ぶっ放せ、メリガちゃん!vol.2
『ぶっ放せ、メリガちゃん!』第二弾。
相変わらず内容は薄いです。
珍しくメリガちゃんがお昼を奢ってくれた昼下がり。
バジー国α-2地区、裏通りにあるとある武器屋にて。
「らっしゃーい」
「……はじめまして」
「おや、驚かねえよ、この兄ちゃん」
クリアな水色をベースとした幻想的且つ爽やかな店内カウンターでがはははっと盛大に笑ったのは……水棲人の彼だった。
本当は心底驚いたんだけど、こう、人ってのは予想外 (どちらかと言えば予想斜め上) の出来事 (今回に至っては珍事に近い) にぶち当たると、一回りして大声が出ないというか。
夢の中でゴーストに会ったとき声が出なかったので、きっとそれと同じだ。
とにかく、水棲人を見たのも話したのも初めての俺は、カウンターに座る彼を不躾にもまじまじと眺めてしまった。
さて、水棲人とは何者か。
水棲人とはいえ、この世界、この時代に、彼等のほとんどは水中に棲んではいない。
陸上で生活しているわけだが、俺が驚いたように、彼等の陸上での生存数は非常に少なく希少価値の高い生命体である。
よってほとんどは謎に包まれており、詳細は不明だ。
一説によると陸上生活に不向きであるが故ほとんどが絶命したそうだが……じゃあ水に棲んでいればよかったんじゃないのというのは、やっぱり愚問なんだろうか。
今なお彼等は水棲人と呼ばれるが、正直、陸上にいるなら半魚人でいいんじゃないかと思っている。
──実際、目の前の彼は半魚人だった。
と、凡そここまでは全て俺のモノローグであり、いつも連れ立っている旅の相方メリガちゃん (メリガ・チャム / 30歳) は、相変わらず堂々とモデルばりの立ち姿を隣で披露していた。
高い位置で一つにまとめられた銀髪が、動きに合わせてさらりと揺れる。
「久しぶりね、魚河岸くん」
「よう、メリガちゃん」
「メリガちゃんて呼ぶなよ!」
「相変わらずお前は上から下までスレンダーだなあ」
「上から下まで寸胴のあんたに言われたかない」
いろいろ言いたいことがあるらしいことはわかったけど……
「魚河岸、くん?」
「おう、俺ぁな、フリッツ・シュア・ローゼンバーグってんだ。よろしくな!兄ちゃん何てんだ?」
「え、全然魚河岸くんとかじゃないですよね」
「魚河岸くんよ」
「で、兄ちゃんは?」
魚河岸くん (?)は流石メリガちゃんの知り合いと言うべきか、とにかくマイペースだった。
「あー……ゾイ・ダルタニーです」
「へえ、そうかい!ゾイ・ダルタニー……ん?ゾイ・ダルタニー?」
「はい」
「ゾイ・ダルタニー」
「はい」
魚河岸くんはその魚眼で、上から下まで舐めるように俺を眺めた。
「本名はもしかして、ゾルィニー・ディシャール・ダルタニアル?」
「まあ、はい」
「……おい、メリガちゃん」
「メリガちゃんて呼ぶなよ!“メリガ・チャム”だっつってんの!」
彼女がちゃん付けで呼ばれるのは、単純に、三十路を過ぎてなお弄り甲斐のある性格だからであって、別にフルネームを文字ったわけじゃなかろうと思うには思うが、まあ……そんなことは言ったところで聞く耳を持っているとは思わないのでコメントは差し控える。
さて、バジー国に留まらず世間一般常識として、凡その庶民はミドルネームを所持しない。
水棲人である魚河岸くん含め獣人などはあったりなかったり何故か曖昧だが、その辺の事情は人間である俺にはわかりかねるので省く。
話を戻すが、“ファーストネーム・ファミリーネーム”が普通であり、ミドルネームを持つのは貴族や王族に限られている。
名前は長ければ長いほど高貴であるという、よくわからない上流社会の常識ってやつだ。
貴族はもちろん、上流社会に食い込んでくる商人 (商人は商人故にミドルネームはない。よって補充するが如くより長い名前が多い) なぞは、やたらめったら長い名前が多い。
王族に至っては「それ自分でも覚えてられるの?」と問いたくなるような長さだ。
それはいいとして。
「お前、“ゾルィニー・ディシャール・ダルタニアル”ってのが何なのかわかってんのか?」
魚河岸くんのメリガちゃんを見る目は、完全に可哀相な子に向けるそれだった。
魚眼だけど。
「はあ?」
美しき片眉を跳ね上げ「わけワカメが何だかわかってるのか?」と聞かれたかの如く、本当にわけワカメな顔をしたメリガちゃんは、もちろんのことわかってなんていない。
そして彼女は、
「その“ゾルィ……なんちゃらかんちゃら”がどうしたっつうのよ」
