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『リトル』




「はぁ~、思ったよりももうからないわね。まったく……嫌になっちゃうわよ!」

「そうだねぇ……。あれさえなければ大丈夫だったんだろうけど」

「本当よね。あたしもあんな組織があるなって思わなかったわ!」



 現在二人は新しい店『リトル』を営んでいた。

 その『リトル』だが、それなりの――他より安い値段でケーキが食べられると評判になっていた。そのため、連日客が途切れることなくやって来ており、端から見たら繁盛しているとしか思えなかった。


 確かにもうけは出ている。従業員も雇い、給料を帳簿に計上していっても黒字にはなっている。

 しかし、以前の職――清掃業に比べるとすずめの涙程度の稼ぎにしかならない。もちろん貴族の依頼――臨時手当を除いてある。あんなのを入れたらどんな職でも馬鹿馬鹿しくなってしまうのだから。


 また、下手をしたら従業員の給料の方が、二人のもうけ額よりも高い、という可能性も出てくる状況だった。

 従業員の給料が高い。そういう背景もあるだろう。

 何故なぜ人件費が高いかというと、これには当然理由がある。新店舗の職員募集など、それ相応にあめがないと使える人材は集まらない。だから銀貨2枚という破格の待遇を用意しなければならなかった。これは一日の生活費の3倍以上という物であった。


 これは新人における給料である。当然熟練してくると、それ相応に昇給していく。

 大半は銀貨1枚と、銅貨2枚か3枚、という生活費の2倍程度なのだ。だから破格とも言っていい待遇をしていた。



 これも職を持っていない新成人がいなくなった事に原因があった。

 新成人――つまりカリンと同じ年齢の少年少女たち。その彼らはカリンと同じように、立身出世とまではいかないが、財を築くことを夢見て近隣の都市へとやってくる。


 大半は農村の出身であり、特別な技能を持っている者は少ない。だから個人の魔法を利用できる職を探し求める。

 一方少数派である都会育ちの新成人は、計算や文字の読み書きなどという技能を持っていて、農村育ちの彼らと比べて職に困る事はない。


 だが、必ずしも農村の若者が都会へと進出するとは限らない。魔法――それが微妙だと思っている者は村から出たりせず、親の後を継ぎ、一生を農家として従事する。

 それでも中には、夢を諦めきれずに街に向かう者が少なからず出てくる。そんな彼らの就職状況はあまりよろしくはない。

 魔法に頼れない彼らが必要とする物、それは――運。それ以外に頼れる物はない。


 では、何故なぜ運頼みなのかというと――。

 人員不足な職場はそれなりに出て来る物だ。

 不慮な事故でなくなる者、罪を犯し捕まる者、突如辞めていく者、そして引き抜かれてしまった者。様々な要因はあるが欠員が出る事には違いはない。

 つまり、彼らは欠員による追加募集枠を狙い、やってくるのだ。


 当然職が決まるまでの間、住む場所のない彼らは宿屋に滞在することになる。いずれ持ってきた資金が尽きる時が来るだろう。その時は出て行くしかない。

 彼らにとっては資金が尽きるまでが夢をかなえる唯一の時間。

 運なき者は泣く泣く田舎へと帰り、農家として一生を過ごす事になる。


 だが、人生という物はそれほど甘い物ではない。当然なくなったお金は戻ってこないのだから。

 無理をして資金を集めたため、戻ってからの日々は長く苦しい貧困生活になるだろう。当然1年や2年という短い期間では終わり見えず、少なくても十数年は掛かることを覚悟しなければいけない。たまには贅沢ぜいたくをしよう、という言葉すらとんでもないことだ。


 とはいえ、そんな生活も必ず終わりは訪れる。やがて生活水準は元に戻り、ある程度の蓄えもできるだろう。そうしたら他の農家との差はほとんどない。

 けれどひとつだけ、彼らの間には違いがあった。それも重大な物が――。

 結婚しているか、していないかという違いが……。


 貧困生活など誰も望む訳もなく、結婚相手として見向きもされない。これは当然の事だろう。

 また、としを取りすぎているのも論外であった。同年代の女性は皆嫁いでおり、相手となるのは成人したばかりなのだから仕方がない。

 確かに愛があれば……と言う者も時には出てくる。しかし、相手方の親がそれを許さず、やがて破局をしてしまう。


 それゆえ結婚するためにはなるだけ早く生活水準を戻す必要がある。

 そうは言っても、彼らの稼ぎ程度では早期の解決など不可能であり、手遅れとなってしまう事がほとんどだ。だから彼らが結婚できるのは、不慮の事故で伴侶を失った者とだけ。


 都会に進出するということは、これだけの事を覚悟せねばならない。余程の者以外は親にこの話を聞いた時点で尻込みをしてしまう。

 むしろ役立つ魔法を使える者ですら、年々田舎から出る者は減少の傾向にあったのだ。



 また古来より、子供は農作業の忙しくない時期に産む物とされていた。だから大体の子供が同じ時期に成人を迎える。これに合わせて8歳の祝福の日は決められた。政治ではなく、宗教的に大多数に合わせた結果だろう。

