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哲学する吸血鬼  作者: 寺山琵琶
Case1「自殺について」
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  この話は中世ヨーロッパをモチーフにしたファンタジー、なんかじゃない。冒険者ギルドでクエストをこなして、ゴブリンやエルフと交流を深めたりなんかもしない。僕がこれから話すのは、日常のなかにそっと横たわる不思議な話だ。だから剣と魔法の物語に期待しているやつは、今すぐに読むのをやめたって未来永劫問題はない。なんたって、舞台は東京の都心も都心なんだから。


  JR御茶ノ水駅を降りて、そのまま靖国通りをわたり、数本の路地を通り過ぎると、変なパチンコ屋に行き着く。かなり昔からあるらしくて、老朽化した外壁をケバケバしいネオンと近所迷惑でしかないノイズでごまかしている。

  出玉が良いのか悪いのか。朝っぱらから、競馬新聞を読んで煙草をふかすおっさんと、死んだ目をした大学生が並んでいる光景が見られる。

さて、そんなパチンコ狂人たちにあっても、パチンコ屋の看板の裏に僅か見える二階の窓に目を向けるものはほとんどいない。建物自体は二階建てなんだけど、パチンコ屋は一階だけで二階は貸店舗になっている。もっとも、昔はパチンコに勝った人物を狙って声をかけてくる娼婦の"サービスルーム"だったらしい。風営法が東京を支配する今となってはそんな影は見て取れない。


  二階へ上がりたいのならパチンコ屋の裏へ回るしかない。裏は下町情緒豊かな、というよりほとんど江戸時代の平屋のような家が数件並んでいて、半分死んだような老人と錆びた一輪車が転がっている。そこに二階へ行く階段はある。


  二階には何があるのか。それが気になってしまったら君は遅かれ早かれこの店の扉をノックすることになるだろう。

ようこそ、わが探偵事務所へ。




Case1, 「自殺について」




 このとき、この部屋には三名の人物がいた。

一人はこの探偵事務所のオーナー兼所長兼探偵。西田哲次郎。ユナイテッドアローズの白いシャツにZARAで買った青いパンツを合わせている。出かけるときは基本的にハットを被るが毎週水曜日だけは絶対に帽子をかぶらない。週に一度は髪の毛を休ませないと禿げると信じている。今はコーヒーを飲みながら時折タバコを燻らせる。吸血鬼である。


  二人目はお人形のような顔をした女の子だ。推定年齢は十歳。どう見繕ったって中学生にも見えないロリフェイス。名前は杏璃・ボーヴォワール。実年齢は知らないし聞いても教えてくれない。今ハマっているのは東洋哲学と阿刀田高。吸血鬼である。


 そして最後はこのお話の語り手である僕。御茶ノ水から電車に乗って少ししたところにある大学に通っている。文学部国文学科。正真正銘の人間である。


  どうして僕がここにいるのかに関しては涙なしには語れないエピソードがある。騙されたのだ。

  入学にあたって一人暮らしすることになった僕は、大学が始まって早々にバイトを探していた。学友たちはそれもすぐに塾講師や居酒屋なんかのバイトを見つけていたのだが、元来ひねくれ者の僕は、他の皆がやっているようなありきたりなバイトなど死んでもしたくなかった。来る日も来る日も求人サイトをリロードし続けた僕はついに「探偵助手求ム。週一カラ。給料等応相談」の文字に飛びついてしまったのだ。


  地図を頼りに事務所に辿りついた時には少しばかりの胡散臭さを感じないわけではなかったけれども、まさかこれで死ぬようなこともあるまいと、エイッとばかりに扉を開けてみると、そこにいたのは上記の人外二人だったわけである。それから始まっためくるめく冒険の日々。騙されたといくら叫んでも、そう簡単に逃がさねぇぞと睨みをきかせられ、僕はいま、ここにいる。


「ワトソン君、ちょっと」

 西田さんが僕を呼んだ。ちなみに恥ずかしかったので公表しなかったが、僕はここではワトソン君と呼ばれている。もちろん探偵の助手だからだ。残念すぎる。

「なんですか」

「昨日来たご婦人の言っていた事件、これかなぁ」

  手招きされるまま所長のデスクのパソコンを見ると、朝日新聞ネット版に掲載された小さな記事が開かれていた。

 記事の内容はこうだ。今から数年前のある日、住宅街にある七階建てマンションの屋上から女子校生が一人飛び降りた。遺書はなし。ただその日、倫理の授業で社会科の先生が藤村操を紹介したことが間接的な原因ではないかということだった。


「藤村操って誰ですか?」

 そう聞くと西田所長はギョッと目をむいた。

「おいおい勘弁したまえワトソン君。君は本当に日本の最高学府に通う学生なのかね」とのたまう。

「知らないものは知らないんですもん」

「藤村操っていうのはね、華厳の滝で自殺した高校生だよ。哲学的思索の末に自殺したなんて言われていたけど、最近では失恋のためだったことがわかってきたね」

「ふーん。それでなんでこの女子高生まで自殺しちゃったんですかね」

「知るかよ。ただ、藤村操が死んでから何百人って人が後追い自殺したそうだ。厳頭之感はたしかにそれっぽいからな」

「はぁ」

「藤村操に影響されて自殺ねぇ……」

  そういってから、西田所長はタバコの煙を大きく吐くとどこかに電話し始めた。

僕は昨日来た太った女性の謎の依頼について反芻していた。


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