──ある意味で流石だった。
「今の流れでわかんだろうが!この兄ちゃんの本名だよ!」
「は!?知らないし!」
「聞いてなかったの間違いだろ!お前はもう、いっつもいっつも人の話を右から左で!」
「は!?何、魚河岸くん喧嘩売ってんの!?わたしだってね、聞いてないときは聞いてないって言うわよ!」
「じゃあ聞いてたか!?」
メリガちゃんと魚河岸くんは正に額を突き合わさんばかりで、その……そんな至近距離では魚眼であるその目は位置的に考えて、メリガちゃんは視界範囲外なんじゃなかろうかと、いらない心配をした。
……でも、たぶん、見えてない。
そして、それを知ってか知らずか (どっちでもいいけど) メリガちゃんは叫んだ。
「聞いてないわよ!」
そうだよね、うん、わかってる。
「お前なあ……ダルタニアル家のディシャールっつったら、そりゃもう美人な奥方様で有名じゃねえか」
突き合わせた額を離した魚河岸くんが項垂れ (ている、おそらく) たが、メリガちゃんは相変わらず「はあ?」と言っただけだった。
そこで挫けなかった魚河岸くんは、当の本人 (俺のこと) をすっかり放って熱弁を続ける。
それもどうかと思ったけれど、取り敢えず口は挟まずにいた。
「イルマリ・ディシャール・ダルタニアル様だよ。メリガちゃんは……ああ、いい、知らないんだろどうせ。とにかく美人で有名な奥方様でな、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花ってなぁあの方のことよ」
「へー」
すでにメリガちゃんの興味は棚に陳列された機械式銃剣に移っていたが、魚河岸くんは気にしなかった。
「でだな、ゾルィニー・ディシャール・ダルタニアルってなぁイルマリ様のご子息でだな。そこの兄ちゃんのことだ」
「へー……は?」
機械式銃剣からようやく離れた視線は、俺をガン見した。
「ゾイ・ダルタニーじゃないの?」
射るような視線に思わずたじろぐ。
「いや、あの、ゾイ・ダルタニーなんだけど、その、ゾルィニー・ディシャール・ダルタニアルでもあるって言うか」
幼馴染みで、それこそ俺は5歳、メリガちゃんは10歳のときからの付き合いでものすごく今さら感溢れる話題だとは思った (気付いてないことは気付いていた) けれど、とにかくたじろぐものはたじろぐわけで。
「ゾイ・ダルタニーの方は優者登録名なんだろ。なあ」
取り敢えずなフォローを入れてくれた魚河岸くんに「そ、そうそう!」とひたすら頷く。
それがメリガちゃんに如何ほどの効果が期待出来るのか……正直、全くわからないが。
何せ──
「……優者登録名って、本名じゃなくてもよかったの?」
──何せ、メリガちゃんの頭の中は二十年の時を経てしてなお、理解不能なのだ。
ちらと魚河岸くんを見遣れば、やっぱり可哀相な子 (と言うか残念な子) を見るかのような憐れんだ目をしていて (もちろん向けられた先は言わずもがな)……俺が悲しくなったのは何故だろう。
メリガちゃんは相変わらず射殺さんばかりの視線でもって俺を貫き続けており、何かもう、SSランクのモンスターと対峙してるときより緊張する。
そもそもがSSランクモンスターなんて伝説級で、いるのかいないのかわからないお伽話みたいなものだから、対峙はおろか視界を掠ったことさえないわけだけど。
「あんた……貴族なの?」
「貴族って言うか……」
何て言うべきか。
「バジーの王族だろ」
「末席です!」
「……は?」
売り言葉に買い言葉みたいな勢いでうっかり口を滑らせた俺に、メリガちゃんの美眉は、より跳ね上がった。
本当に今さらなんだけど……
本当に本気で知らなかったんだね、メリガちゃん。
「もしや……行く先々で妙に待遇よかったのって」
「ああ、ゾイ・ダルタニーの本名ならこの業界じゃ有名だぜー。ただでさえこの兄ちゃん、よく見りゃあのイルマリ様にそっくりの美貌だもんよ、知らねえ奴のが少ねえんじゃねえか」
正直、もう母の話は打ち止めにして欲しい。
メリガちゃんに至っては「ゾイのおばさん、そんなに美人だったっけ?」とかぶつぶつ言ってるし。
昔を思い起こしたなら、まあ、メリガちゃんの疑問は最もに違いない。
あの人は……今はやめておこう。
そんなことを遠い目で考えていたなら、
「信じられ──んっ!!!!!」
いきなり、メリガちゃんが卓袱台返しよろしく棚を蹴り上げた。
ちょ、そこ、さっき見てた機械式銃剣やら機械式電磁砲やら、とにかく機械式の武器ばっかりがひしめいていた棚だよねメリガちゃん!
