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順風満帆





 あの日――初仕事の打ち上げにアイル豚のステーキを食べてから、随分と時が流れていた。

 アイル豚はカリンも初めて食べるお肉で、少し気になってはいた。アイル豚は高級と言うだけあって、とても美味しい物であった。一人銅貨5枚もするのも当然だと思ってしまった。


 カリンとしてはカービーモー牛より美味しいと感じた。

 カイルも同じように美味しいと思ったみたいだが、どうやら豚肉よりも牛肉を好むようだった。

 これを聞いて、最初から贅沢させすぎちゃったかなぁ……、とカリン後悔した。



 それはさておき、既に一月以上経ち、マカタ月の18日となっていた。

 住居の契約期間の延長期日も、もうじき締め切りという所であった。今後の方針を悩んでいたため、カリンは手続きをするのを後回しにしていた。


 商売としては使っていないが、このままここに住むのも悪くはない。物足りない所はあるが、ここでも商売はしようと思えばできる。立地としてもそう悪い物ではない。住宅地であるからこそできる事もある。


(そう、コンビニや喫茶店の様にね!)


 けれどその二つの業種を考えると、ここではどう考えても手狭なのだ。だからこそ悩むものがある。

 お金なら十分にある。いや、むしろ家を買っても、営業資金が残るほど貯まっていた。


 あれから随分とマルティーヌから仕事を回されていた。大小問わずかなりの数を任された。

 手順に慣れてくると段々と早くなり、一日に2、3件済ませられる時もあったくらいだ。もちろんそれは近辺にある物で、小さい家に限られた物だが……。


 小さい家は金貨1枚、汚れ次第で2枚から3枚。

 大きな家は規模が違うので様々であった。簡単な物は金貨3枚で、最高で金貨15枚。査定で金貨5枚以上の建物は、当然一日で終わるわけもなかった。


 さらに噂が広まったのか、貴族が住む邸宅を使用人に代わり掃除をする……という依頼が来て、断り切れずに請け負ってしまったことがある。

 こまめに掃除をしているからあまり汚れてはいないのだが、新築同様の色に戻るという噂に興味を示したのだろう。

 見栄を張る貴族らしいとそのときカリンは思った。


 そしてカイルの分類魔法がばれないように、上手く魔法を使って事を運んだ。

 結果……カリンの狙い通りに全てが上手くいった。

 貴族もその出来に喜び、カリンも魔法の特質がばれることなく懐も暖まった。どちらも得をしているのだから、文句も出ようはずもない。

 簡単に終わるというのに、一件当たり金貨50枚という太っ腹ぶりであった。これにはカリンも驚きは隠せなかった。


 だが、その内訳には口止め料が含まれていた。使用人以外に館の整備をさせることは恥とされているのだから、それも当然の事だろう。

 二人も使用人に、と勧誘をされたのだが、カリンは首を横に振った。

 理由は簡単。カリンは使用人となる条件を満たしていないからだ。カイルもカリンがいなければ、そう言う事に応用が利かない。

 それになによりももっと稼げる手段があるからだ。

 今はまだ準備期間中だから、掃除の仕事をしていられる。けれどその時の事を考えたら、貴族に拘束されるわけにはいかないという事情があった。

 


 しかし、この様な能率で続けていれば、仕事がなくなるのも当然のことだろう。

 つい先日のことだ。

 マルティーヌが「もう十分ですよ」と言ってきたのだ。

 これはもう掃除を必要としている場所はなくなったという事だろう。いや、あるにはあるのかもしれない。

 けれど必要数以上に掃除しても無駄となってしまう。入居者で全てが埋まる事などない。日を置けば、また掃除が必要な状態に戻ってしまう。そうなると金の無駄以外何物でもない。


(でも、ちょうど良いと言えば、ちょうど良かったのかしらね)


 辞めると告げるには勇気がいる。双方共にストレスが生じるのは間違いない。告げる方ならなおさらだろう……。

 そういった意味では、向こうから切り出してくれたことはありがたい、とカリンは感じていた。

 罪悪感という物はどうしても残る。そんな相手に他の案件を持ち出すと、妥協してくれる可能性が高い。これを解決するのは時間だけだ。日を開けなければ十分効果的と言えた。


 だから新しい商売を始めるにしても、もっと良い場所に移せるのではないか……と考えていたのだ。



 試作品として作った香水パフューム。これを貴族の奥方に試して貰ったところ好評を得ている。お近づきとして進呈しても喜ばれたくらいだ。

 きっと彼女が宣伝してくれるに違いない!

