大好きなゆうくん
少し前に書いたので、ちょっと読みにくいかもしれません。
ご了承下さい!
ゆうくんはどんな日だって私に会いに来てくれた。
雨の日だって、風の日だって、台風の日なんか二回も来てくれた。
春は、英語がプリントされた長袖のシャツで。
夏は、まぶしい太陽の下、薄い水色のティーシャツで。
秋は、風が冷たくなったので灰色のパーカーを着て。
冬は、お気に入りの黒いダウンジャケットを羽織って。
私はそんなゆうくんが大好きだ。
あの笑顔も、ぎゅっとしてくれたときの石けんの匂いも、朝早く来てくれたときだけ見ることができる寝癖も、みんなみんな好きだ。
ゆうくんは、黒い髪をしている。ちょっと茶色がかかった毛の私からすれば、うらやましいこと限りがない。
私の友だちは茶色が多いので、ゆうくんの髪の毛は見るたびに私を新鮮な気持ちにしてくれる。
私もあんなきりっとした黒がよかったな、そう思っていても、ゆうくんは私の色の方が好きだと言ってくれる。
黒でもなく茶色でもなく、焦げ茶でもないこの色は、ミルクティーをうんと濃くいれたときに似ているのだそうだ。
時々、ちょっとおいしそうな色だね、と言われる。
きっとドーナツと最高に合うと思うんだ、と笑ってから、お土産の丸いおかしを分けてくれる。
ゆうくんの水筒にはいつもお茶しか入っていないから、ドーナツをもぐもぐ食べながら水筒のふたを開けては、中身を見て少し悲しそうな顔をしていた。
ゆうくんの水筒になぜお茶しか入っていないかというと、それは学校で決められているから。
水筒は水かお茶。それ以外で水分補給をしたいときは学校にあるウォータークーラーを使用しなければならない、という校則があるのだ。
中にはこっそりスポーツドリンクを入れてくる子もいるらしいけど、ゆうくんは見つかったときが怖くてできないらしい。
だって、学校で一番怖い事務員さんが一時間お説教するんだよ、とゆうくんは悲しげな表情を浮かべた。
学校で一番怖い人が事務員さん、っていうのもどうかと思ったけど、とにかくしないと決めているらしい。
なんともゆうくんらしい。
ゆうくんは学校でサッカーをやっているから、肌が日に焼けてちょっと黒い。それから、邪魔だからという理由で髪も短くしている。
だから三ヶ月に一回は散髪に行くと言って、スッキリした様子で会いに来てくれる。
髪が短くなったゆうくんは、キリッとしてなんだかかっこいい。
背も私よりずっと大きいけど、そのときはもっと大きく見える気がする。
でも、少し寂しくなることもある。
私は毎日ゆうくんをみているけど、いつの間にか大きくなっているなぁと思い、今はもうジャンプしてもゆうくんの肩にも届かない自分に悲しくてすねたりする。
そんなとき、ゆうくんはいつも笑いながら、でも少し困った顔で頭をなでてくれた。
これで帳消しにできない?と意味不明なことを言って、なでてくれるのだ。
私はこの『笑っているのに困った顔』を見るのが好きで、たまにゆうくんに意地悪をすることがある。
たいていは頭をなでて、ごめんねとか、これでおあいことか、帳消しにして、とかあまりよく分からないことを言うけど、本当は困らせる気はないのですぐ許してしまう。
やっぱりゆうくんが大好きだから、仕方ない。
そう、ゆうくんは優しいのだ。
学校でケンカもしないし、怒鳴ることもないし、でもその代わりに少し寂しい顔をする。
大丈夫だよ、と力なく笑うゆうくんを見ると、胸がきゅぅと痛くなる気がする。
けれど、ゆうくんは回復も早い。私の心配をよそに二・三日後には普通の笑顔に戻ってしまう。
そして、寂しい顔が消えたときには、やっぱり笑顔のゆうくんはいいな、と再確認するのだ。
それに、ゆうくんはほとんど泣かない。
小さい頃、サッカーの決勝戦で負けたときだけ少し泣いちゃったよ、ゆうくんは苦笑いしながら話してくれた。
でも、それ以来泣いた話をきいたことはない。
泣いても解決しないからね、と言うゆうくんはやっぱり大人になったと思う。そんなゆうくんが次に泣くときはいつなのだろうと考えたりもした。
ほっぺたに少し冷たい手が触れて、私はまぶたを上げた。
ゆうくんのことを考えていたら、本当にゆうくんが会いに来てくれた。
きっと急いで帰ってきたのだろう。ゆうくんの鼻の頭が赤くなっている。いつもあたたかい手も、冬の冷気でまだ冷たいままだ。
でも、私は体があたたまる気がした。
ゆうくんが冷たい手で触れても、不思議と寒くない。
そろそろお迎えが来たらしい。最期にゆうくんに会えてよかった。
私はゆうくんが大好きだ。
毎日学校帰りに会いに来てくれる。
遠回りしておばあちゃんの家に立ち寄って犬小屋をのぞきに来てくれる、そんな優しいゆうくんが大好きだ。
休みの日は河原まで散歩に連れて行ってくれて、寒い日はお古のセーターをくれる。
ずっと一緒にいられるわけではないけれど、毎日会いに来てくれて、頭をなでてくれて、丁寧にブラッシングしてくれて。
私は犬だ。
ゆうくんのおばあちゃんに飼われている、一匹の犬だ。
ミルクティーを濃くいれたような色の毛をしていて、柴犬と同じくらいの大きさをしている。
そして、今。私はとても幸せな最期を迎えようとしている。
だって、ほとんど泣いたことのないゆうくんが、今私のために涙をこぼしてくれているのだ。
ぽろぽろと涙をこぼしながら、一生懸命頭をなでてくれる。
いつも優しかったゆうくんが、私の大好きなゆうくんが、毎日会いに来てくれたゆうくんが、この最期の瞬間も側にいてくれる。
もう体が動かなくなってきたけれど、私は最後に力を振り絞って、短くわん、と鳴いた。
寂しくはなかった。悲しくもなかった。
だってゆうくんが、最後に笑ってくれたから。
これを読んで、ホロリときて下さった方がいれば幸せです。