湧いて出る悪役令嬢と聖女たち
社交界は王家からの要請による結婚の保留で、年頃の令嬢は心穏やかではない二年間を過ごしていた。その為か聖女の評判は女性たちからはすこぶる悪かった。
初めの頃は『地味だ』『実は平民らしいぞ』と小馬鹿にされていた大人しい見た目の聖女たち。
討伐が進むにつれ日に日に
『彼女たちのお陰で国が立ち直った』『首を括らずに済んだのは聖女様のお陰だ』『心も清らかで、行いも素晴らしい』と平民から貴族にまで評価がどんどん上がる。
聖女に自分たちの愛する婚約者候補を取られてしまう!と焦っていた令嬢たちはさらに冷や汗をかく。
どうにか自分の状況を打開したいと接触を試みるが、あの時約束してもらえたお茶会に彼女たちが呼ばれることはなかった。王宮に押しかけた令嬢たちは討伐隊の中に自分の意中の人が居た令嬢たちだ。
あの日は『みんなで行けばきっと思いは伝わります!』という誰かの煽動で行動を起こした。
騒ぎを起こしたことで侍女たちからの報告があがり、聖女たちから益々遠ざけられる結果となったのだ。集団でたった二人を囲むなど『悪役令嬢のようでした!』と黒い評判になるのは当然なのかもしれない。
しかし令嬢たちにも事情はある。
魔獣騒動がなければすでに結婚式を挙げていた……そう思うと『時代が悪かったのね』では諦めきれない思いが湧き上がる。
そんな令嬢たちの状況を重く受け止めた討伐隊の総司令官は、令嬢たちを集めた。
婚約の約束をしていた男たちと共に事情を説明したらどうだろうか?と助言をもらったからだ。
どれだけ討伐が大変なものか知って欲しいという気持ちと、それをわかったら、聖女を貶めるような態度は改まるのではないか?と。
招待状は結構な数を送ったのだが、欠席する女性もかなり多かった。
用事を理由に招待を断った家は『我が家は聖女様に無礼を働いてはいません』と言いたかったのだろう。
この作戦は概ね成功で、話をきちんと聞いた令嬢たちの中には考えを改める者もいた。討伐の後始末を軽く考えていた令嬢たちは総司令官たちを通じてどれだけ大変な作業なのかを伝えられたため、自分たちが一時の感情でとんでもないことをしてしまったと反省もした。
いつも屋敷でぬくぬくとドレスのことばかり考えたり、詩を読んだりしていた令嬢たちは二分する。
『我が国のためにこれだけ努力してくれている聖女様に私たちはなんと浅はかなことを……』と後悔した者たちと『聖女様といえど平民だったと聞きます。所詮下々の者がすることよね?』と首を傾げる者と、だ。
この態度に兵士たちは聖女の日々を知っているからこそ眉を顰めた。
(令嬢たちは苦労を知らなすぎて、聖女を思いやることもできない。性格が悪いんじゃないか?)
騒ぎを起こした令嬢たちの家にはジェラルドたちから聖女を取り囲んだと通達があったらしく、家族からはこってり絞られていた。
『なぜあんな浅はかな真似をした?』
自分たちの大好きな元婚約者たちが聖女に付きっきりになり、男性を侍らすことを楽しんでいるように思えたからあの日は我慢ができなくて文句を言いに行った。しかし、聖女たちは誰とも恋仲になっていないと父たちは言う。
結婚のことばかりを意識している令嬢たちからすると信じられないと思ったが『二人の聖女はこの国にとどまる気がないのだよ』と父から聞けば、それはそれでなんとなく面白くない。
自分たちはウランバルブ王国を良い国だと思っているのに聖女たちは『そうは言っても自分の国に戻ります。お金も贅沢品もお断り』というスタンスなのだ。
何が気に入らないのか?