 そう思っての事だったが、あいにくとまだ問い合わせは来ていない。

 もしかしたらだが、彼女に人脈がないとも考えられる。あるいは自慢はするが、それを教えないという独占欲が強い女性だったのかもしれない。


 でもカリンは心配していない。彼女は歩く広告塔だ。香りさえ漂わせていればいいのだから。

 そして販売した香水をかげば、「ああ、これがあの香水だったのね」と購買意欲が働くに違いないのだ。

 少なくともカリンなら思わず買ってしまう事だろう。


 本来ならばカリンも香水を付けたかった。しかし、高級感を出すためにはカリンのような町娘が付けるわけにはいかない。だから我慢して使わないでいるのだ。

 少なくとも、流行るまではその欲求に耐えなければいけない。


「はぁ~」

 そう思うと思わずため息が漏れてしまった。


「どうしたのカリンちゃん」

「ん? どうしたらいいのか迷っちゃって」


 この約二月でカイルは随分と大人びてきたと思う。

 可愛らしい外見がそうなったのではなく、内面の話だ。一緒に仕事をするようになり、精神的に鍛えられたからだろうか……。

 その事に少し寂しい思いもあるが、心強さも感じていた。

 それは今のカイルになら、相談してみてもいいかなという気持ちにさせられる。昔なら考えられなかった事だ。


「カイルならここで商売するのと、もっと大きな所、ううん、もっと人通りが良いところでするのとどっちがいいと思う?」

「ん~、その前にどういった仕事をするつもりなの? それがわからないと答えようがないよ」


 と言った感じに指摘される事も増えてきた。


「とりあえず、香水や果糖……あとは、それを使ったお菓子なんかも売れるといいわね。中で飲食できる方が良いかな?

 だからちょっとした広さが必要というのが前提ね」


 検索魔法があれば、好まれるレシピなど簡単にわかる。そもそも前世カオルもお菓子作りは趣味としていたのだ。

 もっとも、近所の子供たちに配るためではあったのだが……。


「そうだねぇ……ここじゃ物は売れても、食べたり飲んだりする事は無理だよね。だったら変えるしかないよね?」

「……やっぱりそうなるかぁ。ここは値段の割に安いから、悪くないと思ったのだけど……」

「――なんだったら二つとも借りたらどう?

 ううん、というか……お金は十分貯まったんでしょ? なら片方買ってもう一つは借りるのもいいんじゃないの?」


 その時カリンには雷が走ったような感覚に襲われた。

 ――二つとも借りるか、買う。

 このような発想、前世カオルの影響を受けて考えつかなくもなっていたのだ。学生という身分だったからこそ、家を二つも借りるという考えはありえなかったのだ。


「ほら、前に話していた……雇用だっけ? あれをして両方経営すれば良いんじゃないかな」

「カイル、あんたなかなかやるようになったわね」


 カイルに唸らせられ、思わずそう言ってしまった。

 言葉の勉強を教えたせいか、最近では多少怪しいところもあるが、時々カリンを唸らせる事がある。

 「あぅあぅ」言っていた頃が懐かしく思えるほどだ。


「そうね……カイルの言うとおりだわ。

 こちらは販売のみ、新しく借りる……いえ、買っちゃいましょう。そっちは飲食可能という形態でいくわよ」

「うん、それがいいよ。それで店舗……だっけ? それが完成したらカービーモー牛を食べに行こ!」


 カリンは苦笑してしまった。


(やっぱりまだまだ子供ね)


