読切短編 次の方どうぞ
私の仕事は、決めることだ。
三十七秒。それが、私の記憶にある限り最長の「決断時間」だ。
手術室で、想定外の大出血が起きた。助手が青ざめる横で、私は三十七秒で次の手を打ち、患者を生かした。その日、院長室で「神の手」と呼ばれたことを、今でも正確に憶えている。
交渉のテーブルでは、相手が提示した条件を聞きながら、頭の中で反論を三案組み立て、最初の一案で相手の顧問弁護士を黙らせた。二十秒もかかっていない。
ある決定的な署名は、八秒だった。ペンを持つ手が震えた。だが、署名した。それが仕事だった。その夜は眠れなかったが、それでも翌朝には次の案件が来ていた。
要するに、私は決める男だ。人生において、迷いは贅沢品だと思っている。——少なくとも、昨日までは。たった一つの判断が、取り返しのつかない結果を招いたばかりだった。
コンビニのレジに立ったのは、午後三時過ぎだった。
「肉まん、あんまん、どちらにしますか」と店員が訊いた。
私は答えなかった。
——いや、答えられなかった。
肉まんは、昼に肉を食べた。あんまんは、朝に甘いものを食べた。甘いものは判断を鈍らせる——昔、そう教えられたことがある。しかしこの寒さなら塩気が欲しい。だが胃の調子が微妙に重い。肉まんの皮はあんまんより薄い——いや、店によって違うか。ここはどうだ。見た目は同じに見える。ならば中身で判断すべきか。
後ろに列ができていた。
背中に視線が刺さる。外科手術のメスのように鋭く感じた。
「……」
汗が出た。十二月に、汗が出た。あの署名のときよりも、指先が重かった。
「お客様?」と店員が言った。声のトーンが一段低くなっていた。後ろの誰かが、小さく舌打ちをした。
「……どちらも」と言おうとした。喉まで来た。出なかった。なぜ出なかったのか、今でもわからない。二つを選ぶことは、選ばないことと同じだと、どこかで知っていた。
「すみません、後ろに——」
「失礼しました」
私はそう言って、何も持たずにレジを離れた。ガラスドアが自動で開き、十二月の空気が顔に当たった。
背後で店員の声がした。
「次の方どうぞ」
その言葉が、妙に長く、耳の奥に残った。私は初めて、「次の方」に回されたのだと理解した。