 そのため農作業とは関係の無い都会の者たちですら、それに合わせて子供を作るか、一年遅れに祝福を受けさせる事かのどちらかであった。

 この事からわかるように、カリンとほぼ同時期に職を求めてやってくる者が多かったという訳だ。


 だからあの・・ダンストンが言った時期が悪いというのは、事実であったらしい。もう少し早ければちょうど良い時期だったのは間違いない。

 けれど、たとえあの時店舗を借りられたとしても、カリンの様な若造・・ではおこぼれ狙い――役立たずしか雇えなかっただろう……。

 それを考えると、現状よりも状況が好転したとは思えない。どちらにしても使える魔法はともかくとして、計算できないような者を雇う気はなかったのだから。

 そうなると、社会的信頼のないカリンではどうしてもお金で解決するしかなかったのである。



 その事も大きな問題ではあったが、他にもっと頭の痛くなる問題があった。

 それは――商人組合と呼ばれる組織であった。


 この組織に加入しないと店を構える事ができない。露店ならば場所代を払う事で済まされるが、店ともなると定期的に組合費という物を納めねばならなかった。

 これには税金なども含まれており、だだをねる訳にもいかなかったのだ。

 しかも、店の規模によりその納める額は大きくなり、二店舗も構えている二人には相当な額が要求されてしまったのだ。

 その他に人件費・経費・雑費などを差し引いて、二人の手元に残るのは銀貨3枚と銅貨8枚、そしてラース銅貨数枚しか残らない。


 カイルは店に出ておらず、裏でせかせかと魔法で果糖を作り出している。

 その一方でカリンは、ケーキ作りなどもあって厨房ちゅうぼうに入って作業員に指示を出している。メレンゲを作らせたり、粉をふるいに掛けさせたり、かまどの火力調節をさせたりと……。

 けれど、それ以外の作業は誰にもやらせない。

 生クリームの泡立て度合い。粉の混ぜ合わせ。そしてデコレーション。これらはおろか、メレンゲに入れる糖類の量すら彼らには教えてもいないし、見せてもいない。


 情報とは力であり、お金にも替わる。だから教える気などカリンには全くなかった。

 彼らは従業員であって弟子ではないのだ。

 接客はマニュアルを作ってやらせればよかったが、信頼のおけない職員を職人に育てるなどありえない話なのだ。


 そのおかげもあって、企業スパイに類する者も排除できていた。その証拠に数人ほどわずかな期間で辞めていた。きっと彼らがそうなのだろう。

 それから少しってから似たような店が数軒できている。『リトル』で働いていた者がそこで働いていた、という話もちらほらと耳に入ってきている。


 けれど、味は『リトル』にほど遠い物であった。ふくらみもいまいちで、がちがちだとか……。甘みも全然なく、不味まずいという話も同時に入ってきている。

 加えてカイルの力があってこその低価格なのだ。同じように経営して成り立つわけがない。

 そんな店はいずれ潰れてしまうだろう。むしろそれが話題となり、より一層『リトル』が繁盛するという結果につながっていた。

 カリンはその事を考えて「ざまぁ」と彼らを嘲笑あざわらった。



 しかし、潰れるという言葉は人ごとではない。

 現在は繁盛しているからと言って、いつまでもそれが続くというわけではない。今は話題と新鮮さから連日、完売御礼かんばいおんれい状態となっているが、それでも大したもうけにはつながっていないのだ。