 大人びては来たけれど、時々こういう所を見せる。それが返ってカリンを安心させていた。

 いくら自分好みの婿に育てるからといって、心まで壊して――洗脳してしまっては自分が許せなくなる。だから、ときどきわがままを言ってくれる事がたまらなく嬉しくなる。


「そうね、そうしよっか。

 なんだったら、今度はステーキででもいいわよ」

「え……アイル豚だけじゃなくてカービーモーにもステーキあるの?」


 ここ最近では、一番の驚きをカイルは見せた。目を丸くし、とても愛らしい。

 それに刺激され、カリンは自分の中の荒ぶる精神カオルが目覚め、暴走を始めるのを感じた。


「ええ、ええ! もちろんあるわよ。そんでお酒飲んで、そのまま宿屋で一泊するのも良いわね! そこではじめ……ハッ!?」


 カリンはとっさに口を手で塞ぐ。

 時々ではあるが、カオルの精神が身体を操っている様な時がある。そういうときは総じて、カイルが子供っぽさを見せた時に現れるのだ。

 そんな時には、カリンは強い精神でもって、欲を押さえつけるように気を引き締める。しかし、今日は数日ぶりのことであった。それゆえに油断してしまったとも言える。


 それが今の『いたいけな少年をホテルに連れ込む』図だ。

 破廉恥はれんち極まりない行為だ。確かに年齢差は3歳。恋人や夫婦になってもおかしくない年の差カップルだ。

 しかし、相手は未成年。

 もし憲兵にとがめられたら、この世界でも十分犯罪として成立してしまうのだ。


 カイルがその気になってしまう前に訂正をしなければいけない。

 そう思ってカイルの目を見つめようとした……。


「ステーキ……カービーモーにステーキ」

「……」


 どうやらカイルは話を聞いていなかったようだ。カービーモーステーキに思いをはせ、カリンの問題発言など耳に入っていなかった。

 カリンにしてみれば助かった形にはなるのだが、なるのだが……。


(何か悔しいわね! あたしがまるで肉に負けた気分だわ!)


 そう思うと、ふつふつと怒りがわき上がってくのを感じた。カイルとしてみれば理不尽なものかもしれない。けれど、婚約者を前にして花より団子は如何なものか。

 これは正統な怒りだ!

 と感情を露わにする。


「カイル! いい加減よだれを垂らすのを止めなさい!」

「えっ? あっ!」

「カイル……そんな情けない姿をさらす様では、カービーモー牛のステーキを出す店には入れないのよ?」

「えっ!?」


 まるでこの世の終わりのような顔になる。

 もちろんこれは嘘だ。質がそれなりの所にそんな物はない。そんな物があるのは高級店だけなのだから……。


「ドレスコードという物があるのよ。そう言った所は紳士淑女しか入る事ができないわ。だから今のカイルの様な――落ち着きのない子供は拒否されてしまうのよ!」

 八つ当たり気味でカイルにそう告げる。


「あんたのそういうところは可愛いとあたしは思うわ。けど! 他の人がそれを微笑ましいと感じるかは正直疑問だわ。

 他人が見苦しいと感じた時点で退去させられるわよ」

「そ、そんなぁ……」

「あたしも言った事は守るわ。だから次カービーモー牛を食べるときはステーキ。そう決めたわ。

 だから、もしカイルが見苦しさをなくさない限り、カービーモー牛は食べられないと思いなさい。その場合は祝賀会は他の肉、いいえ魚というのもありね。

 まあ、そう言う事になるから……大口開けてぼさっとするところと、よだれを垂らすところは直しなさい! いいわね?」


 意気消沈したようにカイルはコクコクと頷いている。

 それを見て胸が痛くなる。が、これはしつけだ。多少八つ当たりも混じってはいたが、直した方が良い事には違いないのだから。


「そこさえ直せれば、あと少しよ。あと少しでカイルはあたしに相応しい婿に成れるわ。だから精進しなさい」

「うん! わかったよ。

 お肉も食べたいけど、やっぱりカリンちゃんに相応しくならないとね!」


 そう、それでいいのよ。

 とカリンは頷き、カイルの頭を撫でる。



 後日、二人は『ラットリア』という高級牛料理店へと足を運ぶ。

 そこで食べたフルコース料理は、この世の栄華を極めた人が食べる物、と錯覚するほど美味しい物であった。

 その時カイルはよだれ一つ垂らすことなく、最後まで完璧なテーブルマナーをして見せた。それを見たカリンは頷き、そして微笑みながら合格よと呟いたのだった。




 現在二人の財産は――。

 中央通りの店舗(金貨相当200枚)。

 現在の住んでいる家(金貨相当50枚)。

 これらを手に入れたとき、マルティーヌは少し涙ぐんでいた。それだけあって、新店舗の建物は値段の割に素晴らしい物があった。


 そして所持金にして――。

 金貨30枚。

 銀貨24枚。

 銅貨85枚。

 ラース銅貨152枚。


 この他、香水パフューム、買った果物から作り出した果糖、および残飯などから作り出した『蜜』などが在庫として確保されていた。

 これを元に二人は新たな商売を始める――。







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