仕事探し
「家の中も綺麗にしたし、そろそろ仕事を始めなきゃね!」
朝食を済ませたところで、さあ、今日はしようかという話になり、カイルはカリンにそう言い聞かされていた。
カイルとしては一日くらい街中を探検したい気持ちもあった。そのため言い訳がましくカリンに話しかける。
「あの……カリンちゃん……」
「……ん? 何?」
「そのぅ、ぼくこの街――ファルラースだったっけ? とにかくこの街……よくわからないんだけど? 何処に何があるのかわからないと迷子になっちゃうかも……」
自信なさげにカリンにそう言った。遊びたいという気持ちもあるが、それもまた本音であった。
「フェ・ル・ラースね! 『ファ』じゃなくて『フェ』」
「あっ! そうだった」
「大きな違いはないからそれはいいとして。
確かに地理に明るくないというのは不安ね……。ん~どうしよっかな。まぁ、いっか。うん、そうしよう。うんうん」
「どうしたの? カリンちゃん」
一人で納得するカリンに、カイルは何の事かわからず素直に尋ねる。
「両方いっぺんにやればいいのよ。仕事を探しながら街を案内してあげるわ!
どのみちカイルにも手伝って貰わなきゃ話にならないし……」
「……う、うん……」
「どうしたの? あまり乗り気じゃないみたいだけど……」
仕事を手伝うのは事前に聞いていたので、それも特に文句もない。むしろカリンの手伝いをできるのだから嬉しいくらいだ。
けれど、やはりカイルとしては、ちょっとくらい遊んでもいいじゃないかという気持ちが強かった。
だから簡単に頷く事ができなかったのだ。
「今日くらい……そのぅ……遊びたいかなぁ……って」
「――いい? カイル、お金って直ぐになくなるのよ?
カービーモーの肉を思い出しなさい。……あの肉汁したたる物。あれを食べたいと思わないの?」
カイルはカリンの言葉を素直に聞き、あの味を思い返す。
すると、口内によだれがあふれ出てきて、今にも口からこぼれ出しそうになる。
カイルはそれを飲み下し、口元を袖で拭った。
「……う、うん! 食べたいっ!」
「そう……、素直でよろしい。けどね……あれって高いのよ? だからお金を稼がないと食べるなんてことはできないのよ?
確かに今日明日でお金がなくなる訳じゃないけど、仕事をしないと切り詰めていく事になるわ。そうすると食事の品数が一品、二品となくなっていく事も考えなければならないわよ」
カリンは淡々と告げている。だからこそカイルは、それが事実なのだと受け止める事ができた。
食事が減る……。それは食べ盛りであるカイルにとってはこの世の終わりのような出来事である。だからそんな事になってはいけないと思い直す。
「ごめんなさい。ぼくが悪かったよ」
「そう、良い子ねカイル。
あたしも悪いとは思うのよ。でもね……貧乏がいけないのよ?
だから大金持ちに二人でなりましょう? そしたら好きなだけカービーモー牛も食べる事ができるのだから」
「『ビンボー』……『カービーモー牛』……。うん! 頑張ってお金持ちになるよ」
「うんうん、だから今日中に仕事を見つけなきゃね!」
カリンが含むように笑っていたのが気になったが、カイルはカービーモー肉のために頑張る事を決意した。
「一応、不安になるかもしれないから、現在の所持金を教えておくわね。
金貨が1枚、銀貨が22枚、銅貨が7枚よ。
先日銀貨2枚分買った食材は残っているけれど、あと2日くらいしか持たないから、直ぐに買い足す必要があるわ。
あと何かがあったときのために金貨は残しておくつもりだから、余裕があるのは銀貨20枚分と覚えておきなさい」
「う~ん、えっと……外で食べない場合、一日銅貨3枚で……」
「昼食は外で食べる可能性もあるから、30日はもたないと考えなさい。品数を減らせば40日くらい持つかもしれないわよ?」
カイルはその言葉に冗談ではないと首を横に振る。
そんなカイルをカリンは優しそうな顔で見つめてくる。彼女の笑顔を守るためにも頑張らなきゃいけない、そんな気分にさせられた。
「さて、準備はできたわね。そろそろ行くわよ!」
「うんっ!」
カリンはカイルを引き連れて、職を求めて街に出かけようとした。
彼女は先ほどの事を思い出して、危ないところだったと軽くため息をつく。
1日位ならば遊びに付き合う事もやぶさかではなかった。けれど1日2日で回りきれるような街ではないのだ。そうしたら1日が2日に延び、ずるずるとお金がなくなるまで遊んでしまう可能性も考えられた。
多少しつけているとはいえ、やはりカイルはまだ子供なのだ。可愛い反応だとは思うが、それとこれとではな話が別だった。
