表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/27

清掃業





 そして後日。

 カイルとカリンは、マルティーヌに指定されたある建物の清掃を終えていた。


 そこはとても人の住める所ではなかった。建物がぐらついていたりして、強度的に危ないという意味ではない。汚れが酷すぎて、住むと病気になりそうというあり様であった。


 初めてそこの室内に入ったとき、カイルたちはあまりのひどさに絶句してしまった。

 どこから手を付ければいいのだろう?

 呆然として、それを眺めるばかりであった。

 しかし、ただ見つめるだけのカイルとは違い、カリンは直ぐに立ち直った。そして「日にち開けた分、厳選しやがったわね……」と怒りの感情を露わにしていた。


 どうすればこの様な惨状になるのか、正直カイルは疑問でならなかった。

 長く人が住まないだけでこの様になるはずもなかった。だがここは、つい先日まで人が住んでいたらしいのだ。


 『トーリニン』商会が定期検査をして、この惨状に気付いたらしい……。

 あまりの酷さで購入を迫ったという話だが、相手がそれを拒否したらしい。それで追い出したとの事だが……。


(立ち退いて貰うにしても、もっと早くにするべきだよね……)


 カイルはあまりの汚さに悲鳴を上げ、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。しかし、そうするわけにもいかない。

 これは仕事。しかも今後に左右されるという大事な仕事らしいのだ。だから逃げるわけにも行かない。昨日の失態があるからこそ、気合いを入れなければいけないのだ。

 もし、ここで逃げ出したら、今晩も食事を抜きにされてしまうかもしれない。あんなこと二度と御免であった。

 今朝食事をしたとき、思わず泣き出してしまったほどだ。


 どうせ後には引けない情況なのだ。覚悟を決めるしかない。

 そして指示を仰ぐべく、カリンへと顔を向ける。


「ねえ、カリンちゃん……どうしたらいいの?」

「そうね……どこから手を付けたものかしら……。カイルの魔法を使うにしても、まずはこのゴミを何とかしないと駄目かしら……」

「カリンちゃん……それこそぼくの魔法が楽でしょ。ゴミの分別は……情けない事だけどぼくの得意技だよ……」


 使用人ではなく下男下女のやる仕事。それがゴミの処理である。それに類する魔法の使い方は馬鹿にされるのが常であった。

 かつてはカイルもそのような使い方をしていた。けれど、今は違う。違うのだ。

 カリンちゃんが他の可能性を、道を照らしてくれた。だから――ぼくは下男下女じゃない!


 それ故にその様な使い方はしたくはなかった。

 とはいえ、ここでは役に立つ事には変わりはない。恥じ入る気持ちはあったものの、カリンのためにはその気持ちすら押し込めるつもりだった。


「――そうしてくれるとありがたいわ。カイルがそういう使い方をするの嫌なのはわかってるんだけど……これはちょっと手で触りたくないわね」

「うん……ぼくもそう思うから言ったんだよ」


 気持ちの問題で腹は膨れない。その事は身に染みてわかっていた。まだ昨日の事だ。忘れようはずもない。


「お願いね……。あっ、臭いの元だけはこの前みたいにしましょうか。

 ゴミ箱として持ってきた背負い籠も……床に散らばっているようなゴミを入れたくはないわ」


 そう言ってカリンは外に出て行った。

 自宅の掃除の時、外用にした桶を持って行ったのだ。おそらく水を汲みに行ったのだろう。

 しばらくするとカリンは帰ってきた。手に持った桶には水が8割ほど入っていた。


「さあ、先にこっちににおいの元を移して頂戴」

 カリンは水の入った桶に指を指し、そう告げた。


 カイルは言われたとおりに魔法を使う。『エッセンシャルオイル』という物を作った時、これと似たような事をやっていたから簡単な事であった。

 あの時は良い匂い、今はくさいと感じる物を分類すればいいだけなのだから。


 魔法が上手く作動した。そして結果は直ぐに現れた。

 桶の中の水から、何とも言い難い臭気が漂ってきたのだ。

 く、くさい!

