第六話
第六話
「きやぁぁぁ! 無理無理むりです! ごめんなさあぃ!」
笑里の悲鳴が響き渡る。テンテンがため息をつきながら、プロジェクターの電源を切る。
「逃げてばかりじゃダークモンは倒せないんだな」
笑里は金髪美少女のスマイル♪エイミーに変身している。両手でスマイルロッドを握りしめて涙目だ。
「だって聞いてないょ。敵が、な、なめくじだなんてぇ」
「なめくじじゃないんだな。ダークモンの一種、スライモンなんだな」
「どう見てもなめくじじゃなぃ!」
「違うんだな。スライモンには角があるんだな」
笑里は目眩でクラクラと気を失いそうになっている。
なめくじほど嫌いなものは、この世にないのだ。
スマイルカフェの二階、笑里の住居兼、マジカルランド防衛隊の本部に、訓練用の3Dプロジェクターを設置してスマイル♪エイミー、初めての訓練中なのだが。
笑里はダークモンの姿を一目見た瞬間、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「むりです! 無理無理無理〜」
テンテンが再びため息をつく。
「じゃあ、ゴッキモンの映像に変えるんだな」
「ちょっと待ちなさぃよ! それ、あきらかに、ゴキでしょうょ!」
「まあ、否定はできないんだな」
「もうやだぁ!」
笑里がロッドをブゥンと振ると、笑里の体から金色の光が霧散して、眩しさが収まったころには、紺ブレザーの制服姿の笑里に戻っていた。
「あーあー、なんだな」
「なによ! 文句があるならベルサイユにいらっしゃい!」
「……ネタが古すぎるんだな……」
「とにかく! 私は魔法少女なんか辞めるから! 誰か他の人を探してょね!」
「そういうわけにはまいりません」
突然、背後からかけられた声に、笑里は身をすくめる。
「な、なに?」
「ぎゃ! なんだな」
テンテンが笑里の体の陰に隠れた。
笑里が恐る恐る振り返ると、黒のパンツスーツにメガネをかけた、いかにもできる女という風情の女性が立っていた。
その背には純白の翼を負っている。
「……どちらさまでしょうか?」
笑里の台詞にテンテンが笑里の陰から飛びだし叫ぶ。
「ばかちんがー! 大天使様じゃ! どえらい天使様じゃ! 笑里の上司さまじゃー!」
「……じゃーって、テンテン、キャラ壊れてるょ」
「これが、素じゃー!」
「ぅぇぇぇ……。ありえなーぃ」
テンテンと笑里のおバカなやり取りを無表情で、聞いていたのかいなかったのかわからない大天使が口を開く。
「そういうわけにはまいりません」
「……こちらの会話を完全スルーしたわょ」
「……大天使様はごーいんぐまいうぇいな方なんだな」
大天使はメガネをくいっと上げて続ける。
「笑里よ、あなたの使命は神から与えられたもの。あだやおろそかにできるものではありません」
「そんなこと言ったって、嫌いなものはどうしようもないんですぅ」
「わかっていますよ。ですから今日はあなたに最強の装備を持ってきました」
笑里が目を輝かせる。
「最強の装備! どんなのですかぁ?」
「これです。さあ、これであなたもダークモンと戦えるでしょう」
それは笑里の皮膚にぴったりと吸い付くようにフィットした。まるで空気も水も通さぬような鉄壁の吸着力だった。
「……ただのゴム手袋に見えるんですけど」
「ただの、ではありません。高級素材ラテックス製の耐熱効果もある手袋です。これで笑里もなめくじやゴキブリを怖がる必要はなくなりましたよ」
「手づかみかょ! ゴキやなめを手づかみするのかょ!」
笑里の突っ込みに一切の反応を返さず、大天使は翼を広げ、窓から飛び立った。
「それではゴキげんよう〜」
「わざとね! わざとオチョクリにきたのね〜!!」
拳を振り上げ、がなりたてる笑里を、テンテンが必死に止めようとする。
「二度とくるなぁ!」
笑里の叫びはむなしく空に消えていった……。