と、一瞬にしてそこまで逡巡した俺の思考とは裏腹に、現実は容赦なく。
──ズガガガガガッ!
──ヒュンッズダダダダダッ!
──ガウンッガウンッガガガガガガッ!
──ガガンッ、ガンガンガンッ!
シ─────ン。
「……ひいいぃいっ!」
あらゆる機械式武器の暴発による乱射によって穴だらけ真っ黒焦げになった (どうやら機械式火炎放射器まであったらしい) 店内で、ようやく、魚河岸くんの引き攣るような悲鳴が上がった。
本当、よく全員無事でいられたよね。
「あんたねえっ!」
ずいっと詰め寄ってきたメリガちゃんに、例えば「いや、現状その台詞はメリガちゃんこそ言われるべきものだよ」と正論を振りかざしたところで、その見事なるお御足に訴えて現実的に一蹴されるがオチだ。
何も言うまい……というか、こわくて言えない。
腰は引けつつ「何ですか……(何故か敬語)」と小さく問うたなら、ガン!と瓦礫と化した棚に片足を乗っけて、声高らかに彼女は言った。
「夕飯は五つ星スイートで豪華ディナーよ!」
「……」
ごめんメリガちゃん、何の話?
「あんた!」
「あ、はい!(まだ敬語)」
「王族末席だって!?そんな分際で一庶民のわたしに昼飯奢らせるなんて、マジあり得ない!」
「一庶民て……」
SSランク優者であるメリガちゃんの稼ぎが、一庶民で一括り出来るわけがない。
何故なら、こう見えても“メリガ・チャム”と言えばSSランク優者内でも席次四番なのだ──二度言うけど、こう見えても。
ちなみ、俺は次席となっているけど、単純に実力だけなら圧倒的にメリガちゃんの方が強い。
とにかくメリガちゃんは大層ご立腹で、夕飯含め今日の宿代は全て俺の財布からということで落ち着いた。
「ああ……俺の店ぇ……」
いや、何も落ち着いてはなかった。
「あの、弁償しますから」
「わたしはビタ一文出さん!」
「何でそんな強気……ああ、大丈夫ですよ魚河岸くん。俺が払います」
「ついでにこれ買って」
ひょいと目の前に出されたのは、あの嵐のような乱射騒ぎの中で奇跡的に無事だった機械式銃剣。
ああそういえば、さっきから熱心に見てたっけなと思い出す。
逆らう気力もなくそれの代金も一緒に、唯一何とか機能していたクレジットの機会にカードを通した。
俺、本当にメリガちゃんにはこれでもかってくらいによく尽くしてると思うんだけど、どうして伝わらないのかなあ。
本当、どうしてだろう。
知らず首を傾げた俺に、絶望の淵から何とかなけなしの気力で復活したHP2くらいの魚河岸くんが、ぽん、と肩を叩いた。
「何か……がんばれ」
あれ……同じ台詞をどこかで聞いたような?
ともかく、機械式銃剣片手に件の五つ星ホテルへと俺を引き摺るメリガちゃんはそれはもううきうきで、そんな俺も「今夜は同じ部屋かなあ」とほんのり邪な思いでもってうきうきで、一応お店再建のメドが立った魚河岸くんも見送りをしてくれながらHPは13くらいまでは回復してそうな感じでうきうきで。
「如何いたしましょう、奥様」
「そうね──優者ギルドより、メリガ・チャムとゾイ・ダルタニーを呼びなさい」
「かしこまりました」
──とある場所でそんな会話がなされていることなど、微塵も知らなかった。