 少しでも売り上げが落ちた時は、最悪店をたたまなければいけない。だから今の状況にあぐらをいていられる場合ではない。

 そこで現状を嘆き、オーナー会議と言う瞑目めいもくで、カイルとカリンは相談していたのだった。




「組合費が馬鹿にならないわよ! あれさえなければ、完売じゃなくても十分稼ぎがあるというのに!」

「そうだねぇ……。まさか中央通りの店舗1つにつき、金貨1枚も取られるとは思わなかったよ。それも1日でなんて……。

 ごめんね、カリンちゃん。ぼくがあんな提案しなければ――」

「いいのよ、カイル。あたしがそれを採用したんだから、それはあたしの責任でもあるのよ。

 よく考えたら、あんな良い場所に空き店舗がある時点で怪しむべきだったわ。もう一つの方はそれほど掛からないのが幸いだったわね」

「カリンちゃん……」


 カリンの男気にカイルの目は潤んでしまう。

 男らしくなるって決めたんだ。こんな事で泣いちゃダメだ。少しでもカリンちゃんの役に立つんだ! とカイルは気を引き締め堅実な案を提示する。


「1店舗、たたむというのはどうかな。こっちの住まいの方は倉庫兼用と言う事で――」

「………………却下ね。それは愚策だわ。後ろに引いた先に待っているのは破滅だわ。

 確かに損切りは必要なこと。けど、始めたばかりでそれはあり得ない選択だわ。そんな事をしたら周りにめられるもの……」

「じゃあ、値段をあげるとかは?」

「それもダメね。少なくとももうしばらくは……ね。

 今は開店記念で安くセールしているって喧伝けんでんしちゃってるもの。だからあと一月は無理だわ」


 現在はマカタ月の3日目。イヨタに店舗を押さえて翌月のダウタの頭に開店したばかりで、まだ一月しかやっていない。

 当初の予定では二月ほど安くするつもりであった。だから後一月ほど残っている計算となる。


「ここで止めたら店としての信頼がなくなるから、やはりダメよ」

「そっかぁ……。それじゃ給料を下げるというのもダメだよね?」

「もちろんよ。そんな事したら辞めていってしまうもの。彼らがいないと店が回せないわ」


 この場に置いてはカイルが案を出し、それをカリンが否定するという形になっていた。

 そもそもカリンが考えつくならば、既にやってしまっていると言う事もあってこの形に落ち着いていた。


「組合費は削れない。人件費もダメ。雑費は……まあ、開店したばかりだから、どうしてもかさんでしまうのも仕方ない……。

 ――なら、経費を削るしかないわね」

「えっ!? 経費って削るの一番難しいって、カリンちゃんが言ってたじゃない?」

「ええ、けれど……難しくても削らないといけないのが経費なのよ。

 他のは簡単に削ろうと思えば削れるわ。でも、それをすると店の質が落ちてしまう。

 だからといって、安易な経費の削り方は商品そのものの質を落とす事につながるわ。如何いかに原価を下げ! 質を落とさずにそのままの値段で提供するか! これが大事なのよ。

 そういった理由の経費削減は企業努力の一つなのよ。


 本来人件費という物は経費に含まれる、という話をカイルは聞いていた。けれど、人件費は別に考えなければいけないらしい。従業員のやる気の低下が労働の質の低下につながる、カリンはそう言っていた。


「でも……原価ってこれ以上落とせないんでしょう?

 ぼくがどんなに上手うまく魔法を使っても、材料費は下げられないはずだし……」

「手は二つ思いついたわ。

 一つは市場で買いあさる事を止める事ね。農家から直接材料を仕入れれば安くなるわ。彼らも市場の場所代分を売値に計上してるから、どうしても高くなってるわ」

「ふむふむ。組合の権利を行使するって訳だね」



 組合員は売り物を、近場の農家から直接購入するという権利を与えられている。そういった意味では、ミーニッツ村から出るとき同乗させてもらった商人は組合員だったんだろう。


 蛇足になるが、行商人だった場合はその限りではない。

 彼らは領地を移動する度に関税と呼ばれる、商品ごとの通行税を取られてしまう。だから遠くまで運べば高級品になる物か、すぐ隣の領地で売れる物以外は彼らは扱わない。

 国の主食を仕入れていた以上、彼は行商人でないことになる。


 さて、露店は大概、農家の人たちが出稼ぎに来ているだけであり、彼らの地元に行けば安く手に入れる事ができる。

 わざわざ街にやって来て場所代まで払ってまで売っているのは、商人と契約が取れないからだ。だから彼らと交渉すれば、よほどの事がない場合は簡単に契約が取れる。

 中には趣味で作った野菜を売っている人もいるが、その場合は形がいびつなのでぐにわかる。

 ただ採れたてという事もあり、中々人気のあるのだが……。



 それを踏まえた上で、カイルは組合の権利を利用するのかと尋ねていた。今までは客の入りが読めなかったため、市場で仕入れていた。

 ここで方針を変えるという事は次の段階に入ったという事だろう。


「ええ、そうよ。それで二つ目は……これはカイル頼みよ。

 近くの森に出て、何か果物の代わりとなる物を見つけるしかないわね。雑草じゃブドウ糖しか作れないけど、ミーニッツ村で諦めた樹液が採れれば――もしかしたら……」


 そう言われてカイルは以前のことを思い出した。

 確かにあの時、カリンは木々を傷付けて何かをやっていた記憶がある。


「それがあれば売り物になるの?」

「違うわ。そのままじゃ無理だけど……カイルの力があれば簡単に売り物に変わるのよ。

 もちろんカイルが居なくても、それはちゃんとした売り物に変わるわ。でも、そうするとまた人件費の問題が出てきちゃうから……カイルにお願いするしかないのだけどね」






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