 カイルは思わず鼻に手をやってしまう。カリンも同じ様に摘んでいた。


「カリンちゃん……ごめん、一度にやり過ぎちゃったみたいだ」

 鼻を押さえているため、普段よりくぐもった声が出てしまう。


「次やるときは気を付けてね……。それじゃ、あたしはそれ流す穴を掘ってくるから。カイルはにおいを分けたゴミを、籠に入れておいて頂戴」


 カリンは桶を持って外に出て行った。

 においの元がなくなったことで、辺りに漂った臭気は大分収まっていた。

 けれど、あれを持っているカリンは相当な臭みを感じているはずだ。そう思うと悪い事をしてしまったという気分になってしまう。


 カリンの気持ちを無駄にしないためにも、カイルはしっかりと手を動かしゴミを籠に入れていった。

 まだどのくらい魔法を使うかわからない。そう思うとこの程度の作業で魔法を使う気にはなれなかった。



 魔法の使用による疲れと身体の疲労。どちらも疲れる事に変わりはないが、どちらがつらいかと聞かれれば、魔法と誰もが答える事だろう。

 確かに肉体疲労は後日に響く。しかし、疲れている最中は間違いなく魔法による副作用の方が重い。

 それにカイルは聞いた事がある。

 ――疲労を無視して使い続けると死んでしまう。

 昔は知られておらず、原因不明の死が訪れたということを。


 けれど今はそんな心配はない。

 ちゃんと解明されて、疲労状態になった人は魔法を使用することはない。強要させる事も禁止されている。たとえこの国の王様であっても、だ。

 何でも、何代か前の王様がそう決めたらしい。『法』とか言う物で定められた事は、王様であっても従わないといけない、とカリンが言っていた。

 王様でも強制できない事だからこそ、自分でできる事は魔法に頼るべきではない。そう言い聞かされていた。



 カイルは籠にゴミを入れ終えていた。

 まだまだ床に散乱してはいるが、それは臭い付きだ。カリンが戻ってこないのでそれを処理する訳にはいかない。

 さて、何をしようか……と考えたところで、カリンは戻ってきた。


「あら、ちゃんと終わってるわね。カイル偉いわ」


 そう言って、カリンはカイルの頭を撫でるそぶりを見せた。が、己の手が汚れている事に気付いたのだろう。その手をそっと引っ込めていた。

 気にしなくてもいいのに……。

 そう思ったが、それをカリンに告げる事はなかった。


「じゃあ、サクサク進めるわよ。

 今日中に終わらせる事を目標にしましょう! 何日もこんな所に来たくないからね」


 似たような事を繰り返し、床に散乱していた紙や布、そしてなんだかよくわからない物を籠に入れていった。

 一度に収まる量ではなく、何度か籠を街の焼却場へと足を運ばなければならなかった。


 ようやくゴミの処理が終わったところで、日が随分と落ち始めていることに気が付く。


「残念だけど、今日はここまでね……。

 カイルも魔法をかなり使っているし、無理する必要はないわ」

「えっ? ぼくまだいけるよ?」

「いいのよ、カイル。今無理しても良い事なんて何もないわ。

 これが上手くいけば、お金は手に入るのよ。そして、それを元手にすれば! 幾らでも、稼げるはずよ。あたしたちの魔法ならそれができるんだから!

 だからここで燃え尽きられても困るのよ。しっかりと英気を養ってね。明日も頑張って貰うつもりなんだから。

 頼りにしているわよ、カイル」


(無理をしなくてもいいみたいだね……)

 カイルはその言葉に、身体に入れていた力を抜いていく。


 正直に言えば、少しつらい状況ではあった。昼過ぎから数刻も動きっぱなしなのだ。それに魔法による疲れも少し出始めている感覚がある。

 だからカリンの言ったとおりにゆっくりと身体を休め、また明日に備えるつもりになっていった。



 そして次の日。

 この日は前日とは違い、朝から仕事に励む事にした。お弁当を用意し、夕食までに一気に終わらせるつもりであった。

 室内に入ると、昨日よりは臭気も収まったものの、まだまだ臭いという状態であった。やはり長くいたいような環境ではない。

 同じ気持ちなのかカリンも、「さあ、さっさと綺麗にするわよ」と気合いを入れ始めた。


 ただ、前日とは違う事がある。

 それは顔に巻き付けている布地。カリンが「病気になるから――」と言って渡してくれた物である。

 多少、様にならないところはあるが、実用性の前にその様な事は些細な問題だろう。そのおかげで、においが若干緩和されている様な気がする。難点といえば、互いの言葉がくぐもって、聞こえづらいところだろう。