それでもやはり悪い事をしたな、と多少罪悪感を覚える。けれど、余裕もないのも事実だ。少し余裕が出てきたときに付き合ってあげる必要もあるだろう。
デートなんかしてもいいかもしれない。カリンとカイルは婚約者なのだ。そのくらいしてもいいだろう。
一足先に婚約者ができてしまったが、カリンとて乙女。だから恋人気分を味わいたい思いもあった。
そんな時、突如家のドアから音が響いてる事に気が付く。
――ああ、客が来たのね。
「カイル、お客さんが来たみたいだから。少しそこで待っててね」
そう言って、玄関へと近づいていく。
そしてドアを少し開き、相手が誰なのかを確認する。本来ならドアホンみたいな物があったら……とカリンは無い物ねだりをする。
しかし、ここは日本ではない。だからそんな物あるはずもなかった。せめて覗き穴があってくれればと思うが、やはりそれもなかった。
何があるのかわからないのだから、不用心なのはいけない事だ。だからこうして確かめなければいけない。
開けた隙間から見ると、そこには女性がいた。トーリニン商会でお世話になった人だった。
怪しい人ではないとわかると、カリンはドアをゆっくりと開いていく。そして笑顔を作り、「おはようございます」と挨拶をする。
何事も笑顔が肝心。無料でできる会話の潤滑油なのだ。利用しない手はない。
「おはようございます」
女性も笑顔で挨拶を返してくる。
なかなかの笑顔ね、とその笑顔を採点しながら女性の名前を思い出す。
確か――マルティーヌ。マルチーズみたいな名前だから、カリンはよく覚えていた。その犬とは似ても似つかない容姿だが、まあ、語呂合わせだしいいか、と適当に覚えていた。
「今日はどうしましたか?」
カリンはよそ行きの言葉遣いで用件を尋ねた。
「何か不便な点や、新しい家具が必要かもしれませんので、それの伺いですね」
「特にないですね。もう、あらかた生活環境は整え終わりました」
カリンがそう言うと、マルティーヌは少し驚いた様子を見せる。
「えっ? しばらく誰も住んでいませんでしたから……掃除用具や、寝具の買い換えが必要かと思ったのですが」
「ま、論より証拠ね。言ってもわからないでしょうから、見て判断してください」
カリンはそういってマルティーヌを中へと誘う。
そして室内に入るなり、彼女は驚きの声を上げていた。
「えっ!? これ……嘘でしょ……」
開いた口がふさがらない、まさにそんな様子であった。
「ふふん。どーよ、この状態。必要ないでしょ、そんなもの」
どうしても信じられない状態のマルティーヌは、他の部屋も見て回っていた。
いくら探したところで粗はないわ。
そうカリンは得意げに笑った。
やがて、全ての確認を終えたマルティーヌが、信じられない物を見たといった体で戻ってきた。
それをカリンとカイルは、ご苦労さまといった感じで彼女を出迎える。
「どう? 必要なかったでしょ」
「――ええ、でもこれって掃除系統の魔法ですか?
いいえ、魔法でもこれほど綺麗になるかしら……」
――ついつい自慢をしてしまった。
それで地が出てしまった事をカリンは理解していた。とはいえ、一度被った仮面が剥がれた以上、再び仮面を着ける気にはなれない。
そもそも面倒だったのだ。だから普段通りの口調で相手をすることに決めていた。
また、マルティーヌもあまりの状態の良さに驚いているのか、こちらの様子など気にしていない。話す言葉も少し早口になっていて、聞き取る相手の事など考えていないようだった。
かといって、それを聞き逃したという事はない。ただ、答えるつもりもないので、聞き逃したと事にするつもりだった。
だからそれはありがたい事だった。
「ねえっ! 聞いてます?」
「え? いいえ、早口で聞き取れなかったわ」
「はっ……! それは済みませんでした。もう一度――」
「あっ、ごめんなさい。その必要ないわ。
これから出かけるところだったのよ。だから長々と引いている余裕もないのよね……」
カリンはそう言って窓の方へちらちらと視線を送り、陽の登り具合を確かめていた。
マルティーヌはその様子をみて、本当に時間がないのだと気付いたようだった。実際あまり時間もない。
「これは……すみません。確かに連絡もなしに来てしまいましたからね。用事があるなんて思ってもみなかったので……」
カリンはその言葉にこめかみが引きつるのを感じた。
暇人。そう言われた気がしたのだ。
もちろんそんなつもりはないのだろう。それでも言葉遣いには気を付けて欲しいものだった。
「ええ、住居も問題なくなったし、次は職を探さないと暮らせないでしょ?
