのかと心配になってしまう。


「本気にさせたら……潰すとでもいうの?」


 すごい!

 額から汗を流しながらも、カリンはしっかりと対応していた。

 自分ならおそらく尻餅をついてしまう事だろう。しかし、カリンはその圧力にしっかりと逆らえている。

 それに励まされたのか、老人から感じられる圧力が次第と平気になっていった。


 それが無駄だと持ったのか、老人は気配を一変させて穏やかな物に変えた。


「いいんや。そうなったらわしらの傘下に収まってもらうだけじゃよ。そんな事をしては法で裁かれてしまうわい」

「乗っ取り……というわけね」

「そんなことせんわい。ただ、わしらに上納金さえ差し出せばいいんじゃよ」

「そんな事してたら、あんたたちに食い物にされるだけじゃない。お断りよ!」

「ほっほっほ。まあ、今のままなら目くじらを立てたりせんよ」


 そう言って笑いながら老人は去っていった。

 それを苦々しくカリンはにらみ付けている。


「怖い人だったね……」

 カイルは雰囲気を変えるためカリンに話しかけた。


「そう……ね。まさに大ボスって感じね。ダンストンみたいな小物とは違うわ」

「大ボス?」

「えっ? ああ、そうね。大ボスって言うのは最終的に倒すべき敵っていう意味よ。あたしたちが大金持ちになるには、どうしても倒さないといけない敵だしね」


 あれが……敵……。

 そう考えると、腰が引けてしまう。


「なぁに? カイル、もしかしてビビってるの?」

「う‥だ、だって……」

「大丈夫だって! カイルの分類魔法は最強よ!」

「え? 最強なの?」

「ええ、そうよ。あいつの髪の毛なんか、全部抜ききってやればいいのよ! 自慢そうにでていたひげもね!

 そうすればあいつはハゲよ! 笑っちゃえば恐怖なんか感じないわよ」


 ――人に向けて使う。

 そんな事ができるのは攻撃魔法だけ。しかも100人に1人使えればいいとされる魔法。

 だからカイルはそんな事が可能だと、考えた事もなかった。


「本当は教えるつもりなんて、なかったんだけどね。そんな事に魔法は使っちゃダメよ?

 もし何かあったらいけないと思ったから、そういう使い方を言ったけど……。いい? むやみに人に使っちゃダメだからね?」


 繰り返すように告げるカリンを見て、ああ、本当の事なんだなぁ、とカイルは実感してしまった。






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