 それはさておき、カイルはカリンの指示に従い、次々と汚れを分けていく。

 二人の家とは違い、塗料などによる汚れも混じっていた。けれど、それをカリンは検索魔法を使って調べ上げていく。カリンの魔法によりどのような物か理解したカイルは、それらを分離させ建物を綺麗にしていった。



 何度か休憩を挟んだが、日が傾き始める頃、ついに全ての掃除を終えた。


「ふぅ、終わったわね。カイル、ご苦労さま」

「うん、カリンちゃんもお疲れさま」


 二人は仕事の成果を喜び合う。このままマルティーヌの所に足を運び、終わりを告げる必要はある。けれど作業は終わったのだ。少しくらい気を抜いても良いのではないかとカイルは思った。

 カリンにもそんな気持ちがあるのだろう。綺麗になった椅子に座り、一息ついている。


「ねえ、カリンちゃん」

「なぁに?」


 カリンは伏せていた顔をあげた。


「今日は外食にしない? お金、貰えるんでしょう?」

 カービーモー牛が食べたい。それでついつい口にしてしまった。


「う~ん、貯めないといけないからなぁ……。う~ん、でもぉ……カイルも頑張ったしねぇ。初仕事の打ち上げも肝心かな。

 よしっ! いいわよ、カイル。ただしカービーモーは駄目よ、高いから。けど、他のなら構わないわ

「カービーモー牛は駄目なの?」


 カイルは期待していた物を否定されて、目をじわりとさせてしまう。


「うっ! カリン駄目よ、情に流されては駄目よ」

 頭を振り、自分に言い聞かせるようにカリンは呟いていた。


 かなり残念な思いはあるが、カイルは気持ちを切り替えた。

 ブートン豚もそれなりに美味しかったのだ。まだまだ美味しい物はこの街、フェルラースにはあるかもしれない。

 そう考えを変え、先ほどとは違う期待に胸を膨らませた。


「まあ、何にしてもマルティーヌからお金を貰ってからの話ね」

「じゃあ、直ぐにいこうっ!」


 急かすようにカリンの身体を揺さぶった。

 それに当てられて仕方なしと言ったていで立ち上がる。


「じゃあ、行こっか」

 カイルはカリンに手を握られて歩き始めた。




「えっ? もう終わったんですか!」

 その言葉通り、マルティーヌは驚きを露わにしていた。


「ええ、完璧よ。建物の新しさを含めると、あたしたちが住んでいるところよりも綺麗にできたと思うわ。

 でも、さすがにあんな汚いところばかりだと……今後はやりたくないわねぇ」

「え、ええ……あそこより汚いところは流石にないので……安心してください」

「まあ、あったところで報酬次第……ではやるつもりだったけどね。今回は金貨2枚と銀貨5枚だったけど、本来は金貨3枚だったわね? その3倍くらいは欲しいところだわ」

「さすがに3倍は無理です……。出せても金貨7枚といったところですよ。

 家賃の上乗せになってしまうので、それ以上出したら、今度は家賃が高すぎて住む人がいなくなります」

「売ればいいじゃない。あれだけ綺麗なら、少し高めでも中古価格なら買うんじゃないかしらね」


 強気な表情を浮かべるカリンに、カイルの視線は吸い込まれていく。生命力に満ちあふれ、見る者を元気にしてくれる力強さを感じる。

 マルティーヌもどことなくカリンに圧倒されているようであった。


「……それもそうね。でも、そうそう家を買う人なんていないからね。

 その辺りの基準も考えて、追々やっていきましょう」

「あたしたちは自信があるからね。安売りはしないわよ。

 相応の仕事を用意されると思ったのに、あんなのやらされたんだから……。簡単には頷かないって思った方がいいわよ? 自業自得ってやつよ」


 傍観している内に話は終えたようだった。

 どうでも良いから早く出来映えを確認して、報酬を渡してくれないかな。

 このマルティーヌという人は話が長い。いい人かもしれないが、簡潔に話せないところは欠点だとカイルは思っていた。

 もう、待ちきれない!