(もっとも、あたしにはカイルがいるから、最悪死ぬ事はないんだけどね!)」
カイルの分類魔法で雑草からブドウ糖を得られる。それなら他の栄養素も、無料で手に入る物から確保できる可能性はある。
もちろん味気ない食事などお断りだが、生き死にの間際でそんな事は些細な問題なのもまた確かである。
その事から分類魔法と検索魔法があれば、生きる上では何の問題もなかったと言える。
そろそろ行かないと今日もまた外食をしなければいけない。
そう思ったカリンは、早々にマルティーヌを追い出そうとした。
そんな時だった。
突如マルティーヌが何気ない一言をカリンに言ってきた。
「もし、ですけれど……もしよろしければ、清掃業をやってみませんか?
当然ここと同じ様に、とまでは言いませんが……。あなた方、どちらかの魔法でならそれが可能なのでしょう?
私どもの抱えている物件も、管理が全てに行き届くわけではありません。ですから、掃除なども済ませていない物がどうしても……」
「それで? ――あんたたちの代わりにやれってこと?」
いかにも不本意だという様子を見せるマルティーヌに、カリンはそう返す。
「ええ、そういうことです。
管理が行き届いている状態ですと、その……こちらも評価額があがりまして……。この家にしても、そういった理由で安めとなっていました。ですが、この状態ですと金貨2枚といった所でしょうね。
あっ、このまま借り続けて頂いても、増やしたりしないのでご安心を。そういう評価額は新規契約のみですので」
何を当たり前の事を……、とカリンは思う。そして声を荒らげる。
「そんなの当然よ! あたしたちが綺麗にしたんだから。
それで追加なんて言われたら、逆に掃除代を貰いたいところだわ!」
カリンは一呼吸して、そこで声の調子を変える。
ここから先は真面目な話になる。感情を乱したままではろくな結果にならない。少なくとも相手にその隙を与えてはいけないのだ。
「――んで? 作業料次第ではやってもいいわよ?」
「本当ですかっ!?」
あまりの飛びつき具合に、逆にカリンは引いてしまう。
なんとなく嫌な予感がする、そんな感じであった。
「ここと同じ程度に綺麗にしていただけるなら、一件あたり金貨2枚……いえ、3枚出しましょう!」
「――その条件だと頷けないわね。確かに金額としてはそこそこのように見えるけど……。
汚れ具合、部屋の数、家の規模、家までの距離。
それと魔法は使えば疲れるわ。だから一日で終わらない事もあると思うのよね
その辺も考慮してくれないと、割に合わない事もあるわ。だから大小、さらに汚れにも関係なく一律か、もしくは一件ごとに査定するかのどちらかね」
カリンは強気でそう告げる。その言葉でマルティーヌが「うっ」と言葉を詰まらせている。痛いところを突かれた、まさにそんな感じだろう。
それを見て、自分の言葉が正しかったと確信する。
慈善事業じゃないのだ。取れる物は取るべきで、情に流されるのはよくない。
たとえ、この家を借りるときに世話になったとはいえ、それはそれ、これはこれなのだ。
「で、どう? あたしたちは一律の方が面倒じゃなくていいんだけどね。でも、そちらとしては小さい家の方が多いんでしょ?」
このまま行け! と本能がそう告げている。
先日は失敗したけれど、今日はカリンの方が提案された側で有利なのだ。
「できれば今日中に仕事を決めたいんだけど……まあ、そっちとしては勝手に決められる段階を超えちゃってるのかな?」
「……ええ、確かに私の裁量を超える……範囲になりそうですね」
なるほど、とカリンは頷く。
その様子を見るに、自分の力では上を説得できないのだろう。これほど綺麗になるのだから、もったいない。そんな感情さえ読み取れた。
本当に金貨3枚というのがギリギリだったのだろう。
このことからもマルティーヌは信用していいとカリンは判断する。
「そうね……。この家だけだと、あたしたちの力が不安に感じるのも無理ないわね。けど、他の家もちゃんと綺麗になったのならどうかしら?