自分たちの大好きな婚約者の男性まで差し出しているのに、これ以上何を望んでいるのか。
令嬢たちには親からの自宅謹慎が言い渡されたので、自分と向き合って鏡と相談するしかなかったがどうしても答えが出なかった。
事態が変わったのは白金の森林地帯が浄化されたと新聞が出回った三日後であった。
神の門が閉じた。
さすがにその話を聞いた令嬢たちに気不味い思いが込み上げる。
先日の夜会で顔を合わせた時、聖女たちに嫌味を言ったのは討伐隊兵士の幼馴染であった。
『彼に興味をお持ちですか?』と聞いたのだ。彼女は婚約を保留にされてから必死であった。
だからつい言ってしまったのだ。
『彼は田舎から出てきた野暮ったい男です。どうか期待させるような真似は謹んでほしい……』と。
それを聞いた聖奈さまは苦笑いをした。
『気になることも多いと思いますが私の役目ももう少しで完遂です。そうなれば王たちがどんなことを考えていようとも私たちは国に帰ります』
はっきり聖女たちは言っていた。
令嬢たちはその言葉を聞き『でも、それならもっと彼と距離を取ってください。そばに近づいたりするのははしたないです』と強く責めた。
結菜はごめんなさいね、と断ってから
『少し誤解があるようですが、私たちは皆様と同じようにずっと安全地帯にいるわけではありません。距離を兵士たちと取りすぎると危険も多いのですよ。護衛の観点で見ていただいたら私たちからわがままが言えない立場ですから。理解してとお願いするのは申し訳ないんですけれど私たちも一日も早く国に帰りたいと思っているんですよ』
眉尻をさげて微笑んだ。
その余裕の態度が癪に障ったのか。令嬢は後で友人たちに盛大に文句を言っていた。
そしてそれを見た年頃の貴族の男性たちは言う。
『彼女たちは助けてもらっているのに文句ばかり言っている。まるで悪役令嬢だな』
それを聞いてまた腹を立てたり、苛立ったりしていた。
聖女たちの意見は一貫していた。
『帰る』である。
でもその希望はおそらく叶えられないのだ。
結果として、彼女たちは国に留まることが確定したのだから結婚相手に誰を選ぶのかと社交界はその話題で持ちきりになった。
平民も貴族も新聞の中で好き勝手に語っているがメイナード侯爵令嬢、ビビアン伯爵令嬢、キャロライン伯爵令嬢は自分たちが一番大切な人を奪われる可能性が高いことに思い至り愕然とした。
そんな中、突然聖女から招待状が届く。
それはレースのリボンが貼られた可愛い封筒に季節が終わったはずの薔薇の押し花が付けてあり、令嬢たちは『悔しいけれどセンスいいわね』と認めざるを得なかった。
日程はまさかの二日後。
慌てながら(お茶会となったらドレスを用意して……手土産はどうしましょう)と家の使用人たちに準備に取り掛かるように告げていると各家の父親が娘たちを呼び出した。
「聞いていると思うが聖女様たちはゲートが完全に閉じてしまったせいでもう、神の国に戻ることは叶わない。だからお茶会で絶対に彼女たちを責めたりすることはしないように。気持ちは分からんでもない。思い人が聖女に結婚を申し込んでいるなんて腹も立つだろう。だが、その行動は王家に不評を買うだけではない。救国の聖女様たちを敵に回して平民や他家に睨まれてみろ。この後家がやって行けるわけがない。自分たちが良い家に嫁ぎたいと思っているのであれば、絶対にその場をかき乱してはならん」
父親たちは娘に言い含めるように頼んだぞ!と圧をかけてきた。
メイナードは『理解しております』と深々と頭を下げた。だがその顔に笑顔はない。
ビビアンは『わかってます!でも気持ちが追いつかなくて』と目を潤ませた。
キャロラインは俯いたまま首肯し父親から視線を逸らした。
その様子に父親たちは『恋すると女はどうにも不安定だな……』とため息をついた。
令嬢としての娘たちは令嬢としての評価は決して低くない。頭も悪くないはずだ。
なのにオスカーやジェラルドやパーカーのことになるとみんな目が血走っていく。
母親たちは聖女にも同情を寄せるがやはり娘の肩を持つ。
お茶会はなるべく王宮の奥でひと目につかないところでやってくれ、と祈るばかりだ。
メイナードはビビアン、キャロラインに手紙を送った。
『皆様思っていることは一緒かと思います。お茶会で私たちはこの前のような失態を犯すことなく、冷静に聖女様たちにお話を致しましょう。私はこの前の印象としては彼女たちは落ち着いた礼儀正しい方達だと思いました。私は失礼のない態度でお話をするつもりです。
自分たちの思いを知っていただき判断を委ねていきたいと思っております』
令嬢たちのトップであるメイナードが侯爵家としての家名を背負い、なおかつ社交界を牽引していく新しいリーダーとして最も最適な振る舞いがこれであると思えた。