 その気持ちがカイルに行動を促した。


「とりあえず確認しに行こうよ。こんなんじゃいつまで経っても終わらないよ!」

 その主張と共にカイルのお腹から「グゥ~」という音が鳴り響く。


「クスッ。カイルもこういってるし、今日の所は確認を済ませて頂戴。

 仕事の打ち上げで食べに行くって話してるから、できれば今日中にお金を貰えるとありがたいわ。

 それに信頼という間柄にはまだ早いと思うの」

「そう……ですね……。わかりました。今日中に済ませないといけない仕事はもうありませんし……。では、今すぐ確認に行きましょうか。

 報酬の方は出来次第ということにさせて貰いますけど、一応用意は済ませてありますので、ご安心を」


 やはり二人の話は長い。

 カイルはそんな二人を急かすように、「早く早く」と呼びかける。

 全身を使って、もう待ちきれない、と表現するカイルに、カリンとマルティーヌは苦笑して歩みを速めた。



 その後、マルティーヌを引き連れ、カイルとカリンは掃除した民家へとやってきていた。

 その家は以前とは打って変わり、新築と見間違えるかのように綺麗になっていた。まだそれほど古い家ではないのだ。だからこの程度、二人には造作もない事であった。


「これは……確かに凄い……ですね。

 確かに金貨9枚も要求するだけのことはあると思います……」

「なんなら、今からでも9枚でも良いのよ」

「それはさすがに勘弁を……」


(またカリンちゃん、無茶な要求をしているよ)


 しかし、相変わらず話が長い。

 それが交渉というのは理解できる。けど、わかりきった事をいちいち確認するのは無駄ではないのか。


(あ~あぁ~、早く全部の部屋見て……ぼくたちを解放してくれないかなぁ……)


 都会の仕事は面倒な物だと、カイルは気疲れをしてしまう。

 こんな事なら、実家の農業を継いだ方が良かったかも、という気分にさえさせられる。少なくともカリンが居なければ、この事だけでここに永住したいとは思わなくなっていた。都会など、たまに食事に来るだけで十分であった。

 これが嫌だったのかな?

 都会に嫌気をさしたカリンの父、ボリスの気持ちが理解できるような気がした。


「カイル。さあ、ご飯を食べに行くわよ」

 ふとカリンの声が耳に入ってきた。


 顔を上げると、いつの間にかにカリンが目の前にいた。

 考え事をしている内に、話は終わっていたようだった。

 カイルは差し出した手を握りしめ、目的の――ご飯を食べに行こうとする。そして二人が歩き出した矢先、マルティーヌの声が後ろから聞こえてきた。


「後日、カリンさんのお宅に契約書を持って行きますので、その時詳しい話をしましょう。

 今日はお疲れさまでした」


 振り向いた時、彼女は頭を下げていた。

 悪い事をしたと思って謝っているのだろうか。けれど、彼女は話は長かっただけだ。その程度の事など、頭を下げるほどの物ではないとカイルには感じられた。

 既に彼女には声が聞こえない位置まで来ている。だからカイルはカリンにその事を尋ねた。


「ふふっ、カイル。あれはそういう意味ではないのよ。

 まあ、確かに無茶ぶりをしたマルティーヌは、頭を下げるべきかなぁ、とあたしは思うけど」


 そんな事もあったなぁ、とカイルは思い出す。確かにあの家は酷かった。謝るのも当然な事だとカイルは何度も頷く。


「けど、さっきの頭を下げる意味が違うのよ。あれはお辞儀という物であって――意味は『今後もよろしくお願いします』ってやつよ。

 下手したてに出て、良い返事を貰おうとする時に使う作法ね。基本的に立場が低い者が上の者にする事で、相手を気分良くさせる効果があるのよ。

 逆に、立場の高い者がそうする事で、相手に断れなくさせるという効力もあったりするのだけれど……」


 怒っているときに、相手に頭を下げられたら……スッとした気持ちになる。

 なら、冷静な状態で相手に頭を下げられたら――。


(なんとなく……気分が良くなる……かなぁ?)

 カイルはその事を思い、何となく怖くなってしまう。まるで気持ちを操られている様な気分になってしまった。


「なんか怖いね……カリンちゃん」

「そうよ? 人間関係というのは怖いのよ? だからカイルも信頼する相手を見極めないといけないわよ」

「うん、わかったよ。でも、ぼくはカリンちゃんだけを信頼することにするよ!」


 「もう可愛い子ね」と耳元でささやかれて、カイルは顔を紅くする。

 そして二人は、手を握り雑踏の中へと入っていった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