それならあんたも上を説得しやすい……ということにはならないかしら?」
できるよね? そう意味を含ませながら、もったいぶった調子でマルティーヌに告げた。
「は、はいっ! たぶん、できると……いいえ! できます!」
カリンはその言葉に微笑み、「そう」とつぶやきこう続ける。
「なら、今日は金貨3枚、いいえ……。金貨2枚と銀貨5枚でやってあげるわ。
それならあんたの裁量内なんでしょ? その結果で判断して頂戴。まあ、サービスってやつよ」
「それで十分です! それでお願いします」
ぺこぺこと頭をさげるマルティーヌにカリンは満足そうに頷く。
勝った!
言質を取ったカリンは得意げな顔になる。この勇姿を見てカイルはなんて思うのだろうか。「カリンちゃん、すごいや!」だろうか、それとも「かっこいい!」だろうか。
そんなカイルの様子を想像しながらも、何か様子がおかしい事に気が付く。それを確かめるべく首を回して周囲の様子を探る。
いない!
いくら見回してもカイルはどこにもいない。
本来ならば、カリンがそんな想像もする必要もなく、すぐさまカイルが声を掛けてくるはずなのだ。それがない、というのが違和感の正体だった。
(ど、どこにいったのよ……カイル! まさか……一人で外に出たんじゃ……)
焦ってもろくなことはない、ということはわかっている。けれど気持ちの制御が効かなかった。
「ねぇ、カイル……カイル見なかった?」
期待はしていなかったが、念のためマルティーヌにも確認を取った。
たとえ見ていなくても、彼女の視界に映らなかっただけでも十分なのだ。もちろん、部屋に戻っていったという言葉が一番嬉しい答えではあるが。
彼女の視界に映らないということ、それは家の外に出ていないということを指す。もちろん玄関からは……だが。
しかし、事実は無情であった。
「あ、弟さんかな? あの子……さっき外に出て行きましたよ。遊びに行ったんじゃないですか?」
その言葉にカリンは視界が暗くなった。そして身体がふらつき、床に尻を付いてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
そう言ってマルティーヌが駆け寄ってきた。そして肩を借り立ち上がる。
(座ってなんていられないわ! 早く、早くカイルを見つけないと!)
そんなことを思い、今にも外に出て探しに行きたい気持ちでいっぱいだった。しかし、身体に――脚に力が入らない。
それがマルティーヌにはわかったのだろう。カリンは否応もなく椅子に座る以外の事は許されなかった。
「カイルくんしっかりしてましたし、大丈夫ですよ」
「で、でも……カイルがあたしから離れるなんて……」
声が震えてるのがわかる。いや、身体そのものが震えているに違いない。カリンは自分が想像以上に狼狽えているのを感じた。
カイルが自分に黙っていなくなる。その事にも驚きはあるのだが、それ以上にやはりカイルが心配であった。
ここはミーニッツ村ではない。カイルも自分で迷子になってしまうと言っていたではないか。だからそれだけに、カイルが一人で出て行った事が信じられなかった。
「悪いんだけど……掃除の件、明日にずらしてくれないかな……」
カリンは力ない言葉でそう呟く。
その様子を見たマルティーヌは快くそれを承知し、去っていった。
おそらく彼女も暇ではないのだろう。カイルを探す手伝いをしてくれないという事は、この後用事があるのかもしれない。しかし、それ以上に大した問題とは思っていない節があった。
協力してくれないマルティーヌに、カリンは恨みがましい気持ちでいっぱいになってしまった。
「ふんっ、今後はびた一文、まけてやらないんだから……」
呟く彼女の声に力は込められていなかった。
結局カリンは、夜になるまで脚に力が入らず、探しに行く事はできなかった。
そして日が暮れる頃、のほほんとして帰って来たカイルに、「今晩はあんたの飯は抜きよ!」と告げたのだった。




